27,リッツ
恐る恐る振り返ると、そこには荷馬車を引いたロバと、ファウリよりも少し上だろうか。
帽子を被った十七、八くらいの青年が、眉を寄せてこちらを睨んでいた。
「――あ、あの……」
「……あんた……。……一人か? どこから入った?」
青年は訝し気に、周囲を見渡した。
「私、一人です。馬車から……村の、屋根が見えて、それで……」
青年に睨まれる理由が分からずに、ファウリはしどろもどろに答えた。
青年はジロジロとファウリの足元から頭のてっぺんまで眺めると、くしゃりと頭を掻いた。
「――怒鳴って悪かった。卵泥棒か野菜泥棒かと思ったんだ。時々冒険者やらが勝手に村に入り込んで盗んでいくから」
気まずいのか、青年はボソっとそういうと、ロバを引いて歩き出した。
「――で? こんな村になんの用?」
青年が歩きながらつっけんどんにそう言うと、視線をこちらに投げてくる。ファウリは何となくつられるように青年の後について歩き出した。
「用があったわけじゃないんですが……。住む場所を探していて。森から見えたこの村が、あんまり素敵だったから」
「――はぁ? こんな辺鄙な村のどこが素敵だって? 馬鹿にしてんの?」
じろっと睨んできた青年に、ファウリは小走りに駆け寄って言い返した。
馬鹿になんて、するわけがない。
「馬鹿になんてしていません! はちみつ色の屋根も壁も暖かそうで素敵です! あっちこっちお花も咲いていて、私の大好きな【野暮らし公女】の村みたいで」
「――はん。大方あんた、いいとこのお嬢様かなんかだろ。何に憧れてんのか知らないが、こんな村住めたもんじゃないぞ。街までは距離があるし、店もない。いるのはじーさんばーさんばかりだ。寝言は寝てから言うんだな。……街道はあっちだ。そのまま向こうに歩いていけば、カロイの街まで出られる。二時間も歩けば着けるから。ほれ、とっとと行きな」
ぺいぺいっと払うように手をふる青年に、ファウリはぷぅっと頬を膨らませついていく。
「私は平民です! 世間知らずなのは否めないですがお嬢様じゃありません! 野宿だってしたことがあります! 寝ていません、起きています、ちゃんと! 住む場所を見つけるまでの少しの間、この村に居させて欲しいんです! 駄目なら諦めて出ていきますけどカロイには行きませんっ! 村の傍で野宿しますっ!」
「はぁ!? 馬っ鹿じゃねぇの?! あのなぁ! この村は魔物の被害も年々増えてるんだよ! 危ないの! 危険なの! 辺鄙過ぎてこっちまで騎士団は滅多に来ないの! 野宿なんてできる場所じゃないの、魔物のいないところで野宿できても、ここでそんなことしたら、あんたみたいなのほほんとした女の子なんて一発で魔物に食われるのがオチだっての! ちっとは考えてモノ言えよ!?」
「考えてますっ! でもあなただってここに住んでいるんでしょう?! あなたは生きているじゃないですか! そのロバさんだって生きているじゃないですか! お年寄りが住んでいるっておっしゃったじゃないですか!」
「野宿してねぇわ家に住んでるわ! でもこの村はもう若いの俺しか残ってねぇの! じーさんばーさんは今更村捨てらんないだけなの! 俺が面倒見てやってっから何とかなってるだけなんだよ、見りゃわかるだろ!? 皆村を捨てて出て行ってるんだよ、過疎ってんの! 夢見る乙女か何か知らんけどあんたみたいな女の子の住めるようなとこじゃねぇつってんだよ、良いからカロイに行けよ!? 何なのあんた!?」
「ファウリっていいます! 夢はありますし甘ったれてるかもしれませんがこの村が良いって思ったんです! 助けは要りません、自分の力でやってみたいので! 駄目だと思ったら大人しくカロイに行きます! でもやるだけやってみたいんです! 私やればできる子なので!」
「あーそーかいそーかい、それじゃ勝手にしな! 魔物に襲われたって俺は面倒見ないぞ!」
「そこまで迷惑かけるつもりはありません! でもこの村のお家に泊まってみたいので空き家を一つ貸してください!」
「空いてる家は俺んじゃねぇ、勝手にすりゃいいだろ! あそこの家は半月前に出てったばかりだから住めるんじゃねぇのしらねぇけど!」
ずびしっと青年が一軒の小さな家を指す。扉に板は打ち付けられていなかった。
文句言いながらも教えてくれるあたり優しい人のようだ。
「有難うございます、お借りしますっ! ついでに名前教えてください!」
「リッツ!」
「私は」
「ファウリ! さっき聞いたっつーんだよ」
フンっと鼻息を荒く吐き出すと、リッツは空き家に向かってまた手をぺいぺいっと払うように振った。とっとと行けと言いたいらしい。
リッツは荷馬車を引くロバを連れ、斜め向かいの家の脇へと抜けて見えなくなった。
バンっと戸の空く音が聞こえたから、恐らくあちらに小屋があるのだろう。
何で怒鳴り合いになったんだろうと、首を傾げながら、ファウリはペコリと青年――リッツが見えなくなった家の方へ頭を下げて、リッツが教えてくれた空き家へと向かった。
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