29,箒
「……ん」
小鳥の声に、意識が浮上した。
うん、っと伸びをして、ファウリは身体を起こすと、窓の外を眺める。
朝靄に包まれた村は、幻想的で綺麗だ。
固い板の上で眠ったわりに、身体はそれほど怠くない。
意外と頑丈なのかもしれない。
少し気落ちしていた気分は、一晩寝たら浮上していた。
憧れていた野暮らしを、今日から満喫できるのだ。
何もないところから始められるなど、僥倖だ。
やりたいことが次々に浮かんで、じっとなんてしていられない。
ファウリはぐるっと小屋を見渡した。
箒になる穂のついた草。
箒の柄にする枝。
穂を括りつける為の蔓草。
敷物にできそうなものも探したい。
水を汲む為の何か良いものが無いかも探そう。
ファウリはケットをたたむと家を飛び出した。
***
「……お前ほんとにここに泊ったんだな」
家を出ると、リッツがロバを引いて近づいてきた。カロイの街に行くのだろう。
馬車には籠が幾つも乗っていて、中には瑞々しい草が詰まっている。
「おはようございます、リッツさん。リッツさんはこれからカロイですか?」
「カロイに行くなら荷台に乗せてやるぞ」
「いいえ。私、今日はやりたいことがあるので。葉っぱを街に持って行くんですか?」
ファウリが荷台の上の籠に視線を向けると、リッツは呆れたように肩を竦めた。
「薬草さ。こいつはリコの村のあたりにしか生えないんだ。昔からリコの村はこの薬草を育てているんだけど、土地が荒れて随分数が減っちまったよ。森の瘴気の影響だな」
「こんなに綺麗な森なのに……」
「昔はリコだけじゃない。もっと小さな村が幾つもあったんだ。でも、十年くらい前から少しずつ瘴気が広がって、作物が育たなくなって、幾つもの村が消えたってじーさんが」
「そうなんですね……」
「とりあえず、俺は街に行って来る。森には入るなよ。魔物に食われるぞ」
「お気をつけて」
森に入るな、の忠告には返事をせずに、ファウリはそう返した。
バレバレなのか、苦虫を噛み潰したように顔を顰めて何か言いかけたリッツは、ああ、もういいわと聞こえるか聞こえないかくらいの声でため息と共に小さく吐き出すと、手をぴらぴらと振り、ロバの前の御者台にヒョイっと乗って、ガラゴロと車輪の音を響かせて離れていった。
ファウリは少しの間リッツを見送ってから、きょろきょろと足元を見ながら村の中を歩き出した。
探すのは、目につきやすい白い石。花壇のある所に、コロコロと落ちている白い石を拾い集める。
拾い集めた白い石をポケットに詰め込むと、ファウリはリッツの忠告を無視して森へと向かった。
***
まだ朝靄のけぶる森は、ひんやりと空気が澄んでいて心地が良い。
ファウリは迷わないように白い石をわかりやすいように目印に置きながら、昨日よりも森の奥へと足を進めた。
穂のある草は、すぐに見つけることが出来た。
少し開けた森の茂みに生えていた、ファウリの背よりも高い、箒のような穂を揺らす草をナイフを使って集めていく。
「……っふぅ。これくらいあればいいかな……」
ファウリは摘んだ穂を束ね、箒のように足元をサッサと掃いてみた。
やっぱり綿毛がぼろぼろと落ちる。
綿毛を取ってしまえば、案外いい感じの箒になるかもしれない。
両手で持てるくらいの穂を集めてから、柄にする枝と、穂を固定する蔓草を探す。
蔓草はすぐに見つかった。
木の幹にくるくると絡まる蔓草を、ナイフを使って切り取っていく。
何度か手で引っ張ってみたが、頑丈そうだ。
丁度良さそうな枝も見つかった。
ファウリは少し張り出した木の根に腰を下ろすと、穂についた綿毛を丁寧に取っていく。
黙々と何かをするのは割と得意だ。
ちまちまと綿毛を取っていくと、徐々に穂は箒っぽくなってくる。
陽がすっかり高くなったころ、漸く綿毛を取り終えた。
「良い感じかも……! 後は――穂はこれで良いけど、枝はもう少し削らないとかな」
ファウリは穂を柔らかい草の上に置くと、今度は枝から余計な枝や葉をナイフで切り落とし、握りやすいように枝をナイフで削っていった。
ハーツに教わりながら練習したが、やっぱり最初はまだぎこちない。
教わった通り、足の脇で枝を削る。
手で持つ部分だけを削り終えると、枝の先を穂で囲むようにあてて、蔓草をぐるぐると巻きつけて、しっかりと縛る。ばらけてしまいそうだったから、試行錯誤で穂の茎にからめるようにしてしっかりと何度も結んで固定する。ぶんぶんと振ってみたり、サッサと地面を掃いてみた。
「……できた!」
かなり不格好だが、箒らしくできた気がする。
見た目はこの際気にしない。使えさえすればいいのだ。
自分で作った、自分だけの箒だ。やり遂げた!
やればできる子。ファウリは、ちょっぴり自信が付いた。
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今日も遅くなっちゃった;
明日は土曜日。久しぶりに、朝と夜、投稿出来るかな。
頑張ります!