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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
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導き(1)


「王家の杖をどこに隠した!」

 四方は薄汚れた灰色の石壁で囲まれ、やや息苦しさを感じる縦横4m程度の空間。天井までわずか2m少々という、まるで檻のような部屋。

 ここで俺、アルスは、怒号とも罵倒ともつかぬ声を、それこそ四時間は浴びせられていた。疲労と苛立ちが混ざり合い、頭痛もしてきている。

 粗末なテーブルを挟んで俺の対面に座り、俺を執拗に問い詰めるのは、四十歳手前ぐらいの男だった。

 濃い栗色で短く切りそろえた髪に琥珀色の瞳。その目には疲労の色が見えるものの、なお執念を燃やしているようだ。

 経験豊富な兵士らしい逞しい体つきで、その顔には、おそらく過去の戦闘で負ったと思われる小さな傷跡が点々と残っていた。

 また、身に纏った制服には独特の紋章が刻まれており、ただの下級兵士ではないことは一目瞭然だった。

 しかし、その粗暴とも言える態度は、高位の人物らしからぬものだ。貴族なら、たとえ品性に欠けていても、弱みを突かれない限り、こんな野蛮な振る舞いはしないはずだ。むしろ、自分の下品さが露呈するのを恐れるものだ。

 そういった素振りが一切ない時点で、この男は微笑ましい野人と言えよう。

 いや、微笑ましいなんて言葉はさすがに不適切か。今まさに怒鳴り散らされている以上、無害どころではない。頭を使う必要のない野蛮人と言い換えた方が正確だろう。


 とはいえ、「頭を使う必要がない」というのは、思考を巡らせても状況を打開できないということ。つまり、厄介この上ない。

 もしこれが意味不明な雑音なら、右から左へ素通りさせられるのに。人間の言葉であるがゆえに、頭が勝手に単語として処理してしまう。繰り返される『王家の杖』という単語が、まるで聞き馴染みのあるもののような奇妙な錯覚さえ覚える。

 そんな辟易するような状況に、額に手を当てて、弱弱しく頭を振った。


「真面目に答えろ!」

 男は両掌で机を強く叩き、椅子から勢いよく立ち上がった。

 真面目どころか、俺は一言も発していない。男は興奮のあまり直前の出来事さえ覚えていないのか、それとも叱責の言い回しが乏しいのか。いずれにせよ、これでは適切な取り調べとは言えない。

 いや、そもそも取り調べをする気があるのか?

 会話が成立していない現状を考えると、これは本気の尋問ではなく、ただの練習なのではないかという荒唐無稽な疑念が頭をよぎる。

 例えば、どこかで俺たちの様子を観察していた指導者が「では、今の尋問の問題点を挙げていきましょう」と、部屋の入口から現れるのでは……なんて。

 そんな馬鹿げた妄想をしてしまうのは、打開策が見えない状況からの現実逃避なのかもしれない。

 俺は思わず苦笑してしまい、その様子に「何がおかしい!」と再び叱責された。


 現実を直視すれば苦笑するしかない。そう思い、俺はここに至るまでの出来事を振り返ることにした。


 拘束される少し前、俺はラナーン城と呼ばれる城に『夜に』潜入しようとしていた。とはいえ、ラナーン城は人気がない、というより、誰も住んでいない城なので、潜入という言葉が適切かどうかは疑問が残る。

 正確には、誰も立ち入ることができない城と言われている。城門をくぐろうとしても、城壁を登ろうとしても、見えない障壁に阻まれて先に進めない。それがラナーン城に対する一般的な認識だった。

 そんなラナーン城に俺が行った理由は「百聞は一見にしかず」という好奇心からだ。

 なぜ誰も入れないのか。もし何らかの結界技術が使われているのなら、それは画期的な発見になる。いつ作られたのか、その情報さえ残っていない頃から、城全体を覆う結界を張ることができるなら、それはどの国も垂涎の的とするはずだ。


 そんなラナーン城への潜入は思いがけずうまくいった。そう言葉にすると、俺が何か特別なことをしたように聞こえるかもしれないが、実際のところ何かをしたわけではない。城門から普通に入れたのだ。なんらかの結界があると思っていただけに拍子抜けしたのを覚えている。

 遥か昔から存在する城だから、内部は埃っぽく朽ちていると想像していたが、そんな予想も裏切られた。何か騒乱があった様子は窺えるものの、とても千年以上経過した建造物であるとは思えなかった。


 城内を進むと、おそらく謁見の間と思われる広間に辿り着いた。通常、玉座は守護すべき君主が座す場所のはず。城門から一本道で、わずか五分も歩けば到達できるような場所にあるものではない。

 この城の主は並外れた自信家だったのか、侵略されること、そして自分が害される可能性があることなど微塵も考えていなかったようだ。城と銘打っているが、構造から見れば応接館に近いのではないか。

 そんな謁見の間に不釣り合いな黒い彫像が一つ、孤独に佇んでいた。

 これが、玉座に向かって跪いているのなら、配置は奇妙でも題材としては理解できる。

 だが、その像は玉座に向かってやや前かがみで俯いており、何を表現し、なぜここに置かれているのか、想像すらつかなかった。

 なにも芸術を理解しようという気があったわけではない。しかし、その像に刻まれているであろう表情に好奇の念を抱き、像を回り込もうとした瞬間、足が何かに引っ掛かりよろめいた。その先にある像に突進するような形になり、避けようもなかった。

 反射的に頭を守ろうと腕を額の前に上げる。

 像に触れたと思った瞬間、目の前が暗闇に覆われ、次に目に入ったのは直前までの薄暗い謁見の間ではなく、『明るく照らされた』部屋であった。俺はそこで衛兵に発見され、増援を呼ばれて、あっという間に取り押さえられた。

 その明るい部屋が宝物庫で『王家の杖』なるものがそこに保管されていたらしい。不審人物、つまり俺がその場にいたという事実だけで、俺が『王家の杖』を盗んだという、ほぼ確実な状況証拠が出来上がってしまったのだ。


(なんという不運。なんというとばっちり)

 まったく身に覚えのない罪を着せられた俺のこの嘆きも、無理からぬものだろう。

 もちろん、目の前の頑固な男がくる前に、すでに身体検査は行われている。そして『王家の杖』とやらを所持していないことは明らかになっているのだ。

 しかし、その事実だけでは、『王家の杖が紛失』『宝物庫に不審人物が一人だけいた』という重大な事柄を無視して俺を無罪放免するには至らず、取り調べを受けることになった。これはまぁ仕方ないことと諦めるしかない。

 だが、その尋問が一方的に「杖はどこだ」「お前以外いない」「こっちはわかっている」の繰り返しなのは我慢ならない。これは尋問ではなく、ただの見解の押し付けだ。

 尋問にしろ取り調べにしろ、未知の事実を明らかにすることが目的のはずだ。今回の場合、最も重要なのは大事な大事な『王家の杖』の所在を突き止めることだろう。

 そして、もし本当に俺がその行方を知っていると信じているなら、何としてでも俺の口を開かせなければならないはずだ。酒を振る舞うとか、食事を与えるとか、あるいは情に訴えるとか、方法はいくらでもあるはずなのに、この男にはそんな発想が全くないようだ。

 まぁ、何を振る舞われても知らないことは答えようがないのだが。


「どこを見ている!」

 上の空で物思いに耽っていたことに気づかれたらしく、再び怒号が響き渡った。

 こういう状況では、互いに距離を置いて冷静になる時間を持つのが一番だ。俺自身は冷静のつもりだが、それはさておき。

 あるいは第三者を介入させるか。もっとも、城の宝物庫荒らしと疑われている状況で、完全に中立な第三者を呼ぶのは現実的ではないだろう。それでも、この男よりはましかもしれない……と思いたい。

 ただ、この男が自分の力不足を認めて役割を放棄するとも、自ら助けを求めるとも思えない。

 つまり、俺にできることは、聞いていますよという素振りを見せつつ、ただひたすら時間が過ぎるのを待つことだけだった。さすがに相手も不眠不休で、食事も取らずに永遠に尋問を続けることはできまい。そう思いながら、俺は静かに忍耐を重ねるのだった。


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