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策動(32)

「それでは次に依頼の受け方をご説明します。こちらへどうぞ」

 受付の女性は立ち上がり、掲示板へと足を向けるよう手で示した。

 掲示板に向かいながら、説明の言葉が続く。

「こちらには現在受けられる依頼が貼り出されています。依頼の種類は多岐にわたり、薬草の採取、護衛、調査、討伐などがあります」

 掲示板の紙片を指で示しながら具体的に解説する。

「依頼には難易度があり、それは級数で示されています」

 指先が依頼書の端にある数字を指し示した。

「十級が最も簡単で、一級が最も難しい依頼です。今回の薬草採取は十級でしたが、毒草との見分けを誤れば人命にも関わります。それでもこれが十級とされる理由は、必要な知識と注意深ささえあれば、誰にでも達成可能だからです」

 その説明を聞きながら、俺は腕を組み、掲示板の上から下まで視線を走らせた。依頼の内容は実に様々で、旅の護衛や害獣の駆除、さらには廃坑の探索などもある。


 受付の女性は視線で俺たちの反応を確認し、再び掲示板に目を戻した。

「九級になると野生動物への対処が含まれます。八級以上では、魔物が現れる可能性がある地域での依頼になります。当然、難易度も危険度も跳ね上がります」

 彼女の指先は八級の依頼書を撫でるように動き、少し強調するようにそこに留まった。その仕草は俺たちに危険性を意識させるためのものだろう。

「冒険者にも位階があり、通称『ランク』と呼ばれています。ランクは色で表され、新規登録の方は『ランク白』の冒険者となります。その上にはランク灰、ランク藍、ランク翠、ランク緋、ランク銀、ランク金、そして最高位のランク紫があります」

 紫色、その言葉を発した際、彼女の視線がムラサキの髪へと向かうのが見えた。

 彼の特徴的な紫色の髪が、冒険者の最高位である「紫色」と関係しているのではないかと考えているのだろうか。

 一方でムラサキはその視線に気づいているはずだが、あくまで無表情を貫き、視線を掲示板に据えたままだ。


「ランク白の冒険者は十級の依頼から始めていただきます。自分のランクに合わない難しい依頼を持ってこられても受理できませんし、内容をお教えすることもできません。これは冒険者の命を守るためのルールでもあります」

 彼女はやや慎重な口調で告げた。

 説明を受けながら、冒険者ギルドという組織が所属する冒険者の安全にも配慮していることに少々感心した。単に依頼を斡旋するだけだと思っていたのだ。

 ただ、同時に俺とムラサキには無用な心配だとも思う。

「ランクは依頼を達成していくことで徐々に上がります。灰色の冒険者になれば九級の依頼、藍色なら八級というように、冒険者の位階と依頼の難易度が対応しています。つまり、七級の依頼を受けるためには、最低でも藍位以上でなければなりません。ただし――」

 そこで彼女は指を一本立て、少し前へと身体を傾けた。

「実績のあるパーティを組んでいる場合は、通常より一段階上の難易度まで挑戦することが許されます。本来七級までしか受けられない翠位の冒険者でも、実績があるパーティに所属していれば、六級の依頼を受けることができる場合があります。そして――」

 そこで、一呼吸して、俺達の顔を交互に見た。

「二級、一級、そして特級と呼ばれる依頼は特別なものです。これらはギルドマスターの特別な判断や許可がない限り、どの位階の冒険者であっても受けることはできません」

 俺とムラサキが頷くと、彼女は穏やかな微笑みを浮かべ、証票の置かれた机へと歩き出した。


「次に証票の使い方を説明します。依頼を受ける際は、証票で正式な依頼状に押印します」

 受付の女性は紙を手に取り、折り目を作った。

「依頼状はこのように決められた方法で折り、ここに糊で封をします。その上からギルドの印、そしてあなた方の証票で押印します。こうすることで、一度でも開封された場合には、必ず痕跡が残る仕組みです」

「依頼主のもとでこの封を解き、あなた方が持参した証票の印と依頼状の印を照合します。これで正式にギルドから依頼を受けた冒険者だと証明できます」

 さらに説明を続ける。

「また依頼によっては報告書を書くことがあります」

「報告書?」

 俺はその言葉に興味を示した。

「依頼の進行状況、遭遇した問題点、それにどう対処したかを記録するためのものです。今日の薬草採取であれば、野生動物に遭遇したか、その際どのように対応したか、といった内容になります」

「それは、自分で書く必要があるのか?」

 眉をひそめて質問を投げかけると、受付の女性は首を横に振った。

「いえ、報告書はギルド職員が作成します。そのため、依頼完了後すぐに解散とならない場合もありますが、ご了承ください」

 俺は了承したと頷きで返した。

 次に同じような依頼を受ける冒険者のための情報蓄積だろう。ハネナガの言っていた『脆弱な人族なりに工夫はしてる』というのはこういうことを指しているのかもしれない。


「報告書はあなた方の評価を決める重要な材料となります。特に、予期せぬ事態に遭遇した際の対応は、ランク昇格の際に重要な判断材料となりますので、覚えておいてください」

 説明を終えた受付は、俺達の証票を机の上に置いた。その金属板は、照明を受けて柔らかく光を反射している。

「それでは、改めて――」

 受付の女性は姿勢を正し、俺達を見つめた。

「ユーカク殿、シバ殿。お二人の冒険者ギルドへの加入を、ここに正式に認めます」

 その言葉とともに、彼女は背筋を伸ばして頭を下げ、小さく手を打ち鳴らした。

 俺は証票を見つめ、深呼吸した。人族に紛れるという目的に向けて、確かに一歩を踏み出したのだ。

 これで一通りの手続きは終わりかと思い、俺達はギルドのカウンターから離れて出口へと足を向けた。だが、扉に手を伸ばしたその刹那だった。

「へへ、兄ちゃん、待ちなよ」

 背後からねばつくような声が耳に入り、俺は振り返った。

 そこには腹回りが異様に太く、食べ物や泥の汚れがあちこちについた服を纏った大柄な男が立っていた。丸くふっくらとした顔には小さな目が埋まり、その目が俺たちを捕らえて離さない。


「なにか?」

 俺は声を抑え、警戒を込めた視線を向ける。男は太い指で俺を指し示し、下卑た笑みを浮かべた。

「兄ちゃん、剣士なんだろ? 盗賊なんかと組まずに俺らと組もうぜ」

「……?」

 何を言っているのか理解するまでに時間がかかった。

 ムラサキが盗賊だという理由で役立たずと決めつけ、自分たちの方がマシだから組めということかと分かったのは、数秒たってからだった。

 ムラサキの冗談めいた申告が、こうして面倒なトラブルを呼び込んでいると、内心で深いため息をついた。

「いや、俺達は仲間なので」

 できる限り穏やかに、手を振って断りの意を示した。


 だが、男は引き下がるどころか、一歩近づいて口角を上げた。その笑みは馴れ馴れしく、どこか威圧的な印象を与えようとしているように見えた。

「まあ、そう言うなって。俺たちと仲間になれば、愉しい、美味しい、稼げる――最高の冒険者生活が送れるぜ」

 語尾を引き伸ばしながら、にたにたと不気味な笑みを浮かべ、さらに顔を近づけてくる。

 その瞬間、臭い息が漂ってきて、眉をひそめずにはいられなかった。

 体臭も強く、汗と獣のような脂の匂いが立ち込めている。鼻の奥に残る不快感が容易に消えない。

 周囲を見渡すと、冒険者たちが興味深そうにこちらを注視していた。身を乗り出す者、振り向いた者、数人はひそひそと囁き合い、この出来事を楽しんでいるようだった。

 ……困った。

 本音を言えば、この事態はムラサキの「盗賊です」という申告が引き起こした火種だ。できることならムラサキ自身に対応してもらいたい。もっと言えば、固めて捨ててほしいところだ。

 しかし、肝心のムラサキはこの状況でも我関せずといった表情で、平然と立ったままこちらを見ようともしない。

 俺も本気を出せば、この程度の人族など簡単に振り払える。だが、それをすれば間違いなく目立つことになる。必要以上に注目を集めれば、人族に紛れての行動が難しくなる。それは何としても避けねばならない。


 そのとき――。

「ちょっとザジさん、強引な勧誘は駄目ですよ」

 穏やかだが毅然とした声が割り込んだ。受付の女性だ。彼女は冷たい視線をザジと呼ばれた男に向けた。

 呼ばれた腹の大きな男は、不愉快そうに舌打ちし、彼女へと顔を向けた。

「勧誘? 違う違う、提案だよ、て・い・あ・ん。せっかくいい職種に生まれたんだ、楽しく稼がせてやろうってんだよ」

 ザジは口元こそ笑みを浮かべるようと歪めているが、干渉に苛立ちを覚えてか、吐き捨てるような口調になっていた。

「以前も同じようなことを他の新人さんに言っていませんでしたか?」

 受付の女性は鋭い目つきで問いかけた。ザジの笑みが一瞬だけ引きつり、目が泳ぐ。

「あァ? 覚えてねえな。冒険者に親切にするのが悪いってのか?」

「親切? それはどうでしょうか。少なくとも無理強いは親切とは言いません」

 受付は微笑を浮かべつつも、言葉には鋭い刃が潜んでいた。

 ザジは舌打ちし、俺を睨みつけてくる。


 おそらく立場としてザジより受付の方が強く、弱い立場の俺達なら脅せば言うことを聞かせられると思っているのだろう。

 もちろんそんな目論見が俺に通じるわけもない。

「チッ……」

「ザジさん、ギルド内で暴力行為があれば、ランクが下がることもありますよ」

 淡々としたその切り返しに、男の眉がぴくりと痙攣した。

「ああ、いい、いい。高ランクは面倒な依頼が多いしな。スカッと一発殴って熊を倒す、そういうのがいいんだよ」

 自信たっぷりに胸を張る男の姿に、内心で首を傾げずにはいられなかった。

 なぜこの男は野生動物を倒す程度で大きな顔をしているのだろうか。確かに熊を素手の一発で殴って倒せるなら、膂力としてはそれなりにあると言えるが、まがりなりにもスキルを使うことができる人族が、スキルを使わずに肉体だけで戦うのであれば、野生動物と大差ない。

 それとも、ここでいう熊は古代種のことだろうか。そこまでいけば一周回って大したものだが。

 ちらりとムラサキの方を窺ったが、彼はまだ表情一つ変えず、静かに佇んだままだった。


「で、どうだい、兄ちゃん」

 ザジが口元をゆがめながら、再び声を投げかけてきた。その声はさっきより大きく、周囲にも聞かせるつもりらしい。

「その様子じゃ、冒険者の装備もろくに知らないんだろ?」

「装備?」

 俺が眉を動かすと、ザジは肩をすくめ、ため息をついた。

「そう。そもそもそんな靴で冒険者をしようってのが間違ってる」

 そう言いながら、太い指を俺の足元へと突き出した。

 指差された先には、ハネナガから渡されて履いている草履があった。

「これが何か?」

 何が問題なのか見当もつかず、視線を落として尋ね返した。

「かー、これが何かって……本気で言ってんのか、兄ちゃん」

 ザジは声を高め、苦笑を混ぜながら肩を揺らした。その様子は、呆れているというより、見下す機会を心から楽しんでいるようだった。

「ああ」

 そもそも俺達は本来このような履物など必要とはしていないが、人族に紛れる都合上つけているに過ぎない。

 人族がこの履物の何を間違いと言っているのか分からないが、どんなものだろうと俺達には本来は不要なのだ。


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