43,街の向こうに
中央広場は賑やかだった。
旅の楽師だろうか。陽気な音色が響き、何人かが手を取り合って踊っている。
小さな子供が駆け回り、どこかで大道芸でもしているのか、時折わぁっと歓声が上がっている。
リッツとファウリは、広場の屋台で薄いパンに肉や野菜を挟んだものと、赤い果実水を購入し、少し喧噪から離れた木陰のベンチに腰を下ろした。
「つか、このくらい出してやったのに……」
奢ってやると言ったのに、ファウリは結局譲らず、自分の分を払ってしまった。
ブチブチというリッツの横でファウリはにこにことパンにかぶりつく。
「仕事も見つかったので大丈夫です。リッツさんに頼ってばかりじゃいつまでも自立できないですし、甘えてばかりいられませんから」
――甘えてくれたっていいのに。
最初の態度で間違えたのは分かっている。
迷惑かけるなと睨みつけたのは自分だ。
ファウリが自分を頼らないのは自業自得。
それでも、ちょっとくらい、意識をしてくれたって良いんじゃないか?
むぅ、と口を尖らすリッツの横で、ファウリは美味しいーっと呑気な顔をしている。
楽しそうなら、まぁ良いか。
予定は大分狂ったが、楽しんではくれているようだ。
リッツもファウリに倣い、大きな口を開けてパンにかぶりついた。
パンを食べながら他愛もない話をする。
魔女の家でしていること、リッツが街に行っている間、村の爺さん婆さんとしていること。
ルアルのこと。リッツが街でしている仕事のこと、親方であるゼノとその奥さんのこと。
大分予定は狂ったが、公園のベンチでの語り合いはクリアだ。
甘酸っぱい展開は、流石にリッツももう期待はしていないが、時計台から見える景色は、見せたいなと思った。
「日暮れ前にさ、連れていきたい場所があるんだ。もうちょっと付き合えるか?」
「はい、勿論です!」
食事を終えて立ち上がるリッツに、ファウリも頷きながら立ち上がった。
***
「足元気を付けろよ? 大丈夫か? 手貸すか?」
「結構登るんですね。大丈夫です」
ぜーはー息を切らしながら長い階段を登るファウリに、やっぱりコイツどこぞのお嬢様なんじゃないだろうかという気がしてくる。
お嬢様にしては色々平然とこなすのだが、森を歩いている割に、兎に角体力がない。
小さな子供や老人がケロッと登る階段でヘロヘロになっている。
「もうちょっとだから頑張れ?」
「はい……っ!」
息絶え絶えに返事をしてくるファウリに場所の選択ミスったかとハラハラしながら、何とか目的の時計塔の上に辿り着いた。
「着いたぞ」
「わ……わぁぁぁぁっ!!」
蝋燭の灯りを頼りに登る薄暗い階段の向こうは、真っ青な空と、一面に広がる街のオレンジ色の屋根と、その向こうに煌めく海が見えた。
さっきまでヘロヘロノロノロだったファウリが、駆け出して柵の所にへばりつく。
目がキラキラと輝いて、頬が上気している。
「リッツさん! あのキラキラ……海!? 海ですか!?」
「うん、見るの初めてか?」
「はい! 夢だったんです。いつか海を見るのが夢だったんです。あれが、海……。なんて綺麗な色……。キラキラして、なんて綺麗……」
「海までは結構あるからな。街の中でも、ここからしか見えないんだ。俺もガキの頃親父が生きてた時に良く連れてって貰ってたよ」
「海に行ったことがあるんですか?!」
「お、おぅ」
「良いなぁ……。良いな、海。私も行ってみたい……。ううん、いつか行きます。絶対!」
リッツを振り返り、こちらを見上げながら興奮気味に宣言をしたファウリは、頬を林檎のように赤く染め、瞳をキラキラと煌めかせていて、リッツの乏しい想像よりもずっと愛らしく、リッツは、思わず慌てて視線を逸らした。