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41.アルゴの店

「……店?」


 ファウリの視線の先を目で追ってから、リッツは呆れたようにため息をついた。

 こてりとファウリが首を傾げる。


「駄目ですか?」


「いや、駄目っつーか、お前そのゴミ抱えたまま店に入るつもりか?」


「……ゴミじゃないんですが……」


「ゴミだろが」


 リッツが思わずつっこむと、ファウリは眉を下げ、腕の中のゴミをまじまじと見つめた。


「私は素敵だと思ったんですが……。やっぱりこんなに荷物を抱えてお店に入るのは失礼ですか? ……ですよね? ごめんなさい、私、浮かれてしまっていて配慮が足りず……」


 しゅーんと項垂れるファウリの顔を見ると、どうにも気まずい。

 あ゛ー、と小さく呻くと、リッツはがしがしと頭を掻いて、徐にずぃっと片手をファウリに差し出した。


「……貸せ」


「……はい?」


「それ、荷馬車に置いてきてやる。店の中で待ってろ」


「……良いんですか?」


「その代わり! ちゃんと店の中で待ってろよ!? 勝手にうろうろすんなよ、良いな!?」


「はい。お店の中にいます。有難うございます」


 乱暴な口調なのに、ファウリの手の中の荷物を自分の腕に移すリッツの手つきは、壊れものを扱うように丁寧だ。

 ゴミを扱う手つきじゃない。ゴミと言いつつ、ちゃんとファウリの気持ちは汲んでくれているんだなと、嬉しくなる。


 荷物を抱えて駆けていくリッツが道の角を曲がるのを見送ってから、ファウリは路地の先の店へと足を向けた。


* * *


 古ぼけた店の扉を開くと、薄暗い店の中に光が差し込み、埃が舞うのが光の筋のように見える。

 薬草の独特の香りが鼻を突く。


 埃っぽく、狭い店の中には、大小さまざまな瓶が棚に並び、天井に張られた梁からは、麻紐で束に括られた薬草が幾つもぶら下がっていた。山のように積まれた本と、そこら中に置かれた木箱で乱雑な印象の店内は、まるで、物語の世界へ迷い込んだような錯覚を覚える。


「わぁ……」


「何か入用かね」


 不意に声を掛けられて、ファウリはビクッと小さく肩を揺らして、声のした方へと視線を向けた。

 ごちゃごちゃと積まれた本に埋もれるように、白髪の老人がじっとこちらを見ている。

 店の店主のようだ。


「いえ。表通りから看板が見えて。……あの、商品見て回っても良いですか?」


「……。構わんよ」


 老人はじっとファウリを伺うように眺めた後、ゆっくりと頷いた。

 妙な緊張感を覚え、老人の返答にほっと安堵の息をつく。

 許可を貰えたことだしと、ファウリはゆっくり店内を見て回った。


「ええと……。傷に効く薬草……。こっちは腹痛……。あ、これリッツさんが運んでるのと同じ薬草かな? 解熱の薬……」


 棚に並んだ瓶には、小さく効能の書かれた小さな紙が貼られている。

 瓶の他に、引き出しに入った乾燥させた薬草を束にしたものも売っているようだ。


「ほう、お前さん、文字が読めるのか」


「あ、はい」


 そういえば、この辺りでは識字率は高くないのだったと気づいたが、少なくとも店の中に積みあがった本や、薬に書かれた文字を見る限り、居ないわけではないのだろう。

 それよりも、瓶に入った液体や木箱に収められた薬草の方に興味がある。


 ワクワクと棚に並んだ木箱や瓶を眺めていると、小さな額に収められた葉が目に留まった。

 ぎざぎざとした葉っぱ。縁取るような白い筋。葉の根元の白い毛。魔女の家の周りに生えている草によく似ていた。


「その草を知っておるのかね?」


 ファウリが熱心に見ていたからか、店主が店の奥から出てくると、棚に収められていた額を手に取った。

 ファウリも横から覗き込んでみるが、やはりよく似ている。


「えっと、リコの村の近くの……。うーんと、よく遊びに行く小屋の周りに生えている草に似ているなって」


「ほう……?」


 老人は目を丸くし、思案するように顎を撫でると、ファウリを少し退けるように手で軽く押し、棚の上に置かれた木箱を取り出し蓋を開けた。

 小さな草の実が数本、細い麻紐で括られ、収まっている。

 木箱の内蓋には、古びた紙が貼られていた。薬の名前らしい。

 何やら伝承めいたものが、一文だけ小さな字で書かれていた。

 書かれている文字は、聖レダン文字。古の精霊が残したと言われる古い文字だ。


「聖レダン文字ですね。『エヴェル・ナ・ウル』……? 森の朝露?『森に朝日が差し込むと、エルナ・ティオルは朝露を求め、シーィン・オウルの鐘を鳴らす』 ……これは何の薬でしょう?」


「毒消しのようなもんだよ。これに見覚えは?」


「うーん、ない、と、思います」


「ふむ」


 老人は少し移動すると別の箱を取り出し、ファウリに差し出してくる。

 何だろう、とは思ったが、ファウリは箱を受け取ると、そっと箱を開けてみた。

 中にはカサカサに乾いた葉が数枚、収められている。

 こちらの箱の内蓋にも文字が書かれた紙が貼ってあった。


「『レ・チュユ・クルタ』……、妖精の手鏡? 見覚えは……うーん、無いです」


「額に入っていた薬草は、もう何年もお目に掛かっておらん薬草だ。後の二つも同じ時期に手に入らなくなった珍しい薬草なんだが、そうか。見たことは無いか」


 残念そうに言う店主に、申し訳ない気分になる。ファウリは眉を下げてぺこりと頭を下げた。


「お役に立てずすみません」


「いや、こちらこそすまんかったね。……お前さん、薬草が好きかね?」


「そうですね、好きです。何だか……。ここの薬草は不思議っていうか、物語に出てくる魔法の薬屋さんみたいで」


「はっはっは、物語か。それは悪くないね」


 店主はくしゃりと顔を綻ばせ、楽し気に笑った。


「ここの薬は店主さんが作っているんですか?」


「うむ」


 いいなぁ、と思った。

 ファウリの脳裏には、あの魔女の家で、薬を作る自分の姿。

 傍らにはルアルが心地よさそうに昼寝をして、開け放った扉の向こうで魔物や獣が遊ぶ姿。

 凄く、凄く素敵だ。


「私にも、作れるでしょうか」


「ふん?」


 老人は楽しそうに目を細めた。


「薬は中々難しいぞ。見分けるのも勿論、調合を少し間違えば薬でなく毒になる。出来るかな?」


「難しそうですね……。でも、やってみたいな……」


 うっとりと呟いたファウリを満足そうに眺めると、老人は先ほどまで座っていた本に埋もれたカウンターへと戻り、一冊の本の埃を払いながら持って来た。


「なら、この本を貸してやろう」


 老人が差し出した本は、聖レダン文字で書かれた薬草の辞典のようだった。


「……良いんですか?」


「見ての通りこの店は繁盛しておらん。どうせ暇だ。興味があるなら、そこに書かれた薬草を、三つほど見つけて持ってくるといい。見つけられたら、わしが薬草づくりを教えてやろう」



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