1.プロローグ
異臭と息苦しさに一瞬、危機感がわいた。
ん、アレ?私、床になんで倒れてるんだろう。
久しぶりに意気込んで訪れた大手カラオケ店舗の一室で、熱唱していたはずなのに。
何故だろうと脳裏をかすめたけど、考えが纏まらない。
朦朧とする意識。漠然とする危機感が頭をもたげる。
部屋の入り口がやけに遠く遠く感じた。
訳もなく伸ばした手に、スマホの感触。
床に落ちてたんだ。電話をかけなきゃと思ったけど、余力がないことに気付く。
何かに縋るように、助けてと呟いたけど声にならなかった。
モニターに流れるデモ映像が薄れゆく視界に入る。
結局、カラオケ楽しめなかったな。
その想いが心に残った。
『…さん。…さん、ごめんなさい』
ふと気付くとオーロラがユラユラ揺らめいた色彩あふれる不思議な世界にいた。
そして何かに身体をゆらゆら揺すられている感覚。
いや、自分の身体はもうないか。魂を揺すられてるのかな。
それにしても私に用事がある人なんているだろうか。
輪郭がぼんやりしてて、目をこらしてもハッキリ見えないんだけど。
魂に眼鏡をつけてほしい。
私に声をかけていたのは異世界の女神様だったらしい。
申し訳なさそうに、コトの顛末を教えていただいた。
眉唾的なお話を長々と語られて正直、もうどうでもいいかなと思ってしまう。
内容がないのだ。不敬と思うけど、要するに自分達は悪くないと。
正当性を論じられてる気がしてしまった。
神様の話をものすごく簡潔に語ると、今日神々の会合があった。
そこで何人かの神が口論となり、つかみ合いの喧嘩が勃発。
地球世界を覗き見るための泉、通称【物見の泉】に向かって、様々な物が投げ込まれたらしい。
まぁ、ヒドい。神様が不法投棄してるわ~なんて心の中でツッコミを入れたくなりました。
で、大体の物は海に落ちて被害はなかったけど。ひとつだけ…ここ重要です。
たったひとつだけが運悪く、カラオケ店舗に直撃して、火災が発生。
更に店員のうっかりミスで、お客は全員避難したと思い込まれてしまい、発見が遅れたのだと。
はぁ~、しょうがないよね~。ため息しか出ないです。
ここで泣いて喚いてごねても死んだことは覆らないし。
諦めに似た想いを顔に出さないように呟いた。
「分かりました。」
そう言うしかなかった。
言葉巧みに論破できるなら、神様相手でも交渉しようとするかもしれないけど。
そんな才能はないからなぁ。未来へ続く道を模索するのは諦めるしかない。
後悔はカラオケを堪能できなかったことだけ。
我ながら単純だなぁ。うんうん。
そう思いながら、また意識を飛ばした。