23,国境門
「もう、宜しいですか?」
ぐずぐずと泣きながら、馬車が見えなくなるまで見送ったファウリに、横に控えていたティアナグ=ノールの騎士が、気づかわし気に声を掛けた。
ごし、っと袖で涙を拭い、ファウリは何とか笑みを浮かべる。
いつまでも、泣いてばかりはいられない。
「――はい、もう、気が済みました。有難うございます」
ファウリがペコリと頭を下げると、騎士はこちらへ、とファウリを促し歩き出した。
ファウリがいる場所は、一般の入国者とは異なり、脇道に逸れた場所にある『引き渡しの門』だ。
当然罪人の受け渡しに使われる門の為、ティアナグ=ノールの騎士も、ファウリが国外追放を受けた罪人であると認識している。
連れていかれた詰め所で手荷物は検査するからと持っていかれ、受付にいた騎士が、ハーツから手渡された書類を確認するのを眺めて待つ。
「――虚偽罪?」
書類を確認していた騎士が顔を上げ、まじまじとファウリを眺めた。
「虚偽罪なんですね。私」
まぁ、偽聖女ということらしいから、そうなるのかと、ファウリは目を真っ赤に腫らしたまま、ふむふむと頷いた。
「――国を欺いたとありますが」
「欺いたわけではないのですが」
「報告書には、身分を偽ったとあります」
「偽ったのではなく、能力があると思いこまれて親元を引き離されたのですが、能力が無かったので追放されました」
聖女だったことを告げても良いのか迷ったが、あえて身分をというあたり、報告書には記載されていないのだろう。ここで迂闊に聖女でしたといって面倒なことになるよりも、報告書に便乗し、言葉を濁すことにした。
「……それはまた。お気の毒に」
ポン。騎士が書類に印を押す。
別の騎士に書類が渡され、入れ替わりのように検査を終えた荷物が戻ってきた。
違法性があるものが見つかれば、そのまま没収となり、牢獄へ一直線だが、ファウリはそもそも必要最低限の持ち物しかない。問題なく通過した。
「特に問題は無さそうですね。リュクシェ=ペレの護送騎士からも、問題行動無しと報告がありました。リュクシェ=ペレへの入国は禁止されますが、それ以外は自由になさって結構ですよ」
「有難うございます」
ファウリがペコリと頭を下げると、別の騎士が近づいてきた。
「それでは出口までご案内します。どうぞ」
ファウリはペコリと受付の騎士に頭を下げると、鞄を斜めにかけて、案内の騎士の後に続いた。
***
ティアナグ=ノールと、リュクシェ=ペレの国境にある街、レピドクローサは、両国を跨る街だ。
元々レピドクローサ、というのは、古代大陸語で『国境門』を意味する。
両国とも、国境に聳える門から次の街までは距離がある。
今でこそ友好国となっているが、数百年前まで、リュクシェ=ペレとティアナグ=ノールは度々戦争を起こしていた。
街に被害を及ぼさないようにしたいのはどちらも同じで、両国の間には深い森が横たわっている。その為、国境門から街までは、丸一日有するほどに距離があった。
それを不便に思った商人達が、国境門の周りに屋台を立て、商売を始めたのが切っ掛けらしい。
今では門を隔てた両国の門から続く街道の脇に家が立ち並び、宿屋ができ、店ができ、ちょっとした街になっている。今でこそレピドクローサという名で浸透しているが、本来街ではなかった街、それがレピドクローサだった。
国境門の中に作られた詰め所を出ると、騎士が街道の先を指さした。
「次の街へ向かうなら、街道を真っすぐ進むと、乗合馬車が出ています。それを使えば次の村までいけるので、そこで馬車を乗り換えて下さい。明日にはカロイの街に着きます」
「わかりました。有難うございます」
ファウリはペコリと頭を下げると、言われた通り、乗合馬車の停留所へと向かった。
幸いパンも水も、まだたっぷりある。今は、レピドクローサから離れたかった。
ここにいると、ハーツを思い出してしまう。焦がれてしまう。足が止まってしまいそうだった。
乗合馬車は、すぐに見つかった。
幌のついた馬車に、何人も人が乗っている。
「すみません。馬車に乗りたいんですが」
「ああ、六ピアニールだよ」
ファウリが五ルース銅貨と一ピアニール銅貨を一枚ずつ、貰った袋から取り出して御者に差し出すと、御者が顎をしゃくった。先に乗り込んだ男に倣い、ファウリも手すりに手を掛けて馬車へと乗り込む。
大勢人がいるのに、話せない。
あんなに沢山会話を交わしてきたのに、まるで旅立つ前に戻ったようだった。
ハーツが居たらと浮かぶ考えを、頭を振って振り払う。
今は、考えない。思い出すと、泣いてしまいそうだから。
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体調が戻ってないので、ちょっと更新がマッタリになります;
とりあえず、次の更新、明日の朝には行けるかな? 頑張ります!