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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
18/100

導き(18)

「では、その者の処分はどうする?」

 陛下の声に、私の心臓の鼓動が急速に高まるのを感じました。

 ここが正に勝負の分かれ目です。これまでの準備はすべてこの瞬間のためでした。


「それについては、私なりの考えがございます」

 私は慎重に言葉を選びながら答えました。


「ほう。では聞かせてもらおう。どうするのがよいと考えている?」

 まっすぐに私を見つめる陛下の目に、好奇心の光が宿っているのが見て取れました。

 おそらく陛下は、娘である私が何を提案するのか、半ば楽しみにしていらっしゃるのでしょう。

 静かに息を整え、決意を固めた私は、はっきりとした口調で言いました。


「私の臨時の護衛騎士として任命していただきたく存じます」

 私はイアノに話した案を、決意を込めるように告げました。

 その言葉とともに、謁見の間の空気が一瞬凍りついたかのように感じられました。


「ほ、ほう?」

 予期せぬ提案に、陛下は思わず息を呑み、言葉を探すかのように口を開いたり閉じたりしていました。

 背後にいるディアスも、きっと同じような表情をしているに違いありません。

 突飛な話なので無理もありません。


「たしかにこれまでレナには護衛騎士をつけなかったが……なぜそうするのか聞いてもいいかね?」

 陛下の声には戸惑いがにじみ出ていました。


「はい。私も見ていましたが、ディアスの言う通り、彼の戦い方には己の身を盾にするという考え方はないと思います」

 私はもっともらしくディアスの見解を受け入れた上での説明を始めました。


「むむ……それを理解しているのならば、なぜ護衛騎士に推すのだ?」

 陛下の眉が寄り、疑問の色が濃くなります。

 私は深呼吸をし、事前にイアノと話して用意していた説明を始めました。


「試験を見ていましたが、彼は危険が予測できるように思います。近衛隊はその職務の都合上、貴人に付き添ってその身を盾にしなければなりません。仮に危険が察知できても貴人の盾となる職務の役では立ちません。貴人の行動は決められており、護衛の一存で変更することはできないからです。ですが、私の護衛騎士となるのであれば、彼が危険を察知してその危険から逃れるついでに私も同行すればよいだけです」

 私は言葉を選びながら、自分の考えを説明しながら、陛下の表情の変化を注意深く観察していました。

 貴人の、のあたりはやや詭弁です。貴人だって危険があるとわかっているのに事前に決められたことに従って危険とわかっていても飛び込むわけではありません。本当に危険なら貴人も行動は変更するでしょう。

 ただ、近衛隊は仮に危険がわかっていても「ここは危険ですから逃げましょう」と言うことはまずないでしょう。

 仮にそんな進言をしても貴人からその危険から自分の身を守る騎士が逃げようとするのは職務怠慢ですし、同僚から見れば臆病であり近衛隊の名誉を汚すものとして映るでしょう。


「……そのような都合の良い話があるものかな? それに、彼が予測する危険が彼自身にのみ関係するものである可能性もあるのではないか?」

 陛下の声には、疑問と懐疑が混ざっています。

 その反応はイアノが予想していたので、私は動揺せずに次の言葉を紡ぎ出しました。


「はい、その可能性はあります。ですので、あくまでこれは臨時です。使えそうになければその時、別の処遇を考えればよいだけです。ただ放逐するのは惜しい、とイアノも同意してましたわ」

 私は最後の切り札であるイアノの名前を出しました。

 イアノの名を出せば、さすがに陛下も一考せざるを得ません。

 どういう決断が下されるのか、期待と不安に心臓の鼓動が耳に響くのを感じながら、私は陛下の反応を息を潜めて待ちます。

 陛下は口に手を当てたり、額に手を当てたりしてしばらく考えにふけった後、ついに陛下が口を開きました。


「うむ...試験的にやってみるのもよかろう」

 承諾の言葉が告げられました。

 その言葉に、成功裏に終わった、そう喜んだ矢先でした。

 予期せぬ声が謁見の間に響き渡りました。


「へっ、陛下!」

 この結論に納得がいかなかったのか、私の背後からディアス中隊長が突如声を上げました。

 まったく予想だにしなかった事態に、私は一瞬思考が停止しました。血の気が引くのを感じます。


「……今、何か言ったか?」

 陛下が私の背後にいる声の主を見やり、その表情が明らかに厳しいものへと変化しました。

 今この時点で陛下が話をしていたのは私であって、ディアスではありません。これは明らかな儀礼違反です。

 しかし、それ以上に重大なのは、「試験的にやってみるのもよかろう」と陛下が公式の場で宣言された以上、それは既に決定事項となっているという点です。

 その決定に対し、許可も得ずに異議を唱えるような発言は、不敬罪に値するとさえ言えるでしょう。近衛騎士団の中隊長たる者が、このような失態を犯すとは...。

 しかし、これはディアス中隊長の失態であると同時に、彼を随行させた私の責任でもあります。

 予定していた計画は成功したものの、思わぬところで躓いてしまいました。


「ディアス、陛下の前での無礼な振る舞いは許されません。直ちに謝罪なさい」

 私は慌ててディアスに謝罪を促しました。


「も、申し訳ございません、陛下。私の不躾な行動をお詫び申し上げます」

 少し頭に血が上っていたディアス中隊長も、さすがに自らの失態の重大さに気づいたようです。私の背後で深々と頭を下げる気配がしました。

 まさか最後の最後でこのような事態が待ち受けていようとは、私には想像もつきませんでした。イアノの助言があったにもかかわらず、ディアス中隊長の短気な性格を甘く見ていた私の判断ミスです。

 陛下の視線が再び私に向けられました。


「レナ、今日のようなことは今後も起こりうる。常に冷静さを保つことを忘れないように」

 しばらくの沈黙の後、陛下の表情が和らぎ、優しい眼差しとなった陛下は私に言葉を掛けられました。


「はい、陛下。心に留めておきます」

 私は深々と頭を下げ、陛下の言葉を噛みしめました。

 イアノがいたらもっとうまい立ち回りがあったのかもしれませんが、今の私ではこれが精一杯でした。

 ディアスを連れてきたことで結果そのものは最良であったものの、想定外の事態に全身が疲労したように感じます。

 私は唇を少し噛み、二度とディアスを謁見の場に連れてくることはない——それだけは固く心に誓いました。


「さて、先ほどの護衛騎士の件だが、一つだけ条件を付けさせてもらおう」

 陛下の声に、私の背筋に再び緊張が走ります。

 今のディアスの一件で、何か厳しい条件が課されるのではないかという不安が頭をよぎります。


「どのようなことでございましょうか、陛下」

 嫌な予感に血の気が引く思いがしながらも、私はつとめて落ち着いた声になるように尋ねました。


「その者がそばにいる時は必ずイアノを御供として従えること。これが条件だ」

「かしこまりました。必ずそのようにいたします」


 その条件を聞いて、私は内心でほっとします。

 その程度の条件は何の制約にもなりません。イアノが私から離れることなどほぼないのですから。

 こうして、アルスさんの預かり知らぬところで、彼を私の臨時護衛騎士とすることが決まったのでした。


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