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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
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導き(11)


 ~アルスside~


 朝日が窓から差し込み始めたころ、俺は目を覚ました。

 いつもならこの程度の明るさで目が覚めることはないのだが、やはり自分の命運がかかっていることで緊張しているようだ。

 俺はベッドから起き上がり、落ち着きなく室内を歩きまわっていた。

 そして、朝日が部屋を明るく照らし始めたころ、ついに部屋のドアが開く音がした。


「起きろ。訓練場まで連れていく」

 レナやイアノではない、明らかに男性の厳しい声に、俺は慌てて身を起こす。

 目の前には、近衛隊らしき制服を着た二人の男が立っていた。一人はやや年長で、威厳のある態度を示している。もう一人は若く、緊張した面持ちだ。


「準備はいいか?」

「ああ」

 年長の男に尋ねられ、俺は短く返事をした。

 正直なところ、準備と言われても心の準備と動きやすい服装を身に着けることぐらいしかすることはない。

 王侯貴族、それどころか王城勤めなら決まった服規もあるだろうが、さすがにそれは軟禁されている俺には適用されない。

 もっとも衣服自体は毎日差し入れられており、その衣服もいかにも囚人の着る衣というものではなく、おそらく兵士の予備服であったため、それほど不潔というわけではない。

 まぁ、これは俺への配慮というよりは、この部屋への配慮かもしれないが。


 部屋を出ると、年長の男が前を、若い男が後ろを歩く形で俺を挟んだ。静かな廊下を歩きながら、城内の朝の空気を肌で感じる。

 数日ぶりに軟禁部屋の外に出た解放感はあるが、これからの試験を考えると気は重かった。

 俺は気分転換を兼ねて周囲に目を向けた、が。

「おい、よそ見するな」

 後ろの兵士に注意され、俺は黙って前を向き直した。


 石造りの廊下を進むにつれ、徐々に城の活気が感じられるようになる。遠くから兵士たちの話し声や、仕事に向かう従僕たちの足音が聞こえてくる。

 階段を降り、中庭を横切ると、訓練場の入り口が見えてきた。

 大きな木製の門をくぐると、広々とした砂利敷きの訓練場が目の前に広がる。

 朝もやの中、すでに数人の兵士が訓練を始めている。彼らの動きを見ながら、俺は自分の実力を試される瞬間が近づいていることを否応なく実感せざるをえなかった。


「ここだ」

 年長の男が立ち止まり、俺の方を振り返った。


「待機しろ。呼ばれるまでここで待て」

 俺は黙って頷いた。

 二人の兵士は俺から少し離れつつも、俺から目を離さず監視していた。

 この状況で俺が逃げ出すとでも思っているのだろうか。

 いや、逃げ出したくないと言えば嘘になるが、ここにいるほぼ全員と俺の違いは、俺には戻る場所も逃げる先もこの時間にないということだ。

 だから、仮に試験を受けるのがどれほど嫌でも、逃げるという選択肢は持ちえないのだ。

 俺は大きくため息をついた。


(いかんいかん)

 境遇を再認識して悲観的になってしまったが、ここで落ち込んでも何の得もない。

 俺はここなら問題ないだろうと、周囲に目を向けた。

 三千年近く遡っていることに気をとられてまったく意識していなかったが、今の季節は春か秋のように思えた。草が生えていない訓練場なのでどちらかまでは判然としないが、この際、それはどうでもよい。

 体力に自信がないので暑さ寒さの厳しい中だと、それだけでろくに動ける気がしないのだが、今の環境は自分にとっては最善と言えた。

 空気は涼しく澄んでいて、朝の爽やかさが身に染みる。

 俺は深呼吸をして、これから始まる試験に向けて心を落ち着かせようとした。


 ややあって、俺を監視していた二人の兵士のところへ、やや地位が上のように見える兵士がやってきて、何事か話をした後、俺の方へ向かってきた。

「受け取れ」

 年齢は三十前後だろうか、ディアスよりは若いその男から、短い言葉とともに二つの物体が投げ出された。

 一つは皮でできた鎧。もう一つは刃渡り六十cm程度の長さの剣、ショートソードであった。

 まぁ試験をするのだから剣ぐらいは用意して当たり前だが、申し訳程度とはいえ皮の鎧を用意するということは一応配慮はされていると考えるべきか?


 俺はまず皮の鎧を拾い上げて身に着け、その後、剣を右手で持ち軽く振ってみた。極端に重いとか、刃が柄から抜けそうなどの異常は見られない。量産品質のいたって平凡なものだ。

 イアノの話からてっきりディアスの嫌がらせが入るのではないかと警戒していたのだが、そういうことはないようだ。

 辺りを見回し、馴染みの顔を探すが、ディアスらしき姿は見えなかった。

 いや、別にディアスに馴染んでいるわけではないが。


「ディアス……様は?」

 ディアスがどの程度の役職か分からないが、こっちは名もなき入隊希望者、いや、希望していないけども、俺は申し訳程度に様をつけて、目の前の男に尋ねた。


「ああ、ディアス様は近衛中隊長だ。こんな試験の面倒を見る暇はないさ」

 彼は軽蔑的な目で俺を見ながら答えた。

 もっともな話だ。中隊長ともなれば、たかが臨時の入隊希望者一名の試験官をするほど暇でもないし、不公正でもないのだろう。

 俺は小さく頷いた。

 ただ、同時に取調室での様子から考えると、よくあれで中隊長が勤まるなとも思ったが。


「準備がよければ、臨時の入隊試験をはじめる」

 男が試験の開始を宣言した。

 どうやらこの男が試験官らしい。

 俺は一歩前に出て、おずおずと口を開いた。


「一つ質問していいですか?」

「なんだ?」

 試験官は面倒くさそうな表情で俺を見た。


「どうなったら合格なんでしょう?打ち倒したらというのはさすがにハードルが高すぎると思うんですよね」

 俺はどこか気軽な態度で質問した。

 相手が冷静さを失って口を滑らせれば儲けものというものである。


「一時間後も気絶していなければ合格とする」

 試験官の声は冷たく響いた。

 なにそれ、恐い。それってつまりけっこう本気、というか下手すると殺す気?いや、一対一ならそんなことにはならないか。

 と、思いきや、試験会場、というか、自分の周囲に隊員らしき人物が集まってくる。

 見れば、彼らの装備は兜こそかぶっていないものの量産型の金属鎧とロングソード、典型的な前衛職の装備だ。最終的には五人に俺は取り囲まれる。


 客観的に見れば、これは虐めである。

 まず剣の長さが二十cm以上違う。俺は彼らの射程内でないと剣が届かないが、彼らは俺の射程外から攻撃が届くということだ。

 さらに鎧の頑丈さも違う。本格的に切られれば俺の革の鎧などあっさり切り裂かれるが、斬撃で彼らの鎧の下の肉体を傷つけることは剣の質の高さと同時に相当な膂力が必要だろう。

 要はこの試験が終わった後も彼らは無傷が確定していて、俺は命があるかどうかもわからない。


 もっとも彼らはこの試験が終わった後も通常勤務が残っていて、俺は試験結果が出るまでは優雅な生活が待っていると考えれば、こういう対応になるのもやむを得ない……いや、さすがにそれはないな。

 この皮の鎧も俺に対する配慮というよりは、「防具は渡していたのですが、兵士との実力差がありすぎて傷つけてしまいました」という口実に使うためのもののように思えてくる。


「一対一ではないんですね?」

 念のため、俺は試験官に確認する。

「敵といつも一対一で戦えるとは限らないからな」

 試験官は冷ややかに答えた。

 もちろんこの試験官の一存という可能性もあるが、仮にディアスが公正な性格で、試験官が一存で試験内容を不公正にしたら叱責を受けるのは間違いないだろう。

 そんなリスクを背負ってまで、嫌がらせされるほど、この試験官との面識はない。というより、初対面である。

 そう考えれば、この状況にディアスが関わっているのはほぼ確実だと言えよう。

 誰だっけ? ディアスが不公正でないとか言ったのは。


「ははぁ、まったくもってごもっとも」

 俺は頭をかきながら苦笑いを浮かべた。

「へへ、今なら下りてもいいんだぞ」

 ニヤニヤと笑っているであろう嫌らしい声が後ろから飛んでくる。

 後ろを振り返るまでもない。俺の前方にいる隊員も言葉にしないまでも卑しい笑みを隠せていない。近衛隊に扮した夜盗の群れかな?

 ほんと、俺だってこんな試験下りて今の生活を満喫したいよ。

 だが、これだけ条件が()()()()()以上、やらない選択肢はないだろう。


「いえ、皆さんも時間がないと思うので、はじめましょう」

 別に本気で対戦相手の時間を気にしたわけではない。

 やる気を悟られずに、開始するための口実にしただけである。


「では、はじめ!」

 試験官の開始の合図が響いた。

 まったくもって想定外。『望外の僥倖』としか表現できない事態だった。


 元々一対一の戦闘は得意ではない。

 一対一だと相手の意識がこっちの一挙手一投足に向いてしまっているので、奇策を出しにくい。その上『直感』の優位性も、相手の身体能力・装備でかなり軽減されてしまう。

 だが、一対多であれば、死角からの攻撃への対応には『直感』が働くし、また、同士討ちなどの危険を避けるために、相手の意識は俺以外の仲間にも向く。

 さらにスキルレベルの代わりにつぎ込んだ機敏さが、軽量な皮の鎧で阻害されない。さらに彼らは重厚な鎧で動きが鈍く、これも有利に働く。

 そして勝利条件が『一時間後に気絶していないこと』。非力な俺が金属鎧の相手を倒すのはまず無理だが、その必要がないのだ。

 まさしく俺が有利になるため、ひいては合格するための条件を揃えたようなものだった。


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