35,ルアル
「――また増えてる」
魔女の家の周辺に、魔物が姿を見せるようになって、更に数日。
小さな魔物の数が、明らかに増えている。
見慣れてきたせいもあるのかもしれないが、魔物は日を追うごとに禍々しさが消えているような気がした。
「……聖女の力、なんでしょうか」
思わず自分の両手を眺める。
これといって何かを感じるわけでもない。
リュクシェ=ペレを追われてからは、祈りすら捧げていない。
自分の中に魔力なんて感じないし、何かの力に目覚めた感覚もない。
ただ、女神の水晶を光らせた時も、何かを感じたことは無かった。
触れれば光ってしまう、それだけで。
なら、自分が気づいてないだけで、魔物達は自分から何かを感じ取っているのだろうか。
「――魔物さん」
「ガゥ」
「ひょっとして私、何か力を持っているんでしょうか」
「ガゥ」
「実は私、聖女って呼ばれていたんです」
「ガゥ」
「森から出てくる小さい魔物さんが増えたのって、私の力だったりします?」
「ガゥ」
ファウリが話しかけると、律儀に魔物は返事を返してくれる。
すんなりと言われていることを感じ取れることもあるが、この『ガゥ』は、そうだ、なのか、違う、なのか、分からない。
それでも面倒そうに返事をしてくれる魔物に、思わず笑ってしまった。
「魔物さんが増えると、呼ぶのもややこしいですね……」
ずっと、魔物さんと呼んできたが、いつまでも魔物さん、というのもなんだかな、と思う。
このままだと、魔物さんが定着してしまいそうだ。
大分仲良くなれたと思うし、友達になれたのなら、どうせなら名前で呼んでみたい。
「お名前……。あったりします?」
「ゥガ?」
ファウリが問いかけると、少し先の陽だまりで寝そべっていた魔物がヒョコっと顔を上げた。
「名前が無いと、不便だなと思いまして。あなたも魔物さん、あちらの魔物さんも魔物さん、だと皆呼び名が魔物さんじゃどなたを呼んでいるのか分からないでしょう?」
「ガゥ」
「……ぅーん、ルアル、とか、どうでしょう? 月、という意味なのですが」
「グァ――ゥ」
案内をしてくれた魔物――ルアルは、むくりと体を起こすと、わさわさと尻尾を揺らし、無造作にファウリに近づくと、甘えるようにファウリの身体に自分の体をこすり付けた。
気に入ってくれたようだ。
その毛並みは硬くゴワついて、擦られると影のような靄が散る。
「っふふ、それじゃ、あなたのことはルアルと呼びます」
すり寄られれば、ルアルとの心の距離もぐんっと近づいた気がする。
そっとその背を撫でると、ルアルは拒まなかった。
ガルルルと喉の奥で低く唸るような音を立てるが、揺れる尻尾と甘えるようなその仕草は、大きな犬のようで可愛らしかった。
よく見ると換毛期のように、幾つも毛が束になって浮いている。
ファウリはルアルを撫でながら、浮いた毛を摘まみ、そっと引くと、もそっと毛が抜けた。
「……あれ?」
抜け落ちた黒い毛の下、白髪のように真っ白い毛が覗いている。
聖獣は、純白の毛並み。
ファウリの想像通り、ルアルが聖獣なのだとしたら、この黒い抜け落ちた毛を梳れば、元の聖獣の姿を取り戻せるかもしれない。
「……リッツに頼めば、ブラシを貸して貰えるかな……」
一瞬この抜けた毛でブラシが作れそうな気もしたが、何となくこの毛は良くない気がした。
この黒い姿が瘴気なら、抜けた毛は瘴気の塊のような気がしたから。
触れることに躊躇いは無いが、ルアルにとって良くないもののような気がしたのだ。
***
後日、リッツから古いブラシを一本借りた。
陽だまりの中、ファウリはルアルの毛をブラシで梳く。
名を付けたあの日から、ルアルはファウリから距離を取らなくなった。
こうして触れても大人しくされるがままになっている。
ルアルの身体は、ブラシで梳くたびにごっそりと毛が抜け落ち、黒く固い毛の下から、純白の毛が幾つも覗くようになった。
残念ながら、全身真っ白には程遠い、見事な斑模様の狼っぽい魔物になっている。
だが、このまま続けていけば、やがて真っ白な美しい獣になるかもしれない。
ルアルの黒い毛が抜け落ちるたび、影のように揺らいでいた靄も一緒に抜け落ちて、輪郭ははっきりとしてくる。
抜け落ちた黒い毛の処理をどうするか悩むところではあるが、おいおい考えればいいだろう。
ルアルの身体から白い毛が増えるにつれ、いつの間にか、森から出てきた小さな獣に混ざり、狐やアナグマらしい、大き目の魔物も姿を見せるようになっていた。
ハーツが言ったように、もう一つの自分の力かもと思ったが、聖獣らしいルアルの毛が白さを取り戻したことで、聖獣の力がよみがえって来たのかもしれない。
ルアルが力を取り戻せば、森から瘴気も消えるかもしれない。
そう思うと、一日でも早く、ルアルを元の姿に戻してやりたくなった。
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