26,はちみつ色の屋根
停留所に着くと、既に乗合馬車が待機していた。
昨日の馬車よりも一回り大きく、屋根の上にも人が乗っている。
「やぁ、お嬢さん。一人ならこっちにおいで。見晴らしが良いよ。後ろに梯子があるから」
ファウリが馬車に乗り込もうとしたら、屋根に乗っていた中年の男が声を掛けてきた。
気さくな感じに声を掛けて貰えた。嬉しい。
「わかりました。有難うございます」
ファウリは御者にお金を払い、言われた通りに馬車の後ろに回った。確かに上に上がるための梯子がついている。
ファウリが足元を気にしながら登ると、先ほどの男性が手を差し出してくれた。
お礼を言って男の手を借り、上に上がる。
「わぁ……」
馬車の屋根から見る景色は、視界が開け、眺めが良い。
歩道を歩く人の背よりも高く、ちんまりと並んだ村の屋根と変わらない高さだ。
小鳥の囀りと、森から渡る風が爽やかで心地が良い。
馬車の上には落下防止なのだろう。柵があり、数名が屋根の上に腰を下ろしている。
ファウリも男に倣い、馬車の上に腰を下ろした。
「馬車の上って、人が乗れるんですね」
「そう珍しいもんでもないと思うが、お嬢さんはあれかい? リュクシェ=ペレから?」
「はい。昨日ティアナグ=ノールに着きました」
「はっはっは、知らずに夕刻の馬車に乗ったんだろう? 夕刻に出る馬車を使うのは、よほど急いでいるやつか、ニケの住人か、討伐目的の冒険者くらいだからねぇ。あそこの門兵は言葉が足りねぇのさ」
「急いでたわけじゃないんですが、お陰で良い出会いがありました」
「そいつぁ良かった」
ガラン ガラン ガララン
「出発するぞ――」
男と話をしていると、御者が大きなベルを鳴らし、出発を告げると共に馬車が動き出した。大きく揺れた馬車に、ファウリは慌てて柵にしがみ付く。
上に誘ってくれた男が、可笑しそうに笑った。
大きな農耕用の馬が引く馬車は、とてものどかだ。
カッポカッポと蹄の音を鳴らし、馬車はゆっくり進んでいく。
男の話では、レピドクローサから出る乗合馬車は、朝と夕方、二本だけらしい。
冒険者たちは基本徒歩か自前の馬車、商人達は商団を組む。
単独の旅人は商団に金を払い同行させて貰う場合が多く、乗合馬車を使う者は、近隣の村人が殆どらしい。
基本は皆朝の馬車でレピドクローサを出発し、昼過ぎにニケから出る馬車に乗り換え、森の向こうのカロイの街へ向かうのだそうだ。
「しかし、お嬢ちゃんみたいな女の子の一人旅たぁ、珍しいねぇ。どこまで行くんだい?」
「ええと……。実はまだ未定なんです。でも、どこか綺麗な森のある小さな村を探そうと思っています」
ふんわりと微笑んだファウリに、男は驚いたように目を丸くし、それから悪いことを聞いた、というように眉を下げた。
「リュクシェ=ペレで嫌なことでもあったのかね? ああ、いや、言わんでいい。ティアナグ=ノールは良いところだよ。この辺りは魔物も多いが、王都の近くまで行けば魔物は滅多に出ない。あのあたりは結界があるからね。王都まで行けば仕事もすぐに見つかるだろうさ」
「王都は遠いんですか?」
「そうさねぇ、十日くらいはかかるかねぇ」
「歩いたらどのくらい掛かります?」
「旅慣れた者なら、半月あれば行けるとは思うが、悪いことは言わん。やめておきなさい。悪いヤツに捕まって売られるのが落ちだ」
「売られる?」
「そうだ。売られたら酷い目に合うぞ。どこかの商団にでも声をかけて連れて行って貰うといい。何なら俺が馴染みの商人に頼んでやろう」
「――ありがとうございます。何かお礼がしたいんですが、あいにく私には何もなくて……」
「礼など要らんよ。嬢ちゃんを放っておいたら、俺が落ち着かないだけさ」
男はくしゃりと眦を下げ、ぽんぽんとファウリの背を軽く叩いた。
男の優しさに胸が詰まる。リュクシェ=ペレを出てから、色々な人に助けて貰ってばかりだ。
何かお礼がしたいのに、ファウリには何もない。
いつか、恩返しができればいいのだけれど。
***
途中、何度か休憩を挟み、後数刻で次の街、カロイに着く。
男は腕を組み、馬車の揺れに合わせ、船を漕いでいた。
ファウリは膝を抱え、ぼんやり森を眺めている。
とりあえず、男の言う通り、カロイで商団を紹介して貰おうか。
それから王都に向かう旅の途中、どこか立ち寄った村で降ろして貰えれば。
つらつらと考えていた時、森の木々の間から何かが見えた。
はちみつ色の、家の屋根のようなもの。
――村?
見えそうで見えない。
ファウリは柵に手を掛けて、腰を浮かす。
ファウリが動いたからか、船を漕いでいた男が顔を上げ、慌ててファウリを支えた。
「ちょちょちょ、嬢ちゃん! 馬車の上で立ったら駄目だ。柵があっても危ないよ!」
「あの、おじさん。森の中に、何か――。村みたいな、はちみつ色の屋根が……」
「はちみつ色? ああ、リコの村だね。もう殆ど人の住んでいない、小さな村だよ。最近になってまた瘴気が広がっちまったからねぇ。魔物が増えて、皆他所へ移っていったそうだ。あの村ももう長くはないね」
「リコの村……」
何故だろう。木々の間から時折ちらりと除くその村が、気になって仕方がない。
どうしても見たい。
男に支えられながら、もっとよく見ようとファウリが身を乗り出した。
――その時、ほんの一瞬、木々の隙間を縫うように、小さなはちみつ色の家がぽつぽつと並ぶ、森の緑に溶け込むような小さな村が、見えた。
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お待たせしてごめんなさい;
体調不良長引いちゃってるので、もうちょっとの間不定期更新です、面目ない;
早く治してまた定期更新できるように頑張りますっ><;




