導き(12)
~イアノside~
アルスさんの入隊試験を少し離れたところから私は見ていました。
従来、入隊試験というのは入隊希望者の基礎力を見るものだから、試験での立ち合いといっても一対一です。
ところが、今回は即戦力を見るため多対一という話を聞きました。
露骨な意図を感じる不公平さですが、近衛隊への直接の指揮権があるわけではないので、試験の内容に意見を述べる立場にはありません。
ただ、あまりひどいことになるようなら止めよう決意し、その様子を見ることにしました。
「へへ、今なら下りてもいいんだぞ」
近衛隊の一人が挑発するように言い放ちました。
近衛隊はいつから山賊の群れになったのでしょうか。品性の欠片もない態度に、呆れを通り越して、逆に可笑しさを覚えてしまいました。
思わず口元に苦笑いが浮かんだことに気づき、慌てて頬を叩いて顔を引き締めました。
「では、はじめ!」
試験開始の合図の声が聞こえました。
同時に、アルスさんの背後の近衛隊の一人がこっそり詠唱を開始していました。おそらく『疾風剣』でしょう。
真正面からであればそうそう直撃を受けることもない技ですが、背後から不意を突かれ直撃を受ければ、それだけで勝負は決まってしまう可能性があります。
五人で取り囲んでいる時点で勝負かというとかなり正当性に疑問がありますが。
内心で義憤と不安を感じつつも、私は行く末を固唾を飲んで見つめました。
しかし、私の心配は不要なものでした。
まるで背後の動きを見ていたかのようにアルスさんは絶妙なタイミングでしゃがみ、『疾風剣』による風の刃は彼の頭上を走り抜け、その正面にいた騎士を薙ぎ払いました。
そして同士討ちになったことに呆然としている後ろの騎士の顎を彼は剣の柄で突き上げ、尻もちをつかせたのです。
(巧い)
今の攻防を言葉にするのは簡単です。
『アルスさんが回避した』
事実だけを言えばそれだけです。
しかし、あの回避の仕方は『疾風剣』の刃がしゃがんで避けられる高さであることがわかっていて初めて成立するものです。
詠唱に気づいても、後ろを振り向かなければ、疾風がどの高さに飛ばされようとしているのかはわかりません。
もしあの攻撃が足元を狙うものであった場合、しゃがんでいれば、足だけではなく胴も切られていたでしょう。
しかも回避を当然のように、次の攻撃につなぎました。偶然であればそんな動きはできません。
というより、偶然であればしゃがむという回避の仕方もしないでしょう。
つまり今の攻防をアルスさんは分かっていて行ったのです。
心の中で感嘆の声を上げながら、私はアルスさんの動きに見入りました。
試験は終始アルスさんがペースを握っていました。
同士討ちを警戒して、スキルの選択の範囲が狭まった近衛隊は、力任せに剣を振り回すだけの攻撃が多くなり、それをアルスさんは軽快に避け、時には彼ら自体を盾にするように動くのです。
それが一層騎士達の攻撃を鈍らせ、アルスさんに翻弄されることになるのでした。
その巧みな動きに、私は感心せずにはいられません。
ただ、アルスさんの実力の全貌がいまだに見えてきません。
いつしか私はアルスさんを心配するのをやめ、彼の実力を見極めようとしていました。
間違いなく回避、すなわち機敏さは高いです。ですが、機敏さはあくまで動きの軽快さであり、背後からの攻撃や不意打ちは回避できません。
(だからあれは機敏さとはまったく別のものですね)
その別のなにかが、何なのかがまるで見当もつきません。
そうして近衛隊の二名が転がされ、他三名が同士討ちで傷つき、疲労困憊の中、アルスさんは平然と立っていました。
そこへ試験の終わりとともにディアスがやってきます。
そこにある光景はおそらくディアスの予想とは真逆でしょう。
アルスさんはいったい何者なのか。
私は好奇心を抱きながら、私も入隊試験の場へ足を運びました。