26,リコの村
一瞬見えた小さな村は、あっという間に木々の向こうに見えなくなる。
「――あの!」
「ぅぇっ!? な、なんだ?」
ファウリが落ちないように支えていた男は、いきなりしゃがみこんで、一気に顔が近くなったファウリに、ぺたんと尻もちをついて軽くのけぞった。
後ろで知り合いらしい別の男が尻もちをついた男を支えている。
「馬車を降りるにはどうしたらいいのでしょうか!」
「え、あ、御者に言えば止めてくれるが……。ちょ、嬢ちゃん、まさか馬車降りる気か?!」
「はい!」
ファウリはにっこり男に笑いかけると、膝をついたまま柵を伝い、馬車の先頭へ移動していく。
上に上がっていた人たちが、じりじり近づいて来るファウリに道を開けた。
「すみません! 馬車を降りたいんです。止めて下さい!」
パンパンパンと馬車の屋根を叩いて、御者に声を掛けると、御者はこちらを振り返り、手綱を引いた。
馬が嘶き、馬車がゆっくりと止まる。
「有難うございます!」
ファウリは御者にお礼を言うと、また柵を伝い、後ろまで戻ってきた。
「お、おい、嬢ちゃん!」
「おじさんお世話になりました!」
ファウリは慌てる男にペコリと頭を下げ、いそいそと梯子を降りていく。
馬車から降りると、ファウリは御者の方へ駆け寄った。
「御者さん、有難うございます。お世話になりました。お馬さんも、有難うございました」
「ここで良いのかね? 代金は返せないが」
「はい、ここで大丈夫です。代金もそのままで大丈夫です」
「そうかい? 夜まで馬車は来ないんだが」
「大丈夫です」
ファウリがにっこり笑って頷くと、御者は、ぅーん、と唸って頬を掻いてから、本当にいいんだねと念を押してから、馬車を出発させた。
「嬢ちゃん、ここいらはまだ危ないよ! 戻ってきな!」
心配そうに手をぱたぱたと振って手招きをする男に、ファウリはもう一度頭を下げた。
「大丈夫です! 有難うございました!」
呆れるような顔の男が、馬車に揺られて遠ざかっていくのを、ファウリは手を振って見送った。
「……リコの村」
ファウリは荷物を抱えなおすと、小走りに元来た道を駆け戻った。
木々の間をヒョコヒョコと背伸びをしたり覗き込んだりしつつ、ちらりと見えた村を探す。
少し戻った所で、獣道のような、細い道が伸びているのを見つけた。
恐らく先ほど一瞬開けたあの場所だ。
踏み固めただけのような細い道。
他にそれらしい道は見当たらない。
駄目で元々。ファウリは一つ頷くと、獣道へと分け入った。
***
曲がりくねり、枝分かれし、道が消えたりする獣道を進むこと数分。
手探りのように迷いながら進んだ先に、塀のように石を積み上げた、明らかに人工の壁のようなものに突き当たった。
逸る気持ちを抑えながら、壁に沿って進んでいくと、少し先で石壁が崩れている。
ファウリは足元に注意をしながら、崩れた石壁を登り、壁の向こうを覗き込んだ。
ふわりと、柔らかな土と草の香りが鼻孔を擽る。
目の前に広がっていたのは、小ぢんまりとした、石を重ねたはちみつ色の壁と、灰色がかったはちみつ色の薄い石の屋根の、ころんと丸みを帯びた可愛らしい家が点々と立ち並ぶ、御伽噺から抜け出したかのような、小さな集落だった。
「――あった……。リコの村……」
廃村といっても良いほどに、雑草が伸び、崩れかけた家もあるが、平屋の小さな家の屋根には所々草が生え、黄色いたんぽぽの花が揺れ、細い道の両脇にはシロツメクサの白い花が、一面に広がっている。
どこかにミントが群生しているのか、爽やかな香りがした。
まるでそこだけ時間が止まったかのようだ。
ファウリは崩れた石壁に手をついて、瓦礫を踏み超え、村の中に足を踏み入れた。
初めて来たのに、どこか懐かしささえ覚える風景。
思わず感嘆の息を漏らす。
ファウリはゆっくり、リコの村の中へ足を進めた。
殆どの家は、扉に木の板が打ち付けられ、空き家のようだ。
小さな井戸が一つ、雑草に囲まれて、ぽつんとある。
覗き込むと、水は枯れていないようだった。井戸の傍には壊れた桶が転がっている。
空き家の至るところには、壁と同じ石を積み上げて作られた花壇があり、色とりどりの花を咲かせていた。
壁を伝う蔓草が、長い年月を感じさせる。
丁度、ファウリの大好きな【野暮らし公女】が辿り着いた村も、こんな村だった。
リコの村は、挿絵に描かれた村に似ている。
それだけで、まるで本の世界に迷い込んだような不思議な気持ちになる。
「素敵。凄く、素敵だわ」
ほぅ、とため息交じりにファウリが呟いた時だった。
「――誰だ!」
不意に誰かに怒鳴りつけられ、ファウリは心臓が口から飛び出しそうなほど驚いた。
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ありがたや…。
今日は突風凄いです。
明日は大寒波だそうで……。
皆様も体調不良お気をつけて~~っ。