33,干し草作り
「お前……黒の森の先まで行ったのか!?」
「黒の森、ですか? あの木の幹や葉っぱは黒くなっている……」
「ああ。瘴気を吸い込むと木は皆黒くなる。それから木が枯れていって森が死んでいくんだ。俺も人から聞いただけで、死の森には行った事がないけど」
「はい。木が皆捻じれて、葉っぱが無くて、草も生えていませんでした」
「身体は何ともないのか?」
「はい、なんとも」
食事を終えて、リッツの祖母の入れてくれた薬草茶を頂きながら、ファウリは森で魔物を見かけたこと、魔物に誘われ、黒の森を抜け、死の森の先、通り抜けたシャボン玉の膜のようなもの、その先の美しい森と小屋のこと、リッツと祖母に話して聞かせた。
「魔女の結界だったのかねぇ。あたしらはどんなに探しても見つけられなかった。あんたは魔女に受け入れられたのかもしれないね」
「私も一人ではたどり着けなかったと思います。魔物さんに連れて行って頂いたので……」
「しかし、俄かには信じられないな。魔物が人間を案内するだなんてさ。やっぱりファウリがいうようにその魔物ってやっぱ聖獣だったのかな? どんな魔物?」
「狼みたいな姿をしていました。凄く大きくて、でも、影みたいに輪郭がはっきりしなくて。足も凄く大きくて、鋭い爪が生えていて」
「聖獣様は確かに狼のようなお姿をなさっていた。あたしも遠目にちらっと見ただけだがね、大層美しい、真っ白い毛並みをしていて、神々しいお姿だったのを覚えているよ。でも、それが聖獣様だったなら、獣が居なくなったんじゃなくて、獣が魔物になってしまったのかもしれないねぇ。恐ろしいことだ」
リッツの祖母がお替りの薬草茶を淹れながら、ぶるりと身体を震わせた。
確かに、聖獣まで魔物に変えるとなると、人間にも影響はありそうだ。
「見た目は恐ろし気でしたが、大人しくて優しい魔物さんでした。瘴気は……ちょっと怖いですが、魔物さんが魔女さんの家に私を連れて行ってくれたのには、何か理由があると思うんです。私、あの魔女の家に住もうかと思っていたんですが、魔物さんに村に帰るように言われてしまいました」
「瘴気ヤバイつってんのに何住もうとしちゃってんの!? お前俺の言うことは聞かないのに魔物のいう事は聞くわけ!? てか魔物って喋れるの?!」
「だって理想通りだったんですもん。特に体に違和感もありませんし、魔物さんが案内してくれたんだから、大丈夫なんじゃないかなって。でも、夕方近くなったら帰るぞって言われて、村まで送ってもらいました。あ、お話をしたわけじゃありません。態度とか吠え方とかが何となく、そう言ってる気がしただけです」
「お前が魔物と当たり前みたいに交流してることが驚きだわ」
呆れたように脱力するリッツに、思わずファウリは笑ってしまった。
***
翌日、ファウリはいつものように早朝から森に出かけた。
リッツに出くわしたが、気を付けろよと言うだけで、咎められはしなかった。
小石を落としながら、森を進む。
昨日と同じように、茂みからあの魔物が姿を現した。
「今日も連れて行ってくれるんですか?」
ファウリが話しかけると、ガァゥ、と一声鳴いて、魔物が歩き出した。
ファウリも魔物に付いていく。
相変わらずこちらを見つめる視線を幾つも感じるが、案内をしてくれる魔物を恐れているのか、それともファウリを恐れているのか、近づいてくることは無かった。
黒の森を抜け、死の森を抜け、シャボン玉のような結界を潜れば、魔女の家が姿を見せる。
昨日ベッドに入れた草は、しんなりと萎びていた。
何か違う気がする。何となく湿っぽいし、下の方が腐りそうだ。
「うーん……」
今日もまた草を刈って詰めようかと思ったが、嫌な予感しかしない。
「これ、乾燥させたら良いのかも……」
ファウリはふと思い立ち、ベッドの枠に入れた萎びた草を抱え、小屋の外に出た。
それから草の上に、抱えてきた萎びた草を下ろし、手で広げる。
小屋の周囲は開けていて、陽射しもよく差し込んでいるから、暫くすれば草が乾きそうだ。
何度も往復し、ベッドから草を出しては広げていく。
小屋の周りには、良い香りのハーブも群生していたから、ハーブも摘んで同じように広げておいた。
ファウリが作業をしていると、森の中から視線を感じる。
顔をあげると、森の木々の間から、魔物らしい影のような生き物が何匹も覗いていた。
唸り声を漏らし、今にも襲ってきそうな風貌で、ウロウロと歩き回ったりしているが、森より先には入って来ないし、ファウリが近づくと、ぱっと逃げ出していく。
案内をしてくれた魔物だけは、小屋の傍で寝そべっていた。
***
草を乾かす間、ファウリは蔓草で籠を編んでいた。最初は隙間だらけで不格好だった籠も、大分慣れて来て良い感じに仕上がっている。
時々草をひっくり返し、裏表まんべんなく乾かしていく。
行けそうな気がしてきた。
昼食にパンを一切れ食べてから、乾かしていた草を手に取ってみる。
数時間乾かした草は、少ししんなりとはしているが、良い感じに乾いていて、良い香りがした。
「――有りかも」
ハーブを混ぜたのも良かったようだ。
これなら詰めても腐らないだろう。
ファウリは乾いた草を抱え、せっせとベッドに詰めていく。
ガゥ、と魔物に呼ばれ、ファウリは急いで残りの草を運び込んだ。
「ごめんなさい、お待たせしました」
急かすように前足で地面を掻く魔物に頭を下げ、その日は足早に戻っていく魔物の後を、ファウリはひぃひぃ言いながら、何とか必死に追いかけた。
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この方法で干し草のベッドが出来るのかはわかりません!←
情報は適当です……。
出来るかもなー、出来たら良いな―的な妄想の産物です、すみません;