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42.そうじゃない。

 ファウリの抱えていた荷物を預かり、親方に預けていた荷馬車へと積み込んで、リッツが店へと戻ってくると、ファウリは店の主らしい老人と真剣な表情で本を覗き込み、話し込んでいた。


 開けた扉から差し込む白い光と、店内の薄暗さが醸し出す影に彩られ、真剣な表情で老人と言葉を交わすファウリは、まるで神殿に描かれた絵画のようにどこか神秘的で、知らない人のようだ。


 まるでそこだけ時間を切り取ったかのように見えて、何故か、この時間を邪魔してはいけないような気がしたリッツは、足を止めた。

 声をかけるのが憚られ、喉元まで出た声は、喉の奥で掠れた吐息になり、唇から零れ落ちる。

 

 と、人の気配に気づいたからか、老人がふっと顔を上げ、つられるようにファウリもこちらへと顔を向けると、ぱ、っと破顔した。


 その瞬間、夢から覚めたように、目の前の光景が一変する。

 光と影に彩られた店内は、薄暗く埃っぽい、ごちゃごちゃとした貧乏くさい店内に変わり、賢者のように見えた老人は、貧相で目つきの悪い年寄りになった。そしてファウリもまた、チビでやせっぽちで、能天気な顔をした、見慣れたいつものファウリだ。

 止まっていた時間が流れ出した気がした。


 ――なんだったんだ? 今の。


「リッツさん! おかえりなさい。有難うございます。アビーは良い子にしていましたか?」


 ファウリが、店内に所狭しと置かれた木箱を器用に避けながら、本を抱えて駆けよってくる。

 リッツも、ほっと息をつくと、ファウリの方へ歩み寄った。


「親方が見ててくれてんだ。問題ねぇよ」


「……知り合いか?」


 しゃがれた低い老人の声に、ファウリは老人へと振り返り、笑みを浮かべて頷いた。


「私がお世話になっているリコの村のリッツさんです。私の持っていた荷物を馬車へ置いてきてくれたんです」


 リッツは老人へと小さくペコリと会釈をすると、視線をファウリに落とした。


「――んで? お前は? 買い物は済んだのか?」


「大丈夫です。お爺さん、それじゃ、また来ます」


「ああ。楽しみに待っとるよ」


 老人は目を細め、話は終わりとばかりにしっしとするように手を振ると、二人へと背を向け、カウンターの中へと戻っていく。


 ファウリも軽く頭を下げると、店の外へと歩き出し、リッツもその後に続いた。


***


「あの爺さんとなんの話、してたんだ?」


「薬草の本を貸して頂いたんです。魔女の家に住めるようになったら、私、魔女さんのように、あの小屋で薬を作ってみたいと思いまして。それで、少し薬草のことを教えて頂いていました」


「ギルドで仕事を請け負ったんじゃないのか?」


「お仕事はやりますよ。でも、薬草も勉強したいんです」


「ふーん」


 嬉しそうに本をぎゅっと抱きしめるファウリに、リッツはつまらなそうに生返事を返した。


 本の存在自体は知ってはいるが、リッツには無縁のものだ。

 本は、商人や金持ちのもので、普通の平民が手にすることはない。

 文字を覚えるよりもすることが沢山あるし、文字など読めなくても生活が出来るからだ。


 リッツの知っているファウリは、紡ごうとした糸に絡まったり、年寄りが軽々持つ水桶さえ持てずにじたじたしたり、かと思えば魔物の居る森にのほほんと突っ込んでいってしまう、ちょっと危なっかしくて頼りない、ひ弱で不器用な女の子だ。

 ちょっと変わったところはあるが、リッツにとってファウリは身近な女の子だった。

 

 なのに、街に着いてからのファウリは、平然と文字を読み、異国の言葉を得意だと言い、老人と本片手に語り合う。

 何故か、ファウリが自分とは違う世界の人のようで、急に手の届かない人になった気がした。

 まるで、見えない壁に阻まれたかのように。

 それが何だか面白くない。ついつい口調がぶっきらぼうになる。


「――で? 他行きたいところは?」


「後はパンを買えたら。……あ。ごめんなさい。私ばかり楽しんでしまって。リッツさんもどこか寄りたい場所、あったんじゃないですか?」


「――おま……」


 申し訳なさそうに眉を下げるファウリに、リッツは思わず絶句した。


「あったよ? ありましたよ! 連れてっただろ?! 女の子に人気のカフェとか! 雑貨屋とか! 花屋とか服屋とか! お前全く興味示さなかったじゃんよ!?」


「えっ!? リッツさん、女の子の服欲しかったんですか!?」


「ちげーわ馬鹿! お前が喜ぶんじゃないかって! なのにお前スルーだったじゃんか!」


「それは……。すみません……?」


 ファウリは困惑したように眉を下げ、上目遣いでこてりと首を傾げた。

 そんな顔しても、ちっとも――可愛いけどな畜生。

 分かってる。これは、思い通りにいかなくて、拗ねているだけの駄々だ。


 リッツは、ぁーっと小さく呻くと、大きく息を吐きだした。


「……いや、お前がああいう店に興味ないのはよーく分かった。だから良いんだよ。その、お前が喜ぶの見たくて俺が勝手に期待しただけだから。飯くらいは食いに行っても良いだろ? 何食いたい?」


「んー、ごめんなさい。持ち合わせがあまりないので、カフェはちょっと遠慮したいので……。できれば、広場に屋台が出ていましたよね。屋台で何か買って、広場で食べたいです……」


 申し訳なさそうに、おずおずと見上げてそう言うファウリに、リッツは小さく苦笑を浮かべて頷いた。



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