導き(13)
~アルスside~
「そこまで」
試験官が苦虫を嚙み潰したような表情で試験終了を告げた。その顔には明らかな不満と困惑が浮かんでいる。
俺は内心で小さな勝利感を味わいながら、深呼吸をして汗を拭い、内心で安堵のため息をついた。
周囲の疲労困憊に対し、俺は平然と立っているのだから、一見すると俺が圧勝したように見えるが、見た目ほど余裕があるわけではなかった。
一時間経過したからなのか、これ以上の続行は不可能と判断したのかまではわからないが、いずれにしても、試験は終わりを迎えたのだ。
「これはいったいどういうことだ!」
そこへ聞きなれたくもない、聞き覚えのある声が響いた。またしても怒りを含んで。
俺は思わず肩をすくめ、ため息をつく。
(またか…)
俺は思わず呟いた。
まぁ、今度の怒りは俺にだけ向いているわけではないだろう。俺は冷ややかな視線を声の主、ディアスに送る。
「お前たちはいったい何をしている!」
俺の予想通り、ディアスの怒りの矛先は俺の相手をしていた隊員に向かっていた。
彼の顔は怒りで真っ赤になっている。俺は思わず口元に皮肉な笑みを浮かべる。
「ち、中隊長……」
隊員たちは怯えた様子で口ごもる。
隊員たちが萎縮した様子で、申し訳なさそうに頭を下げるのを見て、俺は彼らに少し同情の念を抱いた。
たしかに、朝からだらしなく倒れている隊員を見れば、仮に今回の嫌がらせを考えた張本人でなくても怒りはするだろう。
とはいえ、単純に動き回って疲れた類ならだらしないと叱るのもやむを得ないが、彼らも何度も頭部を狙い撃ちされているわけで、表面的な結果だけを見て叱責するのは、いささか酷ではないだろうか。
むしろ、あれだけ重い鎧をつけて、まだ立てているのだから褒めてもいいぐらいだろう。
彼らの失敗は、彼らが兜をつけなかったことにある。兜をつけていたなら、頭部への衝撃もほとんど通らず、こういう状況にはならなかった可能性は高い。そういう意味では今回、ありとあらゆる点が俺に有利に働いたと言える。
もっとも、俺に彼らを『本心から』擁護する義務も義理もない。
「まぁまぁ、彼らもよくやったので褒めてあげてよいかと思いますよ」
俺はきわめてさわやかな作り笑顔で対戦相手を上から目線でなだめる言葉を『ディアスに』向けた。
もちろん、それは皮肉と挑発をわかるように含めたものだ。
「~~~~~っ」
ディアスが今まさに苦虫を百匹口の中で潰していそうな表情で俺を睨みつける。
良いようにしてやられたと屈辱を覚えているのが見て取れる。
薄々はそうだろうと思っていたが、その表情からして、今回の一対五を仕組んだのもディアスだと確信を深めた。
俺としてはそうなったおかげで一見圧倒したかのような結果を得ることができて幸運だったが、ディアスとしては目論見を完全に潰されたわけで、自業自得とはいえ、その運のなさにいくらか同情はする。
ディアスの失敗は俺を『盗賊』だと知らなかったことに尽きる。
非力な盗賊相手なら本来ならそこそこの剣士なり騎士なりと一対一の勝負をさせればよかった。それも軽装で。怪我はいくらか負うかもしれないが、それならほぼ確実に俺に勝てただろう。
ところが、勝利を確実にするつもりで、多人数を用意し、さらに鎧も着用させた。たしかにそれは盗賊以外なら有効な対策だった。だが、それは盗賊相手にはハンデを積み上げただけだった。
まぁディアスもまさか盗賊を近衛隊に入隊させようと言ってるとは思わなかったのだろう。俺もそう思う。
そういう意味では広義では俺もディアスも、レナやイアノに手玉に取られたということだ。
「なんにしてもこれで試験は終了ですね」
俺は冷静に言葉を紡ぐ。その声には、わずかな勝利感が混じっている。
今回勝利を収めたところで、待遇が下がるのは確実だ。軟禁されているとはいえ貴賓室での生活が、城勤めの一般待遇になるのだから。
その上、ディアスの部下になるなど、考えるだけで気が重い。
だが、不合格となった場合、どんな難癖をつけられるか想像もつかない。
だとすれば、これ以上の選択肢はないだろう。
「な、何を……」
ディアスとしてはまだ継続させたい、というより、俺が合格という結果を認めたくないのだろう。
試験を終了してしまえば、結果を認めざるをえない。
だから認めない理由をなんとかひねりだしたいのだろう。俺はディアスの心中を察した。
だが、ディアスがここにきた時点で『ディアスとの』勝負はついている。
「一時間たったからこられたんですよね?」
俺は意地悪く、挑発するように笑みを浮かべて言った。
暇でもないディアスがここにきたということはそういうことだ。
隊員たちのあまりの不甲斐なさに忍耐が限界に達してやって来た、というのであれば、ずっと見ていたのかということになる。
とはいえ、実を言えば、見ていてもおかしくはない理由はつけられないことはないのだ。
たとえば「小隊長を推薦された者の実力を自分の目で確認しておきたかった」などだ。
だが、それを言ってしまうと、今度はディアス自身が俺の実力に期待しているように見えてしまう。
だから見ていたにしても、見ていなかったにしても、試験終了の時間になったから来たとディアスは言うしかないのだ。
「ぐ……そ、それは……」
とはいえ、試験終了を認めたくないディアスとしては、言葉に詰まったまま、拳を握りしめている。
ディアスの意地に付き合わされるのは願い下げだと思っているところへ、女性の声が響き渡り、俺は思わず振り返る。
「ええ、試験終了ですね。みなさん、お疲れ様でした」
声の主はイアノであり、その隣にはレナも立っていた。
まさかこの二人がくるとは思っておらず、俺は少し驚きの表情を浮かべる。
たしかに彼女たちがこの件の黒幕というか発端だが、試験の合否を聞くだけだと思っていたのだ。
ディアスが声の方向を振り返り、その姿を確認すると、慌てて姿勢を正し挨拶をする。
「こ、これはレナ様。なにか御用があれば呼んでいただければこちらから伺いましたものを」
組織人としては当然の対応かもしれないが、なんとも卑屈ささえ感じるほどの従順さがにじみ出た行動ではある。俺は少し呆れた表情を浮かべた。
俺も小隊長になったらこういう態度を求められるのであろうか。それはそれで気が進まないものがある。
たしかに何の後ろ盾もない状況で、少なくとも現時点での経歴不問で王城勤めができるというのは、前向きに考えれば非常に運がいいのだろうが……。
俺は複雑な心境だった。
「そろそろ入隊試験も終わりだと思ったので」
レナが口を開いた。
「それはそうですが、こんな臨時の入隊試験ごときにご足労いただくようなことは」
ディアスが慌てて言葉を挟む。
「ですが、気になるじゃないですか、私の推薦した人物が入隊試験に合格するかどうか」
「!」
レナの言葉に、周囲がどよめき、その反応に俺は思い当たることがあって片方の眉をあげた。
反応からするとここに参加していた騎士達はその事実を知らなかったのだろう。
『生意気な入隊希望者がいる』とでも聞かされていたのだろうか。
「それでどうでしょう?この様子だと試験は合格でしょうか?」
レナが問いかける。
「そ、それは……まだ精査が必要です」
ディアスは言葉を濁した。
「精査、ですか?」
レナが眉をひそめる。
「はい、近衛隊たるもの、王城の警護をするものとして高潔な戦い方ができるかなどを確認しなければ」
もっともらしい言い分ではある。だが、その基準だとここにいる隊員の大半は解雇ものだろう。なにしろ夜盗か山賊に現役転職できるほどの品のなさを見せつけてくれたのだから。
俺は皮肉な笑みを浮かべる。
「そうですか、わかりました。アルスさん、いったん戻りましょうか」
レナが俺に声をかけた。
「は、はい」
俺は頷いた。
少なくともこの場はこれでお開きとなるようだ。俺は安堵の息をつく。
(まぁこれで近衛隊入隊というのはなくなっただろうな)
おそらくディアスの言い分からして、難癖をつけて俺の入隊は認めないことになるだろう。
今日の試験自体が意味がなかったわけで、とんだ骨折り損である。
まぁ、考えようによっては、ディアスが見せたような小役人的態度を半永久的に求められたわけで、そんなことになるぐらいなら、不合格という結果も悪くはない。
やるだけのことはやってみせた上で、ディアスの一存で妨害されている以上、さすがに俺の不法行為をこじつけて咎めることもないだろう。
つまり無罪放免も間近ということだ。
俺はそんな期待を抱いて、その場を後にしたのだった。