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6.掃除婦少女の逆恨み

 掃除婦の少女は、名をリーナといった。

 リーナが神殿に勤め始めたのは、十歳の時。

 真面目な性格のリーナは、人一倍真面目に仕事に取り組んだ。

 高い柱の上に取り付けられたランプも、女神像のドレスの皺の間も、見えないところまで丁寧に。

 そんなリーナが、真面目な仕事ぶりを評価され、聖女宮の掃除婦として抜擢されたのは、三年前。


 奇跡の御業と呼ばれる、聖女の儀式を見たことがあるという先輩掃除婦は、大層羨ましがっていた。

 一度だけ、新年祭にお休みを頂き、大聖堂で聖女の姿を遠目で見たことがあったのだそう。

 厳かな空気の中、純白の聖女の衣装に身を包み、真っ白く嫋やかな細い腕が丸い聖女の水晶にゆっくりと伸ばされて、その指先が水晶に触れるや、金色を帯びた光が、広い聖堂一面を覆っていく様は、まさに奇跡の光景だったと、耳がタコになるくらい聞かされた。


 さぞや美しい方なのだろうと思いを馳せていたから、初めてヴェールを外した聖女を見たときは酷く落胆した。

 絶世の美女かと思いきや、どこにでもいそうな平凡な顔立ち。

 地味な茶色の髪と瞳。貧相な見た目。所作だけは貴族を凌ぐ振る舞いだが、こんな平凡な子が聖女だなんてと、何故か騙されたような気分になったのと同時、どす黒い感情が芽生えたことを覚えている。


 同じ平民だというのに、自分はどんなに頑張っても、神殿でも最下層の掃除婦で、毎日埃まみれで働いて、いつも神官達に薄汚いと蔑まれているというのに、ただ水晶を光らせるというだけで、真っ白な聖衣を纏い、使用人や騎士まで従えて、まるでお姫様のように扱われる聖女。


 水晶が光るからなんだというのだ。

 光れば腹が満たされるわけでもあるまいに。


 ずるい。羨ましい。妬ましい。

 これがただの逆恨みなのは分かっている。

 大嫌いだと思ったが、それはそれ。これはこれ。


 今まで以上に、真面目に仕事に取り組んだ。

 限られた者しか入れない聖女宮でのお勤めは、以前よりも格段に給金が良かったから。


 だというのに、聖女は時折廊下で足を止め、じっとこちらを見つめてくる。

 嫌味のように、自分が掃除をした場所に触れ、まるで粗を探すかのように、掃除をした場所を見て回る。


 ちゃんと掃除、してるわよ。

 やり残しなんて、ないわ。

 同じ平民のくせに、貴族の真似をして嫌味でもいうつもりなの。

 同じ平民のあんたが、毎日真面目に働く私を蔑むの。


 イライラした。ムカムカした。


 そんな矢先のことだった。


 掃除婦長から呼び出され、聖女は、聖女の任を解かれたと聞かされた。

 国を追い出されるのだと。

 聖女宮は閉鎖され、リーナも今と同等の上位神官の区域の掃除に回されることになったと。


 ざまぁみろと思った。

 いい気味だと思った。

 胸がすく思いだった。


「あの……!」


 最後のお勤めにと、聖女宮へ向かう途中、ふいに誰かに呼び止められ、声のした方へ視線を向けたリーナは、その場で硬直してしまった。

 こちらに向かい駆け寄ってくる少女の顔に、覚えがあったから。


 聖女!?

 え、これ私に話しかけてるの?

 え、なんで!?

 嫌ってはいても、相手は高貴な方だ。いや、方だった、だ。

 聖女の任は解かれたのだから、自分と同じただの平民だ。

 頭なんて、下げてやるもんか。


 慌てて頭を下げようとしたリーナは、ぐっと踏みとどまった。

 じろりと元聖女を睨むように見て、胸を張る。

 ゴク、と喉が鳴った。


 精一杯虚勢を張っているというのに、これは本当にあの聖女か?

 嬉しそうな、満面の笑み。朱に染まる頬、キラキラと輝かせた目。

 少女はリーナの前で足を止めると、息を弾ませながら口を開いた。


「良かった、もう会えないかと思いました。私、あなたに、お礼を言いたかったのです。ずっと」


 ――は?

 お礼?


 意味が分からず、目をぱしぱしと瞬く。

 毒気を抜かれてしまった。


 目の前の少女は、目が合うと、それは嬉しそうに笑みを深くする。まるで、親しい友人を見るかのように。

 聖女と呼ばれていた彼女は、そっとリーナの手を取った。

 掃除で汚れた手を、ためらいもせずに。


「私、今日、国を発つのです。ですから、ここを去る前に、あなたにお礼を言いたくて。いつも丁寧に隅々まで綺麗にしてくださってありがとう。どこもいつもピカピカで、凄いなぁって、尊敬していました。私、いつか自分でお掃除をやってみたかったので、お掃除の仕方、とても勉強になりました。今までどうも有難う。心から感謝します」


「――――……!」


 それじゃあ、何?

 隅々まで見てたのは、感動してたってこと?

 じっと見ていたのは、学ぼうとしていたってこと?


 思っていたのと真逆の言葉に、ガンっと頭が鈍器で殴られたような気がした。


 見当違いの思い込みで、ずっと嫌ってしまっていた。

 目が合えば、小さく会釈を返してくれた、いつも、広い聖女宮に、独りぼっちだった女の子。


 ああ、ああ、ああ――。


 罪悪感が、胸をしめた。

 自分の傲慢さを恥じた。

 同時に、ああ、自分はこの言葉が欲しかったのだと気が付いた。


 努力に気づいて、下さっていた。

 ありがとうと、言ってくださった。

 汚いと侮蔑を向けられたこの手を、躊躇いも無く握って下さった。

 今までの努力が、報われた。


 有難うございます、と何度も頭を下げると、聖女――否、元聖女は。

 ぱぁ、っと花が開くように笑った。

 聖女宮では、見る事の無かった、晴れ晴れとした笑みだった。


ご閲覧・ブクマ・いいね、評価、有難うございます!

次! 次で神殿、後にしますっ;

なげーーわ!っと思った方すみません;


次は明日、朝8時くらい。更新予定ですっ。

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