2.無い尻尾は振れない。
切っ掛けはおそらく数か月前に他国を襲った疫病だ。
幸いこの国は被害を免れたが、いつこの国でも被害に見舞われるか分からない。
民の怒りが向く前に、早々に無能の聖女は破棄する方が、王家や神殿のダメージは浅くて済む。
つまるところ、聖女と担ぎ上げてはみたものの、なんの力も持たないファウリをこのまま聖女として崇め奉るのには限界になった、という事だろう。
自分の意志でそうしたわけではないのだが、確かに水晶を光らせるだけの平民が、豪華な部屋を与えられ、身の回りの世話をする使用人を付けて貰い、教養を身に着けるための教師を付けて貰い、上質の絹の聖女の衣装を身に纏い、貴族のような生活を何年も続けてきたのだから、私腹を肥やしたと言われたら、間違いだとは言い切れない。過ぎた贅沢だというのは、ご尤もだとファウリも思う。
「――最低限の荷物の持ち出しは許されます。これから神殿へと戻り、荷物を纏めて下さい。神殿到着から一時間後に出立をします。別れの挨拶をしたい人がいるのなら、その間に済ませて下さい。貴女は東のティアナグ=ノールへ追放となります。このリュクシェ=ペレへ立ち入ることは許されません。国境までは、私が護送致します」
国王陛下の命令で、騎士に促され謁見の間を後にしたファウリは、神官に付き添われ、長い廊下を歩きながら、護送の騎士が淡々と説明をするのを、頷きながら聞いていた。
「歩いていくのですか?」
「……馬車で参ります」
一瞬騎士の視線がこちらに向く。何を言っているんだと言わんばかりの呆れた顔。
「ティアナグ=ノールまでは、どのくらい掛かるのでしょう」
「六日程度かと思います」
「そうですか。楽しみです」
「遠足に行くわけではないのですよ」
「仕事で行くわけでもないですよね」
隣を歩く神官が窘めるように言うが、物心つく前から、神殿の外には数える程度しか出たことが無いのだ。思い入れがあるほど、国に愛着など持てる環境ではなかったし、親しい人も特にはいない。
自由を楽しんで何が悪い。
「罪の意識はないのですか。貴女は罪人なのですよ」
「ありません。神官様は、尻尾を振ることができますか?」
「――は?」
「尻尾です。犬や猫に生えているあれです。ぱたぱたっと」
「できるわけがないでしょう」
呆れたような神官の声に、ファウリは騎士に視線を向ける。
「騎士様はいかがでしょう。振れますか?」
「生憎尻尾は持ち合わせておりません」
「……そうですよね? 無い尻尾は振りようがない。無い尻尾を振れないことは罪でしょうか」
例えば、『尻尾を振りなさい』と言われても、無い尻尾は振れない。振り方なんてわからない。努力をしようが振り方を教わろうが、無いものは振りようがないのだ。
いぶかし気に視線を向ける神官と騎士に、ファウリは小さく首を傾けてみせた。
「私が触れると女神の水晶が光ります。ですがそれは私の意思で光らせているわけではありません。触れれば勝手に光ってしまうだけです。寧ろ私は平民です。魔力は持ち合わせておりません。それを承知で神殿が私を聖女にして、王都に連れてきたのですよ? 私は聖女と名乗ったこともありません。 例えばあなた方が、今からあなたは聖者です、聖なる力を振るいなさいと言われて、できます? できませんよね? それと同じです。私に魔力がないことや奇跡の力がないことは、無い尻尾と同じです。尻尾が無いのは罪ですか?」
ファウリの言葉に、神官と騎士が黙り込んだ。
「私は、罪だとは思いません。なので、罪の意識はありません。罪人と言われようと、国外追放であろうと、神殿を出られるのは嬉しいです。楽しんではいけませんか?」
ファウリはいつも独りだった。
人がいないわけではないが、皆一線を引いている。
虐められはしないけれど、親しい人は一人もいない。
話し相手もいない。
神殿の奥の聖女宮に隔離され、出られるのは建国祭と新年祭の年に二度だけ。
毎日何時間も意味があるのかもわからない祈りを捧げるだけの日々。
別に不満は無かった。他の生活なんて知らないから、それがファウリにとっての『当たり前』だった。
それでも、寂しくないわけではないし、ここから出たい、自由になりたいと思わなかったわけでもない。
外の世界に憧れはあった。書庫の一角にひっそり置かれた娯楽のための物語は、ファウリの唯一の楽しみだった。
あの物語の主人公のように、自分の力で生きてみたい。
どこまでも続く草の原や、大樹が根を張る深い森や、一面の野の花が咲く花畑や、空を舞う竜や、海に沈む夕日を見てみたい。
自由になれるのであれば、国外追放大歓迎、偽聖女だろうが罪人だろうが一向に構わない。
寧ろ追放してくれてありがとうと言いたい。
わくわくと想いを馳せるファウリに、神官と騎士は、顔を見合わせ、肩を竦めた。
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