導き(15)
観察ができるちょうどいい処遇は何があるでしょうか。
頭の中である案が閃きました。
自分でも驚くほど大胆なアイデアが頭に浮かんだことに、快哉を叫びそうになり、慌てて咳払いをしました。
「レナ様?」
「……こういうのはどうでしょう?」
不意に咳払いをした私に怪訝な表情を向けたイアノに、興奮を隠しきれないまま思いついた案を披露しました。
この案であれば、ある程度私の裁量の範囲でアルスさんを扱うことができます。
唯一必要なのはお父様である国王陛下の許可だけで、調整も不要です。
「……それは……ずいぶん思い切りましたね」
私の案を聞いて、イアノが目を丸くしました。
イアノとしてもかなり予想外だったのでしょう。
ですが、すぐさま反対しないところを見ると、少なくとも目的は達成できると考えているのだと思います。
「ええ。でも、悪くはない案でしょう?」
「……そうですね……妙案と言っていいと思います」
イアノが口元に手を当て、考え込みながら、私の案を評価しました。
珍しくイアノを唸らせる案を提示できて、その小さな勝利に私は少し誇らしげな気持ちになりました。
「唯一の関門は陛下ですね」
イアノの言葉に私は頷き、胸の内で、お父様―陛下の反応を想像しました。
お父様はアルスさんと面識はないので、彼に悪感情を持っていることはないと思います。いえ、ディアスがなぜあそこまでアルスさんに悪感情をもっていることに、やや納得しがたいものはあるのですが。
また、今回の案は王城内での指揮体系に影響は及びません。
このため、お父様がいいと言えば、それはそのまま通るでしょう。
そう「いい」と言えば。
「イアノはなにかいい案はありますか?」
ここで言う『いい案』とは、お父様に「いい」と言わせる案です。
私の問いかけに、イアノは一瞬考え込むような仕草を見せました。
「そうですね……あの回避をうまく有用性にこじつける、でしょうか」
「こじつけるって……」
イアノの直球な物言いに、私は苦笑しました。
とはいえ、具体的なアルスさんの評価できる資質がわかっているわけではない以上、そうするしかなさそうです。
というより、それがわかっていれば、そもそも観察など不要なのです。
「その上で、臨時であることを強調しましょう」
「臨時?」
緊急を要しているわけではないですが。
疑問を浮かべる私に、イアノは穏やかな口調で説明を続けます。
「あくまで一時的であれば、身元に関してある程度目をつぶってくれる可能性があります」
「なるほど……そうですね……」
恒久的ともなれば、イアノの言うように身元の確認なども必要でしょう。
ほかの貴族などにもある程度配慮する必要が出てくるかもしれません。
ですが、一時的なもの、評価するためのものとすれば、そういった配慮もある程度軽減されるかもしれません。
「イアノとしてはどう?」
言葉を発すると同時に、胸の奥でわずかな緊張が走ります。
イアノの意見は、私にとって常に重要な指針となるものです。
「どう、というのは?」
質問が漠然としすぎて、イアノが不思議そうな表情を浮かべました。
「イアノは導爵令嬢でしょう? 貴族に連なる者としてアルスさんのような身元が不明な者をどう思うかということ」
私は質問を具体化しながら、イアノの反応を注視します。
陛下と貴族が同じ考えとは限りませんが、私が想像するよりは参考になるかもしれません。
ですが、イアノの返答は予想とはまったく違うものでした。
「貴族か貴族でないかはどうでもいいと思っています」
「どうでもいい?」
突き放すような印象さえある答えに、思わず声が裏返り、自分でも驚くほど高い声が出てしまいました。
それに対し、言葉が足りないと考えたのか、イアノが補足しました。
「レナ様、ひいては王家の役に立つかどうか、その一点につきるかと」
「……ああ……」
イアノの言葉に、深い溜息が漏れます。
そうでした。イアノの価値観はそれでした。
だから、ディアスが平民出身であること自体に何か思うことがない一方で、ディアスが私の案を暗に……暗でしたっけ? 妨害した時は容赦なく問い詰めたのでした。
頼もしいですけど、今の質問『イアノとしてはどう思うか』を聞く相手としては不適切でした。
かといって、『一般的な貴族はどう思うか』と聞いても、あまり答えは変わらない気がします。
このことはいったんおいておくしかなさそうです。
「それと、この件は正式に陛下と面会して奏上してください」
「……そうね……」
お父様と私的な話をするのであれば、食事の際にすればよいのですが、そこでの話はあくまで私的なもの。公的な決定に関わることはできません。
今回のような処遇に関わることはまさしく公的なものなので、娘といえど公式な手順を踏む必要があるということでしょう。
「その際、私は同行しません」
「え? どうして?」
イアノの予想外の言葉に心を揺さぶられ、思わず声が裏返りました。
公的な場でイアノを伴わないことなんて初めてです。
イアノは静かに、しかし確固とした口調で理由を説明します。
「奏上する内容がレナ様の私的なものでありませんと、私の立場上、少し困るのです」
イアノの声音には、何か複雑な感情が垣間見える気がしました。
イアノの真意を探ろうと、慎重に言葉を選びます。
「……それは教育係として諫められていないということ?」
「いえ、そうではありません。似ている部分はありますが、私がレナ様とアルスさんを引き合わせたように思われては困るということです」
「……なるほど……」
イアノの説明に、徐々に理解が深まります。
たしかに、アルスさんは男性で、それを私に専従させるというのは、なんらかの意図を勘ぐられるというのはあるのかもしれません。
私の頭の中で、宮廷の噂好きな貴族たちの顔が次々と浮かびます。
私にもイアノにもその気がなくても、そのように受け取られかねない、それは避けたいということでしょう。
たしかにありもしないものを勘ぐられて、その結果、イアノを外されては私も困ります。
「でも、そうなると、私だけがアルスさんに肩入れしているように思われませんか?」
懸念を口にしながら、イアノの表情を探ります。
「はい。ですので、私が『評価している』ことはお伝えください」
「……そういうことですか」
イアノとしてはアルスさんの能力そのものは評価している、だから有用性についての議論は受け付けない。
でも、それを専従として採用するかどうかの意思決定についてイアノは関与していない、という体裁をとるということですね。
その体裁をとろうとすると、イアノが同行していてはさすがに不自然になってしまう。
それを避けるために同行そのものをしないということなのでしょう。
ただ、これまで公的な対応の際には必ず側にいたイアノがいないということは、臨機の配慮が得られないということです。
お父様相手とはいえ、不安は残ります。
「大丈夫です、これまで何度かしてきたことです。レナ様ならできます」
イアノが私の思うところを察して励ましてくれました。
「……そう……そうですよね」
深呼吸をして、心を落ち着かせます。これは成長の機会。イアノがいつも側にいるわけではない未来への準備でもあるのだと、自分に言い聞かせます。
……イアノが側にいない独り立ちなんて想像もできませんけれど。
その後、私とイアノは細部を詰めていったのでした。