5.お水の瓶
「空き瓶、で御座いますか?」
でっぷりと丸いお腹をした料理人は、困惑の表情で厳つい騎士とその隣で目をキラキラさせた、ちんまりとした少女を見比べた。
「はい。神殿を出ることになったのです。隣国まで旅をするので、お水が無いと不便でしょう? だから、空き瓶にお水を入れて水筒代わりにしようと思うのです」
「はぁ……。空き瓶をねぇ……」
料理人はポリポリと頬を掻くと、大きな木箱に投げ入れていたワインの瓶を一本取り上げた。
「こんなんでいいのかね?」
薄い緑色の透き通った瓶を軽く振って見せると、ファウリは、ぱぁっと笑みを浮かべ、手を打ちながら小さく跳ねた。
「とっても素敵です! お水を入れてコルクで栓をすれば、立派な水筒になりますね!」
「水を入れてやってくれるかい?」
きゃっきゃとはしゃぐファウリに、護衛の騎士が笑みを浮かべながら言葉を添えてくれる。
料理人も顔を綻ばせた。
「ああ、構いませんよ。ちょい待ちな、お嬢ちゃん」
料理人は丁寧に瓶を洗い、樽の栓を抜くと、冷たい水をたっぷりと瓶に注いで、コルクでしっかり栓をしてやった。
「素敵素敵! 素敵な水筒ですね、嬉しいです!」
ぴょんぴょんと弾むファウリに、料理人は豪快に声を上げて笑った。
「ついでに、弁当でも作ってやってくれよ。今朝は食事も取れなかったようだから」
「ああ、構わんよ」
「お弁当?! 良いのですか? 嬉しいです!」
飛び上がって喜ぶファウリの前で、料理人は大きなお腹をゆすって笑いながら、チーズやトマト、レタスを取り出し、手早くカットしてパンに挟む。
ファウリは目を輝かせながら、その様子をじっと見つめていた。
* * *
「瓶、しまわないんですか?」
くすくすと、騎士が笑う。ファウリも瓶を抱きしめたまま笑う。
折角だからと騎士が神殿を案内してくれることになったのだが、ファウリはずっと瓶を抱えたままだ。
瓶を抱え、嬉しそうに歩くファウリに、周囲の人も微笑まし気に視線を向ける。
「はい。冷たくて気持ちが良いです。それに、夢が一つ、叶いました」
「夢、ですか?」
「はい。騎士様は、『野暮らし公女』をご存じですか?」
「ああ、簡単なあらすじ程度でしたら。あれですよね? 意地悪な継母に殺されそうになった公女が家を出て森で暮らす……」
「はい、それです! 公女が森まで旅をするときに、空き瓶を水筒にするんです。私、それをやってみたくて」
「ははは。ありますよね。そういうの。私も幼い頃、海賊のでる冒険譚に憧れて筏を作ったことがありました」
「いつか、『野暮らし公女』のように、自分の力で生きてみたかったのです。空き瓶の水筒、森の小屋。木の実を摘んで、お魚を釣って。焚火の前で、野宿をするんです。一つ、叶いました。……あ」
ふいに、ファウリがぴたりと足を止めた。
騎士も釣られて足を止め、視線の先を追うと、廊下の隅を一人の少女が歩いていた。
モップとバケツを手に持って、目立たないグレーの修道服に身を包んだ、掃除婦の下女だった。
聖女宮の掃除を任された、掃除婦だった。
「あの。騎士様。私、あの方にご挨拶をさせて頂いても宜しいでしょうか」
――聖女様が、掃除婦に挨拶?
不思議に思いはしたが、顔には出さず、騎士はにこりと笑みを浮かべ頷いた。
「はい。私はこちらでお待ちしていますね」
「はい!」
ファウリはすぐに嬉しそうに笑って返事をすると、小走りに掃除婦の少女へと駆けていく。騎士は声の届かない距離を保ち、壁際で見守った。
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中々神殿から出られない…!!
も……もうちょっとだけお付き合い下さい……><;;;
次は夕方、18時くらい、投稿予定ですっ