導き(10)
~アルスside~
この世には『職種』というものがある。
人は生まれた時に職種が定まり、その職種がもつスキル系統のスキルを身につけることが可能になる。
たとえば物心ついてからどんなに『剣士』に憧れても、職種が『剣士』でなければ『剣士』にはなれない、というか名乗れない。『剣士』の真似事、『剣技』をいくつか使えればいいのであれば職種が『戦士』でもいいが、あくまで真似事だ。
これは他の職種も同様で、後天的な当人の興味などおかいましに、何のスキル系統が最大どこまで使えるかは先天的に決まっている。
努力というのは自分のスキル系統に準じたスキルを手に入れるためのものであって、自分のスキル系統以外のスキルを得るものではないのだ。
ただ、幸いなことに、世間的には先天的な職種と生業としての『職』は分けて考えられている。
たとえば先の例の『剣士』も、剣を使う機会がなく、周りに農地しかなければ職は農民であり、身分は村に住んでいるなら村人なり村長なりになる。
職と職種は近いほど成果はあげやすいが、効率さえ求めなければ職は選択の余地があり、職種のみで人生が決まるわけではない。
……いくつかの例外を除けば。
その例外の最たるものが戦闘自体を生業にする戦闘職だ。
そもそもスキルの大半は戦闘用のものである。より正確に言えば、大半のスキルは戦闘に利用が可能である。
これは別にスキルが偏っているという話ではない。火もナイフも水も殺傷に使うことができる。
だから、スキルにも道具にも善悪はなく、あるとすれば、殺傷への使いやすさにいくらかの差がある、もっと言えば殺傷以外の使い方の範囲の広さに違いがある、ということである。
つまり、戦闘になると、おのずと戦闘に有利なスキル持ちが有利となり、それはすなわち、戦闘職への就職はおのずとスキル系統優位、すなわち職種優位となるのである。
先の『剣士』と『戦士』の例でいえば、剣士は圧倒的に剣技が強いため、攻撃役としての花形である。
対して『戦士』は『剣技』も使える近接戦闘職という位置づけにならざるを得ず、縁の下の力持ち的な立ち位置になることが多い。
だから自分のいた時間軸では『剣士』は異性に好まれる。いや、本当に異性に好まれるどうかはともかく、引く手数多で、優秀な『剣士』を手に入れるために遠方から引き抜きさえくる。『戦士』はそんなことはないだろう、きっと。
幼馴染みのセレーンが人気があったのもきっとこのせい……かもしれない。
セレーンのことはおいておくと、『戦士』だって俺から見ればいい職種である。
性格的に戦士に向いている気はしないが、戦闘職につくのが前提であれば戦士でもよかった。
が、俺の職種は『盗賊』である。
『剣士』が剣を扱う者、『戦士』が戦う者、このあたりは名前の由来もわかりやすい。
しかし、『盗賊』は字義通りに言えば盗みを働く者である。盗みを働いた後『盗賊』という扱いになるなら理解できる。
だが、盗みを働く以前、それこそ赤子の時から『盗賊』なのだ。何も盗んでないのにである。あなたはへその緒を盗みましたとでも言う気か?
なぜ生まれつきで決定される職種に『盗賊』という、明らかに他者があってはじめて成り立つ行為を行う者が存在しているのか。俺だけでなく、ほぼ全盗賊が疑問に思うであろうそれが、自分の職種である。
戦闘職としての『盗賊』の最悪な点は剣も『賢者法』などの『法術』もからきしで、護身術としての『騎士技』が少々ある以外、『盗賊技』全振りというスキル系統にある。
この『盗賊技』というのがまた曲者で、『解錠』に『急所突き』、『だまし討ち』と、表だって対人で使えば眉をひそめられるスキルの揃い踏み。『希品探知』なら穏当な生活でも活かせるかもね、という程度である。
希品探知以外でスキル系統を活かすなら、裏稼業一択みたいな職種である。
ただ、護身術としての『騎士技』がスキル系統としていくらかあるので、どうしても表の世界で戦闘職というなら『騎士』の真似事が一般的である。
『騎士』の真似事だけでいえば『戦士』と同程度できる見込みがあるのがせめてもの救いか。
もっとも、戦闘職につかなければ職種は関係ない。
世の中の大半の職種が『盗賊』の人々は農民やったり商人やったり鍛冶師やったりして生きている、きっと、たぶん。
だから農民とか商人とか鍛冶師とかを侮ったり恨みを買ってはいけない。彼らの職種が『盗賊』であったら、悲惨な死に方をするかもしれないのだから。
……
いや、これは誇張である。表の世界で生きている『盗賊』はそんな物騒なスキル系統をあげていることはない、きっと、たぶん。
なお、希少な職種、一般的には上級職というものもある。あるというか、あるらしい。
上級職は基本的に基本職と呼ばれるスキル系統を包括し、より上位のレベルまであげられたり、他のスキル系統をもつという、基本職からすると憧れの職種である。
が、職種は生まれた時に決定するので、憧れようがどうしようがなることはできない。職を変更する転職はあっても、職種を変更する転職種というものはないのだ。
先にも述べたように生まれた時に職種は決まってしまっているのだから。
もっとも、そもそも上級職は生まれが少ない上に、上級職の最大の特徴である『基本職よりも最大レベルが高い』という長所も、人がやっとのことで基本職のレベルあげて人生が終わるという有様では活かしようがない。
つまり基本職と上級職で本質的な実力の差は極めていけば出てくるかもしれないが、一般的には顕在化しない。
だから上級職は憧れではあるが、現実的には就職に特別有利とかない、きっと、たぶん。
職種一般論はいったん置いておき、近衛隊の水準を考える。
といっても、自分がいた時代とほとんど大差がないということがわかった。
『騎士』の最大の価値は『絶界』というスキルにあるのだが、このスキルは騎士技の中では比較的低いレベルで習得可能なものだ。『盗賊』である自分でもこれは使える。
つまり、もし正当に入隊試験を受けるなら合格できるということだ。
なぜ『絶界』が基準になるかと言えば、それは騎士の役割である者・物を守るという行為を体現するスキルが『絶界』だからだ。
このスキルが使えれば、最低限、捨て石としてでもある程度の役割を果たすことができる。だから本来の職種はどうあれ、このスキルの有無を基準にするのだ。
まぁ、この推測に穴があるとすれば、『騎士』以外はとても高い水準が合格基準となっている可能性があるということだろう。
それは否定できないが、イアノの口の堅さからして、その基準は知りようがないだろう。
仮に聞き出すことができても、俺も他職種のスキルを細かく知っているわけではないから、どの程度なのかをはっきり分かるとは言い難い。
唯一『剣士』だけはセレーンに付き合っていたからある程度は分かるが、それとて事細かに知っているわけではない。
考えても答えが出ないので、ひとまずその可能性に目をつぶろう。
今回の試験は手合わせである。
相手の実力の最低ラインはわかるが、最低ラインぎりぎりの相手なのか、はるか格上の相手がくるのかはわからない。
小隊長への推薦ともなれば、その対戦相手が入隊したばかりの新人ということはないだろう。
かといって、「私がこの国にその人ありとよばれる〇〇です」みたいな相手ということもさすがにないだろう。
なので、新人よりちょっと上を見ておくと、単独では今の自分と同格といったところだろうか。十回やって五回勝つみたいなその程度の相手。
とはいえ、実力を示せという今回の趣旨からすると、そのぐらいの戦闘だと不合格扱いになる可能性がある。
「そもそも一対一の近接戦闘など得意とするところじゃないんだがな…」
俺は窓の外を遠い目で見ながらぼやいた。
状況としてはかなり不利ではある。境遇が好転する何かがあればよいのだが。