21,マイヤー一座と恋の話
夜になると、あちらこちらで野宿の為の焚火が焚かれる。
ジゼラとメリッサが料理を作り、ファウリとハーツもご相伴に預かった。
ファウリの釣った魚もこんがり焼かれ、大きな葉の上に乗せられて食卓に並んだ。
食事をする傍らで、トォニィがリュートを奏で、ジゼラが妖艶に舞う。
スカートを翻し踊るジゼラは、全身で命を表すようで、力強く美しい。
「凄い! ジゼラさん綺麗! 格好いいです!!」
ファウリは興奮気味に拍手をした。
マイヤーの面白可笑しい口上に笑い、ショーンの軽業に息を呑み、メリッサの澄んだ歌声にうっとり耳を傾ける。
いつの間にか、一座の周りには、野宿をしていた人が集まっていた。
そこからは、他のグループも輪に加わり、一座を中心にどんちゃん騒ぎとなる。
ハーツや御者も輪に混ざり、楽しそうに笑っている。
まるで酒場のような賑わいだ。
他のグループからも、楽器を持つ者が集まって、トォニィと一緒に陽気な音楽を奏で始めた。
割と知られた音楽なのだろう。
次々と手を取り合い、輪を作って踊り出す。
ジゼラに踊りを教わって、ファウリもハーツと一緒に踊りの輪に加わった。
やがて男たちは集まって、酒を呑んだり力比べを始めたりして、その様子を眺めながら、女性は女性で集まって、雑談に花を咲かせている。
ファウリもメリッサに誘われて、女の子の輪に混ざった。
年頃の女の子が集まれば、当然というように話題は恋の話になった。
「ええ! トォニィさん凄い! 情熱的!!」
トォニィは別の一座の花形だったジゼラに、毎日薔薇の花を贈り、愛を囁き、恋に焦がれる苦しい胸の内を歌に乗せ、口説き落としたらしい。
プロポーズには、両手で抱えきれないほどの薔薇を、ジゼラに差し出し、跪いて愛を乞うたのだそうだ。
女の子達が頬を染め、きゃーっと悲鳴を上げる。
「ファウリは? ハーツさんと良い仲なんでしょう?」
悪い仲ではないと思う。
なので、ファウリは素直に頷いた。『良い仲』の意味を勘違いしていることに、気づかない。きゃーっと黄色い歓声を上げる。
「ねぇねぇ、どんなところに惹かれたの?」
「そうですねぇ。優しくて、親切で、お話をしていて楽しいです。それに、ずっと一緒に旅をして……。旅の途中で、盗賊に襲われたことがあったんですが、命がけで守ると言って下さって」
「凄いわ! ハーツさんって強いのねぇ!」
「良いなぁ、私も一度は言われてみたいわ……!」
「よく見るとハーツさんイケメンよね! 筋肉が逞しくて素敵だわ」
「あ、はい。凄く素敵だと思います」
ファウリは馬車の中で、盗賊から守る為、自分に覆いかぶさるように守ってくれた時のハーツを思い出す。
あの時は怖くてそれどころではなかったが、思い返せば、目の前いっぱいに広がる逞しい胸板も、背に庇ってくれた大きな背も、逞しくて、格好良かった。
かぁ、っとファウリの頬が赤く色づくと、女の子達から、キャーっと黄色い悲鳴が上がった。
***
見張りは、男たちが交代でしてくれるらしい。
ファウリも女の子達と固まって、草の上で雑魚寝する。
声を潜め、ひそひそと話すのは、秘め事のようでわくわくする。
いつか、やってみたいと思っていた。
大勢で、わいわいと騒ぎ、年頃の女の子と話してみたかった。
ハーツが一座に声を掛けてくれたのは、ファウリの夢をもう一つ、叶える為だったのかもしれない。
胸に広がる暖かな感情に包まれて、ファウリは夢の中に落ちていった。
***
「じゃあな」
「ああ、良い旅を」
「道中気を付けて」
「女神の加護のあらんことを」
口々に挨拶を交わし、がっしりと抱き合い、翌朝早朝、皆それぞれの行先へと旅立って行く。
「元気でね、ファウリ」
「ええ、メリッサも」
ファウリも仲良くなったメリッサと抱き合って別れを惜しんだ。
***
「楽しかったですか?」
「はい。メリッサと、仲良くなれました」
「リュクシュ=ペレで、いい思い出が出来て、良かったです」
楽しかった。旅に出てからずっと。
「――ハーツさんが、居たからです」
一緒に食事が出来る楽しさも、火を起こす難しさも、ナイフの使い方も。
盗賊はとても怖かったし、ミミズはとても気持ちが悪かったけれど。
それでも、ハーツと過ごした時間は、楽しかった。
全部、いい思い出になっている。
「俺も、護送をして、こんなに楽しかったのは初めてです」
いつもは、ずっと『見張り』の感覚が抜けなかった。
護送の対象と食事を取ることも、焚火を隔てて眠ることも無かった。
会話を交わすことも、必要最低限だった。
昼過ぎには、ティアナグ=ノールの国境に着く。
残された時間は、後わずかだ。
ティアナグ=ノールに着いたら、ハーツとはお別れだ。
ファウリは国外追放された身で、もうリュクシェ=ペレには戻れない。
ハーツもまた、王宮に努める騎士だ。
国境を超えることは無いだろう。
野暮らしの生活の事ばかりを考えてきたが、ハーツとの別れは、酷く寂しかった。
寂しい気持ちを誤魔化すように、ファウリはこれからの事を夢中で話した。
わざと、明るく振舞って、はしゃいで見せた。
そうしていないと、泣いてしまいそうだったから。
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やっと次回、ティアナグ=ノールに到着です。
ほんっと伸び伸びになってすみません;;
次は明日、朝8時、投稿予定です!




