「君を愛することはできない」と真実の愛を貫いた婚約者。私がザマァするまでもなく自滅しました。
私は急いでおりました。
この国キシュホーテ王国の第一王子にして、私の愛する婚約者シナーフ殿下のもとへ。早く、早くと焦ってはおりましたが、はしたなく走るわけにはまいりません。
なぜなら私はモリカ・イルノア。
キシュホーテ王国の侯爵令嬢であり、シナーフ殿下の妃になる身なのですから。私は淑女の鑑とならねばなりませんし、貴族だけが通うこの学園の生徒たちの規範とならねばなりません。
それでも私が急いでいるのは、先程とんでもない噂を耳にしたからです。とても信じられない噂でした。それでも無視することなどできません。
目的地に近づくと薔薇の香りがふわりと鼻腔をくすぐりました。それと同時に色とりどりの見事な薔薇が私の目に飛び込んでくる。
中庭には学園自慢の薔薇の花壇があるのです。その花壇に囲まれて愛らしさのある四阿がありました。
そこから男女の仲睦まじそうな笑い声が私の耳に届き、私の胸が張り裂けそうになる。男性の声は間違いなく私の婚約者シナーフ殿下のものだったからです。
ああ、先ほど耳にした噂は本当だったのですね。
私の愛する殿下が公然と浮気をしているなんて。
あまりの絶望感に目の前が暗くなってしまいました。
追い討ちを掛けるかのように、四阿を遠巻きに令嬢達が悪意のヒソヒソ声と嘲るクスクス笑い声が風に乗って流れてくる。ああ、このまま踵を返して逃げ去りたくなってきました。
ダメ! 気をしっかり持つのよモリカ!
令嬢は何よりゴシップが大好きなのよ。
このまま放置するわけにはいかないわ。
「シナーフ殿下、いったい何をなさっておられますの!」
「モ、モリカ!?」
私の姿に慌てて女から離れて立ち上がるシナーフ殿下。
「こ、これは、その、私は決して疚しいことは何も……」
「婚約者がある身で女性と仲良くベンチに並んで腰掛けてベタベタするのが疚しくないとおっしゃられますの?」
この目でバッチリ見ましたわ。
言い逃れはできませんことよ!
まったく、私という者がありながら、いったいどこの泥棒猫にうつつを抜かしていらっしゃるのかしら。
殿下に続いて立ち上がった女生徒をチラリと見て私はギョッとしました。
ふんわりとした桜色の髪と優しげな水色の瞳、雪のように真っ白な肌、背は低く肩も腰も折れそうな程に華奢。
小さな顔はとても愛らしいく、まるで儚い妖精のよう……なんと、お相手は隣国のカミア・グウトン王女でしたの!?
この方は色々な意味で学園の有名人なのです。
お隣のグウトン王国のさる高貴なお方である事が一つ。
その容姿の愛らしさで、数々の男達を誑かすのが二つ。
そして、己をヒロインだと妄言を吐く痛い子なのが三つ。
まあ、そんなことよりも何よりもカミア様には重大な秘密があるのですが……
「そ、そんな……シナーフ殿下があのカミア様と?」
私は頭をふるふる振って尋ねました。
信じられない。
信じたくない。
ああ、私の愛する殿下がそんなはずは……
「すまないモリカ、君はとても素晴らしい婚約者だった」
ですが、殿下は目を閉じてグッと拳を握り締め葛藤したのも束の間、カッと目を見開いて宣言されたのです。
「だが、それでも……私は……私はカミアを愛してしまったのだ!」
「嬉しいシナーフ様!」
殿下とカミア様は人目もはばからず、抱き締め合い二人だけの世界を作り出しております。私はただただあ然とするばかり。
「カミア、私が愛するのは君だけだ」
「私も……私もシナーフ様をお慕いしております」
しかも、あろう事か、大衆の面前でブチュッとーー
「「「キャァァァァァア!!!」」」
周囲(私含む)から耳をつんざくような黄色い悲鳴が巻き起こりました。
でもまあ仕方ありませんよね。だって、これって令嬢達の大好物なんですから。
ちなみに私ももちろん大好物ですわ!
お二人とも、ありがとうございます!
いやぁ、ええモン見せて頂きましたぁ〜
「そう言うわけだ。すまないが私はモリカ……君を愛することはできない」
「モリカ様、ごめんなさい……でも、お願い私達の愛を許して」
「お二人はそこまで……」
互いの手を取り合い私をジッと見つめる殿下とカミア様。
ふっ、これでは私が完全に二人の仲を裂く悪役ですわね。
「私は真実の愛に目覚めたのだ。この愛こそ本物。何があろうと乗り越えてみせる」
「ああ、シナーフ様……どんな困難が待ち受けていてもシナーフ様となら堪えられます」
「殿下の意思は固いのですね?」
ここは保守的な国キシュホーテ王国。貴族に自由恋愛などもってのほか。殿下とカミア様の関係はとてもではありませんが許されるものではありません。
しか~し、私はと~ても理解のある女!
「殿下にそこまでのお覚悟があるのでしたら、私から申し上げる事は何もありませんわ」
「分かってくれるかモリカ!」
「ええ、もちろんですとも」
不安に揺れていた殿下とカミア様を安心させるよう私は優しく微笑む。
「真実の愛——そう言うことでしたら是非もありませんわ」
ああ、真実の愛。
なんて素晴らしい響きなのでしょう。
あっ、鼻血が出そうです。
近くの令嬢のうち数人は鼻血で貧血を起こして倒れております。
「キシュホーテ王国とグウトン王国、両国の親善の為にも私は潔く身を引かせていただきますわ」
「私達の愛を認めてくれてありがとうございますモリカ様」
手を取り合い仲睦まじく並ぶ二人に私は満足そうに一つ頷きました。
ええ、ええ、認めますとも、許しますとも。
この崇高な愛を認めないわけには参りません。
この方はヒロインですものね。自称ですけど。
「お二人の幸せを心よりお祈りしております」
「ありがとうモリカ……私は必ず添い遂げてみせる」
この大団円に私は祝福の拍手を贈らせていただきますわ。すると私に倣い、周囲の令嬢達も感動の涙を流しながらのスタンディングオベーション。
みなさんも二人の関係に理解を示してくださったようですわね。
ああ、なんと心洗われる光景なのでしょう。
これぞ正真正銘、まごうことなき真実の愛!
なんせカミア様は……なんですから。
「これで私が国王に、カミアが王妃となれば、キシュホーテ王国の未来は明るいだろう」
「はあ?」
殿下はいったい何をとち狂っているのでしょう?
「カミア様は王妃にはなれませんよ?」
「何だと!?」
「だいたいカミア様と添い遂げられるのなら殿下はおそらく廃嫡されますし」
「どうしてだ!?」
「どうしても何も……カミア様は男の娘ですから」
「なんだとぉぉぉ!!!」
いや、有名な話じゃないですか。
もう全校生徒周知の事実ですよ。
「だ、だが、カミアはグウトンの王女ではないか。王子とは聞いていないぞ」
「保守的な我がキシュホーテ王国とは違い、隣国のグウトン王国はとても先進的なLGBTQに理解のあるお国柄なのですわ。トランスジェンダーにも理解があるのです」
彼の国は我が国よりマイノリティに対する理解が300年は進んでいます。
だから、本来なら王子であるカミア様も王女を称して許されているのです。
「殿下もご存知とは思われますが、我が国では同性婚は認められておりません。ですので、殿下は王位継承権を剥奪され廃嫡されるのは必至」
「待て待て待て待て!」
「もう手遅れですよ。これだけ大衆の面前でイチャイチャしちゃいましたから、もはや殿下の好みが男性であるとカミングアウトしたのと同じですわ」
「えっ、大衆?」
ぐるりと見回して青くなる殿下。
今ごろようやく自分を囲んでいる令嬢達の存在に気がつくなんて、そんなにもカミア様と二人の世界に浸っておられたのですわね。
ああ、まさに真実の愛!
「この国は差別的でカミア様と結ばれるにはグウトン王国へ行かねばならないでしょう。ですがお二人の真実の愛ならこの程度の障害など簡単に乗り越えられると信じております」
私が両手を握り祈るようなポーズをすると、周りの令嬢達も同じポーズでうんうんと頷き期待の眼差しを殿下に向けました。
「あっ、言い忘れておりましたが、いかに革新的なグウトン王国でも王家や貴族まではさすがに同性婚は認められておりません」
「なんだと!?」
当たり前じゃないですか。
同性婚ではお世継ぎができませんもの。継承問題になるので王族、貴族は同性婚タブーです。はっきり法律で禁止されております。
「ですので、カミア様は男性と結婚する場合は王族から抜けなければなりません」
と言うわけで、お二人は結婚したら平民となるわけです。
「まあ、この程度の困難など、お二人の真実の愛の前には困難とも呼べないでしょうが」
熱い抱擁と熱烈なキスで性別の壁さえやすやすとぶっ壊してしまわれたのですから。
ああ! 先ほどのチューは私の脳裏にしっかりと焼き付いておりますよ!
これだけで私ごはん3杯はいけます!
「あぁ、なんて素晴らしいのでしょう真実の愛!」
「ちょっと待ってくれ。やっぱり私は君と……」
「私はお二人の真実の愛を全力で応援いたしますわ!」
きっとキシュホーテ王国の夜明けも近いですわね。
その後、殿下は私に幾度となく面会を求められてきましたが、とーぜん全て拒絶しました。カミア様に誤解されるといけませんからね。
真実の愛にわずかな瑕疵も許されませんわ!
そして、シナーフ殿下は「知らなかったんだァァァァ!」と叫びながら、カミア様と共にグウトン王国へと連れて行かれたのでした。
私の方は男に婚約者を寝取られた女としばらく誹謗中傷されましたが……まあ、イルノア侯爵家は権勢を誇る大貴族ですので結婚相手にはさほど苦労はありませんでした。
しかし、女の幸せは結婚と思ってしまうあたり、私もまだまだ考えが古いですわね。やはり、この国はまだまだ保守的です。これではどこかにまだ殿下とカミア様のように苦しんでいる方が大勢いることでしょう。
ですが、きっとあの二人がそんな大勢の苦しみに光を照らしてくれました。
ああ、崇高な二人の愛に幸あれ!




