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28,一人きり

 木の扉は、ずっしりと重かった。

 ギィ、と軋んだ音を立てて扉が開く。


 家の中は薄暗く、がらんとしていて埃っぽく、何もなかった。

 テーブルも椅子もベッドも、何もない、板張りの床の上には、うっすらと埃が積もってる。

 シン、と静まり返った家の中は、思い描いていたそれと異なり、妙に冷たく、寂しく見えた。


「――……何もない」


 何となく、小屋でも家でも、テーブルや椅子やベッドくらいはあるだろうと、無意識に思ってしまっていた。

 外からみたあの可愛らしい家そのままの、温かみのある家であると期待をしていた。


 思わず呆気に取られてしまった自分に驚いてしまう。

 何を甘えたことを考えていたのか。


 ファウリは小さく拳を握ると、よし、と気合を入れなおし、窓に付けられた鎧戸を開ける。


 ふわっと風が窓から入り、埃を舞い上げ、差し込んだ光に浮かび上がった。

 明かりが差し込むと、少しだけ部屋が温かみを帯びる。

 ファウリはほっと息をついた。


 勝手に家を借りているのだ。贅沢をいうなど失礼すぎる。

 とりあえず掃除を、と思って我に返った。


「――掃除をするにも、雑巾も桶も無いんだ……」


 ここでようやくファウリは、自分が生活に必要になるものが、あれもこれもないことに愕然とした。


 木こり小屋を見つけて、そこで自給自足で生きる。

 生活ができると思っていたが、雑巾は野には生えてはいない。

 桶は森に落ちてはいない。

 当たり前だが、気づかなかった。


 布が無ければ、身体を拭くことすらできない。

 布はどうやって手に入れる?

 買うしかないだろう。

 どうやって?


 リコの村には、店などないのだ。

 仮にあったとしても、お金は沸いてはこない。

 今はまだ、お金がある。だけど、お金は減っていくのだ。やがて無くなってしまう。

 お金が無くなったら?


 今はまだパンがある。

 だがそれもすぐになくなってしまうだろう。


 水は井戸があったが、その水をどうやって運ぶ?

 汲んだ水を入れるものがない。


 ないない尽くしに気が付いて、途端にファウリは不安になった。

 心細くなる気持ちを叱咤して、ファウリはぱんぱんと頬を両手で叩くと、ぺたんとその場に座って目を閉じた。

 

 

 野暮らし公女は、どうしていたっけ。


 ――そうだ。


 物語では、公女は小屋の隅に積まれた牧草の上に寝ころび、村の人の捨てた取手の取れた鍋で水を汲み、木を削ってお玉を作っていた。


 シュミーズの裾を切り、身体を拭く布にした。


 がらんとした家に驚いたが、寧ろ床はちゃんと板張りだし、小屋の隙間から外の灯りが漏れるなんてこともない。

 木こり小屋よりもずっと上等な家だ。

 何よりそれは、ファウリが憧れた状況だ。何を憂うことがある。


「とりあえず……。とりあえず、そうね。お掃除がしたい」


 ファウリは目を閉じたまま、空想する。

 神殿でいつもしていたことだ。

 本を読んでは知識を蓄え、いつか野暮らしした時に役立つようにと。


「森で、箒の代わりになりそうな枝か……。草! それから、敷物に出来そうな草か葉を探してみよう!」


 幸い、夕暮れにはまだ間がある。

 短い時間なら大丈夫だろう。


 カンテラもあるし、魔除けの香もある。


 ファウリは意気揚々と家を飛び出した。


***


 リッツが教えてくれた街道に出る道は、荒れてはいたがそこそこの広さがあった。

 どうやらファウリが馬車から降りたところより、もう少し先に進んでいれば、村に通じる道に繋がっていたらしい。


 小さな花が揺れ、蛇行をする森の間の道を、てくてくと歩く。


 魔物が出るなんて、信じられないほど爽やかな森だ。

 ファウリは少し考えて、少しだけ森の中へと足を踏み入れた。

 迷子になってはと、ちょこちょこ足を止めては村の屋根を確認する。


 春先の為か柔らかく瑞々しい雑草を踏みながら、森の中を歩く。


「この草をそのまま持って行ったら素敵な野の草の絨毯になるかな……。でも、摘んだら萎れちゃうかな。柔らかくて、この上に寝たらきっと気持ちが良さそうなのに。残念」


 落ちている葉のついた枝や、ふさふさと茂る草や茂みに触れては、うぅん、と小さく唸る。

 中々これ、といったものが見つからない。


 散々探し回り、何とかそれっぽい穂のある草の茎をナイフで切って腕に抱えた。

 そろそろ陽が沈んでしまう。


 ファウリは急いで村へと駆け戻った。


***


 

 カンテラに灯りを灯し、床にうっすら白く積もった埃を、摘んできた草の穂で掃いてみる。


「――うーん、駄目」


 少し掃くとポロポロと穂が崩れ、穂のカスが床に落ちる。

 確かに掃いたところは埃が取れるが、如何せん短い。ずっと腰をかがめているのは流石に疲れてしまう。


「――これ、もっと集めて草の蔓とかで縛って木の枝に括りつければいける……かな。行けそうな気がする」


 ボロボロ落ちないように、先にしっかり払っておけば、ある程度は崩れないんじゃないだろうか。


 ふぅ、と息を吐いて、一旦集めてきた穂は壁際に置き、ファウリは冷たい床に腰を下ろした。

 シンと静まり返った部屋は、小さな家だというのに、何故か広く感じる。

 一人きりなんだと、実感した。


 考えてみれば、旅に出てから初めての一人きりの夜だった。

 神殿を出るまでは、いつも一人が当たり前だったのに、一人が寂しいのは、ぬくもりを知ってしまったからか。

 心が寒いと思うのは、初めてだ。


 ファウリはケットに包まって、壁際にくっついて目を閉じた。

 

 大丈夫。寂しいのは、きっと最初だけ。

 すぐに、慣れる。

 我儘を通したのはファウリだ。

 

 ファウリは目を閉じたまま、自分に言い聞かせる。寂しくなんて、ない。


 楽しみだよね。やってみたいことは、いっぱいあるでしょう?

 明日は朝から、忙しい。早く寝て、早起きをしよう。楽しまなくてどうする。

 

 夢にまでみた、野暮らしなのだから。



ご閲覧・ブクマ・いいね、評価、有難うございます!


更新遅くなりました~~;お待たせしてごめんなさい!


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