24, ニケの村
ガタゴトと、馬車が走る。
乗合馬車の中は、賑やかだ。連れだって乗ってきた男たちの笑い声。親子連れの、はしゃぐ子供の笑い声。ファウリはぼんやりと、夕焼けに染まる、流れる景色を眺めていた。
一つ目の村に着いた時は、もう夜も更けていて、次の村までの馬車は明日にならないと出ないらしい。
前の人に続いて馬車を下りたファウリは、とりあえず、前の人に続くように、距離を開けて歩き出した。今日の寝床を探さなくてはいけない。
「――ねぇ、ちょっと。お嬢さん」
すぐ後ろから声が聞こえた。
が、ファウリに知り合いなどいない。別の人を呼んでいるのだろうと、きょろきょろと宿を探す。
「ちょっと。ねぇ、あんただよ、あんた」
ぽん、と肩を叩かれ飛び上がった。
振り返ると、無精ひげを生やし、大きな袋を抱えた男性が立っている。
その後ろには、子供を連れた女性がにこにこと笑っていた。
馬車に乗っていた親子だった。
「あ、はい」
男性は不躾にファウリをじろじろと眺めてくる。
何だろう? ファウリがこてりと首を傾げると、後ろにいた女性が夫らしき男性を押しのけるように前に出た。
「見たところ、あんた一人?」
「あ、はい」
「お連れさんは?」
「――いません」
「ニケに知り合いでもいるのかね?」
「――いません」
ニケ、というのは、この村の名前らしい。
何となく気まずくて視線を下げたら、くしゅくしゅの赤毛を三つ編みにしたそばかすが可愛い小さな女の子と目があった。女の子が、にーっと笑う。
思わずファウリもにっこりと笑みを返した。
顔を上げると、夫婦らしい二人が顔を見合わせている。
「あんた、冒険者ってわけじゃないんだろう?」
「冒険者……じゃ、ないです」
だよなぁ、というようにうんうんと頷く男性。
「あんたみたいなお嬢さんが一人旅なんて危ないよ。こんな田舎でも吞んだくれて羽目を外す馬鹿がいるからね。見ての通り小さな村だから、宿屋はもうどこもいっぱいさ。大抵旅人はレピドクローサで宿を取るんだけどね。知り合いでもいるのかと思ったけど、一人みたいだし、気になってねぇ。何にもないところだけど、良かったらうちに来るかい?」
ニコニコと、女の子を抱き上げながら、女性がいう。
ファウリは目を丸くした。
「え。あの……。いいんですか?」
「一晩くらいなら構わないよ」
ニコニコと笑みを向けてくれる親子連れに、ファウリは深々と頭を下げた。
「有難うございます。一晩お世話になります」
***
夫はカーター、妻はジル。子供の名はミラといった。
夫婦は月に一度、レピドクローサへ買い出しに行くのだそうだ。
夫妻の家は、村の外れにあった。
家というよりも掘っ立て小屋のような、小さな家だ。
カーターが家の戸の脇にぶら下がったランプに火を灯す。魔除けの香だ。
極稀にだが、魔物が村まで入り込むこともあるらしい。
ファウリが、宿が無ければ野宿をするつもりだったと話すと、なんて無茶なと叱られてしまった。
叱られたのに、ファウリは何だか嬉しかった。
「こんなもんしかないけどね」
ジルがたっぷりの野菜を煮込んだスープを出してくれる。
山羊の乳で煮込んだというスープは、とろりとしていて、甘い香りがした。
ミラは客が珍しいのか、ファウリにくっついて離れない。
ジルに促され、スープを口に運ぶと、良く煮込まれた野菜が、口の中でホロホロと溶ける。
「とっても美味しいです!」
「そいつは良かった。たーんとおたべ」
「おねーちゃん、にんじんをたべないと、大きくなれないからね。たーんとおたべ」
ミラのにんじんもあげるからねと、小さなミラがにんじんをスプーンですくってファウリの皿へと入れてくる。
「これっ。おねーちゃんのお皿ににんじんを入れるんじゃないよ。ちゃんとおたべ」
「ちゃんとたべるもん」
あーん、っと大きな口を開け、ミラがすくったにんじんをぱくんと口に入れる。もぐもぐしてから、うぇーっと嫌そうな顔をするあたり、にんじんが苦手なのだろう。
可愛らしくて、思わず笑ってしまった。
カーターもジルも声を上げて笑う。
とても暖かい団欒だった。
ファウリも、田舎の小さな村で生まれた。うっすらと、沢山兄弟がいたことを、朧げに覚えている。名前も顔も、思い出せないが。
きっと、こんな感じの家に生まれたのだろう。
決して裕福とはいえない、小さな小屋のような家。
ファウリの育った聖女宮のファウリの部屋よりも、ずっと小さな、家。
だけど、あの大きな部屋よりもずっと明るく、暖かく感じた。
食事の後、小さなミラが、空いた食器を重ね、よいしょよいしょと運んでいく。
ファウリも慌ててミラに倣い、食器を運ぶ。
「ファウリ、水を汲んできてくれるかい?」
「はい。川はどこでしょう?」
「……。あんたどこまで水を汲みに行くつもりなのさ。表に雨水をためる瓶があるだろう? 柄杓が乗ってるから、そいつで水をこっちの桶に汲むんだよ」
呆れたようなジルの言葉に、ファウリは頬を赤く染めると、言われた通り、桶を持って外に出た。小さなミラがついてくる。
「おねーちゃん。おみずはね、ここだからね」
ぱたぱた走ってミラが家の脇に置いてある、大人が一人入れそうな大きな瓶をぽんぽんと叩いた。
瓶の上には蓋がしてあり、上に柄杓が乗っている。
「ありがとう、ミラちゃん」
ファウリは言われた通り、重たい蓋を何とか開けて、柄杓で水を汲むと、水の入った桶を持ち上げようとした。
――ずっしり。
水の入った桶は、めちゃくちゃ重い。
「ん――っ!」
何とか持ち上がったけれど、手がぷるぷるする。一歩二歩と進んだら、耐えきれずにすぐに桶を下ろしてしまった。
「もぉ。おねーちゃん、だめね! ミラが持って行ったげる」
「ミラちゃん、危ないです。凄く重――」
「よいしょ」
なんと、小さなミラが、ひょぃっと重たい桶を持ち上げて、んしょんしょと歩き出してしまった。
あんな小さな幼児に負けるとは。
「ミラちゃん、力持ちですね……」
「ミラはおねーさんだからね!」
それなら私は赤ちゃんかもしれません。
ちょっと気が遠くなったファウリだった。
その後、ジルが物置を兼ねた小さな部屋へ案内をしてくれた。
時々、隣の村に嫁に行ったジルの妹が泊まりに来るらしい。
ちゃっかりベッドに枕を抱えて潜り込んできたミラに、『野暮らし公女』の本を読んで聞かせる。
毛布は薄くて所々つくろわれていたが、綺麗に洗濯されてお日様の匂いがする。
腕の中で丸まる小さなミラは、ふわふわ柔らかく、ぽかぽかと暖かい。
一緒のベッドに寝ころびながら、いつしかすぅすぅと可愛らしい寝息を立てるミラにつられるように、ファウリもいつしか、深い眠りに落ちていた。
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