25,いっちゃやだ
早朝、甲高い鶏の声で目が覚める。
表からは見えなかったが、小屋――もとい、家の裏手に鶏がいるらしい。
まだすやすやと寝息を立てているミラを起こさないように、ファウリはそっとベッドを出た。
そぉっと扉を開けると、扉の前に立つカーターにジルが弁当を渡していた。
「おや、ファウリ。早いね」
「おはようございます。カーターさん。お仕事ですか?」
「ああ。農場で働いていてね」
「そうなんですね。カーターさん、お世話になりました。ご挨拶ができてよかったです」
「どういたしまして。馬車が出るまでまだ少しある。飯食っていきな。道中気ィつけるんだぞ」
「はい。有難うございました。行ってらっしゃいませ」
ファウリがペコリと頭を下げると、カーターはジルに行って来る、と声を掛け、キスを交わす。ファウリも外まで見送った。
「さ。ファウリ。あたしたちも朝ごはんにしようかね。裏に鶏を放してあるから、卵をとってきてくれるかい?」
「わかりました!」
ミラはまだ寝ている。今日こそ、ちゃんと手伝う。ファウリはぐっと気合を入れなおした。
***
家の裏手には、小さな小屋と、野放しにされた山羊が二匹草を食み、鶏が数羽、コッココッコと地面をつついている。
ファウリはジルから預かった籠を手に、そっと鶏の方に近づいた。
「ええと……。卵……」
どれだろう、っときょろきょろ見渡していると、小さな鶏冠の鶏が近づいてきた。ファウリが視線を下げると、鶏はファウリを見上げ、コッコッコ、っと小さく鳴きながら歩き出す。ファウリは鶏の後について行った。
鶏はヒョィっと小屋に入ると、地面に落ちた卵の前で足を止める。
「あ、卵」
ファウリがそっと手を伸ばすのを、鶏はじっと見ていた。
「これ、頂いても?」
鶏は返事をするでもなく、またコッココッコと歩き出す。ファウリは卵を籠に入れ、鶏の後についていった。
ふと見ると、壁際にコロコロと卵が纏まって落ちていた。
ファウリが足を止めると、鶏がコケーッと鳴く。あれは駄目だと言われた気がした。
「あ、はい」
ファウリが歩き出すと、鶏もまた歩き出す。結局、5つほど鶏に案内をされ、卵を集めると、ファウリは鶏にお礼を言って、ジルの許へと持って行った。
「ありがと。鶏につつかれなかったかい?」
「卵の場所を教えてくれました」
「あはは、そりゃいいね!」
ジルは笑いながら、卵を受け取り、器用に片手で卵をパカっと割っていく。
フライパンに落ちた卵をフォークで軽くほぐし、薄切りにしたパンの上にひょいっと乗せた。
「はいよ。あんたの分だ。お食べ」
「有難うございます」
パンを持って食卓に行くと、ミラが起き出してきた。まだ眠いのか、ぐずっている。
「おはようございます。ミラちゃん」
「おはようじゃないのぉ~~っ」
何故か泣き出すミラ。ファウリがおろおろしていると、このくらいの子供には良くあるらしい。何でも嫌なのだそうだ。
食事を終える頃には、ミラのご機嫌も直り、一緒に鶏と遊ぶ。
ミラは甲高い声をあげ、鶏を追い回している。
オロオロしながら見守っていると、ジルがファウリを呼びに来た。
「ファウリ。そろそろ馬車が出る時間だよ」
***
「お世話になりました」
ぺこりと頭を下げるファウリの前で、ミラはギャン泣きだ。
「だめぇ! おねーちゃん、いっちゃだめなの! ミラと遊ぶのぉーっ!」
ぎゃんぎゃん泣いて暴れるミラを、ジルががっしりと抱えていた。
「ミラちゃん」
「やだー!」
「ミラちゃん、また遊びに来ますから」
「やぁーだぁー!」
ファウリが困っていると、ジルが声を上げて笑った。
「大丈夫だよ。ほれ、馬車に遅れる。もうおいき」
「はい。それじゃあ、ミラちゃん。元気でね」
「おねぇち”ゃあ”ああぁぁんっ! 行っちゃやだぁ!! おねぇちゃぁあ”んっ!」
いやいやと泣くミラに後ろ髪をひかれながら、ファウリはペコリと頭を下げ、乗合馬車の停留所へと歩き出した。
ぎゅっと胸が苦しくなる。
姿が見えなくなっても、ミラの、おねーちゃん、と呼ぶ声が、いつまでもファウリの耳の奥に張り付いているようだった。
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頑張るー! ……といった舌の根も乾かぬうちに、体調悪化で寝込みました……;(土下座)
何とかお熱下がったので、じみじみ復帰致します。
まだ万全じゃないんで、体調と相談しつつ更新します。




