助
三題噺もどき―さんびゃくさん。
窓の外から、耳障りなセミの声が聞こえてくる。
もうそんな季節かと思いながら、部屋の中で1人、ぼぅっとしている。
いや、まぁ、正確には1人ではないのだけど。
「……」
本当は窓なんて開けたくもないのだけど、田舎からやってきた母が、カーテンを開け、窓を開け、部屋の中をあっちこっちしている。
来なくていいと言ったのに、親の勘というのは怖いなぁ。
「……」
数時間前までは、居心地のいい空間だったのに……。
少しずつ、空気が入れ替えられ、ものが片付けられ、部屋が戻っていく。
まぁ、何もする気がないから、受け入れるしかないのだけど。
もう何もかも面倒で、動けない。
「……」
合い鍵なんて渡しとくんじゃなかったなぁと、頭の隅でほんの少し後悔している自分がいる。
けれどまぁ、やっぱり、来てくれてよかったなぁと、重い居ていないわけではない。
「……」
学生の身を捨て、田舎を遠く離れ、夢だった仕事に就職することができた。
苦労はしたけど、いいように進んでいった。
何もかもが順風満帆で、このまま、この道を真っすぐ進めるんだと確信していた。
「……」
けれど、人生はそうもいかないようで。
絶対、何かトラブルは起こるらしくて。
小さかろうが、大きかろうが、必ず障害はつきもので。
それを、どうするか、というところが人生においては、重要なようで。
「……」
まぁ、それで。
色々とあって。
上手くいかなくなって。
自業自得と言われれば、それまでなのかもしれないけど。
でもなぁ。やっぱり、助けてほしかったなぁと、思ったりもするわけで。
信じていた人たちに裏切られてしまったから、なんだか、もう。どうしたらいいかわからなくなって。今までそんなことがなかったから、なおのこと。人に裏切られたことが、思っていた以上に堪えたみたいで。
「……」
そもそも、私の中ではうまくいっていたが、あの人はそうでもなかったらしい。
気に食わなかった、らしい。
入りたての小さな私が、何かをやろうとして、成し遂げようとして、順調に進んでいくのが、嫌だったらしい。
……うん。なんだか、子供みたいな人だ。ほんと。
「……」
そんな力があるなら、別のことに使えばいいのになぁ、なんて今は少し思う。
それぐらいの余裕は少しできた。
ここまで、大変だったなぁ。
今でも沈むけど。
未だに思考が、まとまらない日々が続くけど。
今も、何を考えているのか分からなくなってきている。
何をしていたのだったっけ。
「……」
母はひたすらにモノを片付けている。
そんなに散らかしたつもりはないんだけど。
多分、無意識のままにモノを散らしていたのかもしれない。
よく見たら、ものが散乱しまくっている。
私も片付けた方がいいのかな。
あぁ、でも動きたくない。
「……」
私が、何かをすると、よくないことが起こりそうで怖い。
動いたら、何かが終わりそうな気がして、動けない。
「……」
だめだなぁ、と思いつつ。
それでも動くことは出来ない。
思っていたいじょうに、怪我が酷いみたいで。
今まで、こんな怪我を経験したことがなかったから、分からないのだ。
どれだけ深くて、どれだけ酷くて、どれだけ痛々しい怪我なのか。
私にとっては、こうでも、他の人はそうでもないのかもしれないとか、考えてしまう。
「……」
「……」
「……」
「……」
セミの声がうるさい。頭にガンガン響いてきて、うるさい。窓が開いているからだろうけど、それにしてもうるさい。あぁ、この窓際に居るのがいけないのかもしれない。
けれど今の私の居場所は、ここにしかない。小さな部屋のベッドの隅。ここにしか、私は居られない、居てはいけない。むしろいなくてもいいと思う。
ここから動くのは許されていない。だめなんだよ。動いたら。あいつが怒るんだ。
頭に響いてくるセミの声はうるさいけれど、耐えればいいんだ。全部。全部。我慢すれば。
私が、ひとりで、がまんすればいいんだ。それだけのことだ。
それを望まれているなら、そうすべきなんだ。
たかが、一個人の私が、望まれても居ないことをすべきではないんだ。
そんなだから。
そんなだから―
「……」
吐き気がしてきた。
喉の奥が苦しい。
手先が冷えていく感じがする。
血の気が引いていく。
「――――――」
下がりつつあった頭を上げると、母がいた。
そうだった。
母がいた。
わざわざ、遠い田舎から来てくれた母がいた。
何も言わず、ただじぃと、私を見つめてくれる母がいた。
私をちゃんと見てくれる、母がいた。
「…ぁりがとう」
目頭に涙をためながら、私を見ていた母を見て。
つい、ぽつりと漏れたそれは。
声にはならなかった。
ただ空気が漏れたようになってしまったけれど。
ちゃんと、見てくれているから。
ちゃんと、伝わった。
お題:涙・田舎・怪我