導き(17)
~レナside~
「陛下、レナ王女殿下がいらっしゃいました」
衛士が告げて、わずかに間をおいた後、扉が重々しく開き、広々とした謁見の間が私の眼前に広がりました。
最奥にある壁掛けられた大きなタペストリーの下、高座にある玉座に国王陛下、すなわち私の父が座っていました。
イアノがいないことで一瞬不安がもたげたものの、心を落ち着かせるように大きく息を吸って吐き、陛下の元へと歩を進めました。
近衛騎士が告げ、わずかに間をおいた後、扉が重々しく開き、広々とした謁見の間が私の眼前に広がりました。
最奥の壁に掛けられた大きなタペストリーの下、高座にある玉座に国王陛下、すなわち私の父が威厳を漂わせて座っていました。
イアノがいないことで一瞬不安がもたげたものの、静かに息を整えて陛下の元へと歩を進めました。
「陛下、レナ、参上しました」
深い紫がかった黒の上着に身を包んだ陛下の姿が確認できる距離まで歩いた私は一度背筋を伸ばし、その後、恭しく頭を垂れました。
「よろしい。近くに寄りなさい」
陛下の言葉を受け、顔をあげた私は玉座の前へと歩を進め、侍従の横で膝をつき、再び頭を下げました。斜め後ろにいるディアスもきっと同様にしているでしょう。
これからの企みに私は少し緊張していることに気づき、落ち着かせるように静かに呼吸を整えます。これからイアノとの計画通りに事を運ばなければなりません。
「公式の場とはいえ、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。頭をあげなさい」
「はい、陛下。お言葉に従います」
私は顔をあげ、陛下の顔を見据えました。
漆黒の髪に僅かに交じる白髪と、丁寧に手入れされた顎鬚は、いつものお父様そのものですが、玉座に座るその表情は威厳に満ち、ともすれば別人のような印象さえ受けます。
それでもその威厳の中にも私への慈愛があるように思うのは、私の偏見でしょうか。
「今日の随行者はイアノではないのだね?」
陛下の目が私の後ろの意外な同行者に注がれました。
私がイアノ以外を同行させるのはとても珍しいからか、その顔にはわずかな驚きの色が浮かんでいます。
「今日は近衛中隊長のディアスを連れてまいりました」
私は少し緊張しながらも、落ち着いた声を装い、同行者を紹介しました
「近衛中隊長、ディアスにございます」
ディアスの声には少し緊張が含まれていました。
普段接するわけではないので、それも仕方ないのでしょう。
でも、考えてみると、執務室のディアスも最初はこうだった気がしてきました。
激昂すると手がつけられなくなりますが、さすがに陛下の前でそうなることはないと……少し自信がなくなりました。
ディアスの声には緊張が滲んでいましたが、礼儀正しく挨拶を述べました。
陛下はディアスを一瞥した後、再び私に視線を向けました。
「ほう……それで?どんな用件かな?」
陛下の声には、興味と期待が混ざっていました。
わざわざ公式の場で謁見を求めた以上、私的な会話ではないということは陛下もご承知のはずです。
その上で、私が何を言い出すのか、それを少し楽しみにしているようにさえ思えました。
「はい、陛下にご報告すべきことがあります」
私は『王家の杖』紛失からの出来事、不審人物としてとらえたアルスさんのことを説明しました。もっともこの事実をすでに陛下は他から聞いていましたので、とくに驚きはないようでした。
また、私から説明する際に、ディアスが『王家の杖』紛失という情報をアルスさんに話してしまったということは伏せておきました。
陛下は安易に『処刑』という決断をくださないと思いますが、万が一にもそのようなことになれば万一陛下がその決断をしてしまえば、私にはそれを止める術がないからです。
陛下は眉をひそめ、深く考え込むような表情を浮かべられました。
「それで、彼を近衛隊小隊長に推挙しようと思い、まず入隊試験を受けてもらいました」
指揮系統への安易な介入を責められる可能性はあったため、私は不安から緊張しながらも慎重にことの経緯を説明しました。
「なるほど。それで合否は?」
私の懸念していたことを陛下は言及せず、興味深そうに合否を聞いてきました。
おそらく、入隊試験が推挙に値するか否かを判断するための手続きであり、推挙そのものは事前に報告する必要はないとお考えなのでしょう。城内の些細な事柄すべてを聞いて判断するのは現実的ではありません。
また、採用そのものを持ちかけたわけではないので、越権行為とまではお考えにならなかったのかもしれません。
「申し訳ございません。私自身もまだ結果を聞いておりません」
私は一瞬躊躇した後、ディアスの方を向いて続けました。
「ディアス中隊長、試験の結果をお聞かせいただけますでしょうか」
ディアスが私の予想した通りに発言することを期待しながら、私はディアスに発言を促しました。
一言も聞き逃すまいと、自分の吐く息を細くして私はディアスの言葉を待ちました。
一秒一秒がとても長く感じられる中、ディアスの声が私の耳に入ります。
陛下の視線がディアスに向けられ、謁見の間の空気が一層緊張感に満ちたものとなりました。私は心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、ディアスの言葉を待ちました。
「せっかくのレナ様のご推挙でしたが、残念ながら不合格となります」
まったく残念さを感じさせない口調で、ディアスは淡々と報告しました。
その態度に、予想していた通りとはいえ、私は内心で苦笑いを浮かべずにはいられません。
「ほう。どのような理由によるものかね?」
陛下の声には、僅かながら疑問の色が混じっています。
その結論は聞きようによっては娘である私の見る目のなさを表明するものだからでしょう。
「はい、近衛隊はその職務上、己が身を盾にして貴人を守ることが第一義です。しかし、彼の者の戦い方は己が身第一であり、近衛隊の求める職務に合いません。かといってこれまで身につけたものを無理に矯正するのも酷でしょう。このことから彼については不合格と致しました」
ディアスの説明は理路整然としており、普段の短気な様子からは想像もつかないほど冷静でした。頭に血が上らなければ、こういう理知的な受け答えもできるのです。
その喧嘩早さというか短気ささえなければと思わずにはいられません。
おそらく、ディアスはこの発言で、アルスさんが近衛騎士団小隊長になる可能性を完全に潰したつもりに違いありません。
そして、それはたしかに間違っていないのです。
「なるほど。推挙したレナはこの結果をどう思うのかね?」
陛下が鋭い目つきで私を見据え、私は思わず緊張で喉が乾くのを感じました。
ディアスには以前の私の推挙を否定してもらうこと、これこそがディアスを同伴した真の理由でした。
そして、ここからが今日の謁見の本題であり、最も重要な部分です。
私は「ここからが肝心」と自分に言い聞かせ、深呼吸をしました。
ここで間違えれば、すべての計画が水の泡になってしまいます。
「ディアス中隊長の申し上げたことはもっともかと存じます」
私は慎重に言葉を選びながら、あえてそう答えました。
斜め後ろにいるディアスの表情を直接見ることはできませんが、きっと彼は自分の意見が認められたと満足しているに違いありません。
しかし、これは私の本当の意図のための下地作りに過ぎません。
陛下の表情が僅かに変化するのを見て取りました。おそらく、娘である私が自らの判断の誤りを認めたことに驚かれたのでしょう。