8.王都の外へ
「わ、ぁっ……」
門の向こうは、草原だった。
青々とした草の原が、ずっと遠くまで続いている。
渡る風に、草が光を反射して波のように見える。
まるで美しい絵画のようだ。
ファウリは草の香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。
ずぅっと遠くに、ぽつぽつと家が見える。
あんな場所にも、人が住んでいるのか。
初めて見る草原に、ファウリは釘付けになった。
門の向こうにも長い行列ができている。
馬車は、ガラガラと車輪の音を響かせて、草原の間の道を進んだ。
やがて馬車の列も途切れ、歩く人の姿も見えなくなった頃、ハーツが馬車を止めた。
「ファウリさん。一度休憩にして昼食を取りましょう」
「はい」
先に馬車を降りたハーツは、ファウリに手を差し出してくれた。
ファウリはハーツの手を取り、馬車から降りる。
川の近くの木陰に馬車を止め、御者が馬に水を飲ませに行くのを眺めながら、ファウリは、うんっと身体を伸ばした。
すっかり固まってしまっている。
「疲れましたか?」
「はい。少し」
ファウリが木陰に腰を下ろすと、ハーツが麻袋を手に近づいてきた。
「護送中の昼食は基本パンと水になります」
ハーツは麻袋から、パンを1つ取り出して、ファウリに差し出した。
粉をふいた、拳サイズの固い黒パンだ。
一瞬ぱぁ、っと目を輝かせたファウリだが、すぐに思い出して眉を下げる。
「……。あの、ハーツさん」
「なんでしょう」
「パンの昼食はとても魅力的なのですが、実は私、食堂でお弁当を頂いてしまいました。こちらは没収でしょうか」
ファウリは眉を下げ、荷物の中から貰った弁当を取り出した。
ハーツはきょとんとした顔で、ファウリと弁当を見比べて、すぐに、相好を崩した。
「いいえ、構いませんよ。そちらを召し上がって下さい」
「良かったです」
折角作ってくれた料理人に申し訳ないことをしたと、しょんぼりしていたファウリは、ほっと安堵の笑みを浮かべた。早速包みを広げてみる。
ファウリが貰った弁当は、分厚いサンドイッチが三つも入っていた。
他にもこんがり焼いたソーセージや、色鮮やかなスクランブルエッグ、デザートにリンゴまで付けてくれていた。
ハーツはファウリから一歩離れた位置に腰を下ろすと、携帯食らしい干し肉を取り出している。
御者は、と視線を巡らせると、御者は水を飲む馬の傍で、石の上に腰を下ろし、包みを広げていた。こちらは自前のお弁当があるらしい。
「ハーツさん。良かったらどうぞ」
結構大きなサンドイッチだから、一つで十分足りそうだ。
ファウリが包みを差し出すと、ハーツが驚いたように目を丸くする。
「宜しいので?」
「今まで食事は一日に二度だったので、昼食をとる習慣がないんです。三つも食べきれません」
「そうですか? それでは、遠慮なく」
照れくさそうに笑って頭を掻きながら、ハーツがサンドイッチを受け取った。
「こうして食事を誰かと取るのは初めてです」
ぱくりとパンにかぶりつく。
肉入りで、とても美味しい。
ハーツは、何とも言えない顔でファウリを眺めてから、ファウリに倣ってサンドイッチにかぶりついた。
「ティアナグ=ノールまでは、幾つか街を経由します。街のある場所では宿を取りますが、宿の無い村や、民家が無い場所では野宿することになります」
「野宿! 楽しみです!」
野宿と聞いて、ぱぁ、っと目を輝かせるファウリに、ハーツは目を丸くして、直ぐに吹き出すように笑った。
「あなたは変わった人ですね」
「そうですか?」
「高貴な方は大抵憤慨なさいます」
「私は高貴な方では無いので、怒る理由が御座いません。罪人なので、贅沢など申すはずも御座いません」
「――あなたは罪人では、無いでしょう? 無い尻尾は、振れないのですから」
「はい、そうですね。では、尚のこと、ハーツさんに感謝こそすれ、文句など言うはずもありません。旅の平民の娘をただで馬車で送って下さるのですから」
ファウリが小さく舌を覗かせると、ハーツもそれもそうかと笑った。
「私も、最初は憂鬱でした。大抵罪人は馬車の中で悪態をつくか、怒り狂って暴れるか、慈悲を請おうと縋ってくるか、食事も拒否して只管泣くか……。だけど、あなたは楽しそうだ。こんな旅であれば、護送というよりも休暇のようで、楽しいです」
「はい。私もとっても楽しいです」
二人は顔を見合わせると、声を上げて笑いあった。
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