導き(16)
~レナside~
陛下との謁見の約束を取りつけて、赤と金の豪華な絨毯が敷かれた道を、私は一人歩いていました。
両側には高い石壁が聳え立ち、その上部には精巧な彫刻が施されています。王家の紋章や、伝説の英雄たちの姿が、まるで私を見守るかのように並んでいます。
廊下の壁には、代々の王や王妃の肖像画が掛けられており、窓からは柔らかな光が差し込み、床に柱の影を落としていました。
その途中、続く長い廊下の途中で、偶然、警邏中のディアスと出会いました。彼の銀色の鎧が、窓から差し込む光に反射して輝いています。
イアノと立てた計画には入っていませんが、彼の存在を活用する案を思いつきました。
とはいっても、彼からすればだまし討ちに近いものになるでしょうけれど。
「あ、ディアス。ちょうどよかったわ」
私は思惑を悟られないよう疑われないよう、親しみを込めた声で呼びかけました。
表情を作り、できるだけ自然に振る舞います。
「はっ!こ、これはレナ様。ちょうどよかったとは?」
ディアスは直立不動の姿勢をとり敬礼した後、思わぬ言葉に驚き半分、怪訝半分といった表情を浮かべました。
廊下に漂う静寂に合わせるように、声を少し落として尋ねます。
「アルスさんの近衛隊入隊の件について、陛下への報告はまだでしょうか?」
おそらくしてないでしょうと思いつつ、念のため確認します。
「申し訳ございません...それはまだ...」
ディアスの返答が途端に歯切れが悪くなります。
「結論はまだ出ていないのでしょうか?」
さらに追及するように尋ねると、ディアスの表情がわずかに曇りました。
「いえ、結論自体は...ただ...」
ディアスは言葉を濁しました。彼の曖昧な返答には、何か言いたくないことがあるような雰囲気が漂っています。
「何か懸念事項でもあるのですか?」
私は冷静を装いながらも、関心を示すように首を少し傾げて尋ねました。
「レナ様からの個人的なご依頼ということで、公式な手続きとの兼ね合いを考慮しておりまして……」
もっともらしいディアスの言葉に、私は少し驚きを覚えます。
たしかにあの話は正式な辞令を通したものではなく、私の個人的な依頼です。
それを陛下に奏上すれば、私が指揮系統を乱そうとしたように受け取られる可能性は十分あります。
「それは、私に対する配慮でしょうか?」
そんなことは考えていないでしょうと思いつつ、私は柔らかな口調で問いかけました。
「はい、その通りです」
ディアスの躊躇ない肯定に私は判断に迷います。
これは本当に考えていたということでしょうか?
たしかに今から思えば、あの時の私の行動はかなり強引でした。
中隊長であるディアスが極めて苦慮した可能性は否定できません
「その心遣い、感謝いたします。私の手配が悪くてごめんなさい。ディアスには気苦労をかけてしまいましたね」
とはいえ、ここでディアスの配慮の真偽を問いたいわけではありません。
私はいったん謝意を示しました。
「い、いえ!そのようなことは決して!」
私の謝罪に動揺したらしくディアスが慌てて手を振りました。
「それで、その結論も含めて陛下に聞いていただこうと思っているのですが、ご随行いただけますか?」
私の言葉に、ディアスの顔が一瞬こわばるのが見えました。
彼としては合否どころか、あの試験そのものをなかったことにしようとしたかったのかもしれません
不合格としてしまえば組織に変更の影響はなく、試験のことを追及されることもなくなるからです。
「え? ですが……」
そんな思惑とは裏腹に強引に私によって引きずり出だされようとしていることに、ディアスがわずかながら動揺しているように見えます。
「結論はもう出たのでしょう?」
私は語尾を少し上げ、確認するように、そして追及するように尋ねました。
「そ、それは……はい……」
「それでは、陛下への報告に随行していただけますか?」
渋々と認めたディアスに、私は笑顔で、でもその裏に拒否を認めないことを言外に含めるように同意を求めました。
「承知……しました……」
ディアスは本意でないことを隠しきれない返事をしたのでした。
もっとも、私とイアノの計画通りにいけばディアスの目論見は達成されるのですが、それは秘密というものです。