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策動(31)

 日が西の空に傾きはじめる頃、俺たちは三種の薬草を束ね、ギルドへと足を向けた。

 重い扉を押し開けると、建物内の空気は朝とは打って変わっていた。

 薄暗い空間には、埃や泥で服を汚し、疲労の陰を顔に刻んだ冒険者たちが次々と戻ってきている。空気には土埃や汗の香りがうっすらと漂い、疲労と活気が交じり合った独特の空間が広がっていた。

 受付の前にはすでに五人ほどが列をなし、それぞれ手にした紙を確認しながら、何やら順番を待っている。


 俺達もその列の最後尾に並んだ。周囲を見渡すと、壁にもたれる男や、椅子に腰掛け目を閉じている若い女など、冒険者たちは一日の任務を終え、束の間の休息を取っているようだった。

「やはりあの廃坑は、まだ危険だな」

「いや、南側なら採掘跡の整理だけで」

「問題は通路の補強だ。あのままでは……」

 控えめな声の会話があちこちから聞こえてくる。


 俺達に順番が回ってきて、朝と同じ受付の女性の前に立った。カウンターに薬草の束を並べると、彼女は振り返り、奥の部屋へと声をかけた。

「先生、お願いできますか」

 奥の扉が音もなく開き、白髪の混じった年配の女性が現れた。穏やかな目つきで俺たちに一礼し、薬草の束を手に取ると、一本一本を慎重に確認し始めた。

「青花草は……茎の状態も良い。白根草も、根を傷つけずによく採取できている。赤茎草は......」

 彼女は指先で茎を撫で、目を細めて頷いた。

「見事だね。若い茎だけを選びとっている。これなら薬効も十分期待できるよ」

 ふん。フィルダ様のお褒めの言葉とは比較にならないが、ひとまずその言葉は素直に受け取っておこう。

 人族に紛れるという行動をいかに上手くこなしたかをフィルダ様に評価していただけるかもしれないしな。


「申し分ありません。合格です」

 受付の女性はその言葉を受けて微笑み、カウンターの下から布袋を取り出した。

「これが今日の薬草採取の報酬です。銅貨を十枚」

 しかし年配の女性が片手を上げて制止した。

「報酬はもう少し上げましょう。一般の薬草採取ならこの程度でいいですが、これだけ丁寧な仕事なら、この先も期待できます。銅貨を五枚追加します」

 受付の女性は「はい」と応じ、俺達の前に赤みがかった丸い銅らしき金属を十五個並べた。片面には馬のような模様が刻まれている。一つ手に取ると、見た印象よりも軽く感じる。

 これがハネナガの言っていた『お金』というものか。手にするのは初めてだが、この小さな銅の欠片で物が手に入るというのは不思議な感覚だ。


「では冒険者としての決まりを説明します」

 受付は奥の部屋へ足を運び、戻ると二枚の長方形の板を俺達の前に置いた。

 手のひらに収まる大きさで、銅貨に似た色味の金属だ。

「これがあなた方の証票となります」

 受付の女性は証票を指で示した。

 そこには上から「ランドール王国認可第128号」、その下に「冒険者ギルド」の文字が刻まれ、さらに四桁の番号が打たれていた。


「お二人の名前を教えてください」

 女性の問いにムラサキは即答する。

「シバ」

「!?」

 俺は思わず目を見開き、ムラサキの横顔を見つめた。それはありなのか?

 だが、俺の視線に気づいているはずなのに、ムラサキは素知らぬ顔で受付を見つめている。


 受付の女性は頷き、次に俺に視線を移した。

「そちらの方は?」

「俺は……ユーカク」

 普段顔色を変えないムラサキが珍しく目を丸くして俺を見た。間違いなく「それ、偽名じゃない」と思っているだろう。

 だが、偽名の話はハネナガやオナガのような名が体を表す名前だから必要なのであって、俺の場合は名から体はそう分からないのだから、偽名をつける必要はない。そういうことにした。

職種(クラス)は?」

 女性の質問に、俺は「剣士」と、ムラサキは「盗賊です」と答えた。

 俺は内心で苦笑を噛み殺した。

 俺の【剣士】という答えもある種の偽装だが、ムラサキの【盗賊】は笑えない冗談だ。暗殺でもするつもりだろうか。


 周囲の冒険者たちが小声でざわめき始め、視線が一斉にムラサキに注がれた。隣にいる俺まで居心地が悪くなるほどの強烈な視線だ。

 ムラサキ自身は全く気にしていなようだが、彼が目立たないと死ぬという強迫観念の元で、わざと注目を集めているのではないかという疑念すら湧いてくる。

 一方、受付の女性はとくに驚いた様子もなく、背後の棚から二束の冊子を取り出した。

 紐綴じの冊子に、シバという名前と証票番号、職種を筆で記し、最後に『白』の一文字を加えた。筆を持つ手が止まると、蓋つきの円筒形の容器を取り上げた。黄金色に輝く金属製で、上部には細かな穴が開いている。受付はそれを傾け、白い砂を容器から均等に文字の上へとふりかけた。砂粒が墨の表面を覆い、筆跡がわずかに霞んだ。

 「少々お待ちください」と言いながら、受付は手を止めたまま待った。やがて紙を傾け、指で端を弾くと、砂がサラサラと落ちた。跡には、墨のにじみもなく、くっきりとした文字が残っている。目で確かめ、うなずくと、二冊目の冊子にも俺の名前と同じ情報を丁寧に記した。


「二人での登録ですが、パーティとしても登録しますか?」

「パーティ、とは?」

 俺は眉をひそめ、聞き返した。

「複数の冒険者が組んで依頼を受ける形態となります」

 受付は指を立てて説明を始めた。

「パーティには二種類あります。固定パーティと臨時パーティです」

 証票を指し示しながら言葉を紡ぐ。

「固定パーティは、長期的な活動を前提とした登録です。この場合、パーティ用の証票を別途発行します。代表者を決め、パーティ名も登録していただきます」


 一度言葉を区切り、視線を俺とムラサキに順番に向けた。

「一方、臨時パーティは、その都度のメンバーで依頼を受ける形です。この場合は、それぞれの個人証票を使用します」

「また、固定パーティに臨時でメンバーが加わる場合は、パーティ証票と臨時参加者の個人証票の両方が必要です。複数のパーティが合同で依頼を受ける場合は、それぞれのパーティ証票か代表者の証票での押印となります」

 両手を動かし、証票を組み合わせるような仕草で説明を補った。

「ただ、パーティ活動中には想定外の事態も起こりえます。メンバーが怪我や病気で参加できなくなった場合は、すぐにギルドに報告してください。状況に応じて依頼の差し替えや臨時メンバーの追加など、適切な対応を取れます」

「もし、すでに依頼を受けて出発した後にそういった事態が発生した場合は、最寄りのギルド支部で状況を証明する文書を発行します。これを依頼主に提示することで、人数変更の理由を正式に説明できます」

 淡々とした口調で続ける。

「もちろん、メンバーの離脱により依頼の遂行が難しくなった場合は、依頼を返上することもできます。その場合は違約金は発生しませんが、パーティの評価には影響することがあります」

 そこまで説明したところで、一呼吸置いた。

「とはいえ、まずは二人での活動に慣れることをお勧めします」

 俺はムラサキの表情を窺った。

 相変わらず感情を表に出さないが、特に異論もなさそうだ。


「では、パーティとして」

 俺が答えると、ムラサキも小さく頷いた。

 あくまで人族に紛れるための手段にすぎない以上、状況を理解しているムラサキと組むのは悪くない選択だ。ムラサキに特別な感情があるわけでもないしな。

「パーティ名はどうしますか?」

 受付の女性が尋ねる。

「パーティ名?」

 俺とムラサキは顔を見合わせた。

「はい。二人組以上で活動する場合、その組に名前をつけることで、ギルドも依頼者側も、ひとまとめに認識できるようになります」

 考えていなかった俺は腕を組み、思案に耽った。『フィルダ様復活活動会』とか? いや、さすがにそれは露骨か。『フィルダ様』という言葉が何を指しているのか勘ぐられても困るし、まかり間違って敵の耳に入ろうものなら大問題になる。

 では『神族従者の会』はどうだろう? 事実だが、正体を明かしてしまっては、人族に紛れるという目的が達成できなくなるか。

 いっそのこと名前をくっつけて『ユーシバ』とか『ムラカク』とか……さすがにこれは安直が過ぎるか。

 考えている間に、受付の女性が口を開いた。

「これは、今決める必要はありません。固定パーティとしての登録は、活動に慣れてからでも構いません。まずは臨時パーティとして、簡単な依頼から始めてみてはいかがでしょうか」

「その方がいいかもしれませんね」

 ムラサキが頷いた。

 たしかに、俺とムラサキが常に同時に動けるとは限らない。冒険者としての活動はあくまで手段であって、本来の目的ではない。

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