19,最後の晩餐
御者の機転で逃がされていた馬が戻ってきた。
ハーツに言われ、「お馬さーん」と呼びかけたところ、ぱっぱか駆け戻ってきてくれたのだ。
御者もかなり喜んでくれた。
戻ってきてくれてありがとうと、馬にお礼を言ってから、二人は馬車へ乗り込んだ。
その後は順調に馬車は進み、山道を超え、夜になってようやくティアナグ=ノールの境である、バルタサル辺境伯領の検問を抜けた。
広大な領地を誇るバルタサル辺境伯領は、大きな森に囲まれた領土だ。
内陸にあるリュクシェ=ペレと異なり、ティアナグ=ノールは海に面しているため、この地を抜ける旅人も多い。
検問所の街、マディラは、王都に匹敵するほど、栄えていた。
マディラは商人と冒険者の街とも言われている。
一つは、ここマディラが商人達が商団を組む拠点となっていること。
もう一つは、マディラを抜けた先の森が、魔物の巣窟となっているからだ。
ここマディラを抜けると、その先は広大な森を抜ける道がティアナグ=ノールの国境まで伸びている。
街道には、点々と魔除けの魔道具の街灯が設置され、街道自体に魔物が出ることは稀だが、一歩森に入れば、そこは魔物の住む世界になっていた。
魔物の巣となるダンジョンも多いらしい。
また、幾ら魔除けの街灯を灯しても、盗賊の類には効果がない。
更にマディラを抜けると、その先はティアナグ=ノールとの国境の街、レピドクローサまでは集落がないのだ。
その為、商人達はマディラで冒険者を雇い、大がかりな商団を組み、ティアナグ=ノールとリュクシェ=ペレを行き来する。
その商団の護衛や、魔物の討伐、旅人の護衛など、ここマディラは冒険者にとって、幾らでも仕事が沸いて出る理想的な街でもある。
馬車は中央通りを少し外れた宿屋の前で止まった。
貴族や商人が泊まる豪華な宿が多い中、かなり古めかしい無骨な宿だ。
洒落たデザインの建物が多い中、石造りの宿は、部屋の作りも今までで一番牢屋っぽい。
なんでもここに来て脱走を図る罪人も多いのだとか。
別の宿を取ると言い出すハーツを宥め、いつものようにテーブルを寄せ合う。
見た目は無骨だが、ベッドは柔らかく暖かだし、着替えまでが用意がされていた。
食事もサラダに肉料理、ふかした芋に具がたっぷり入ったスープにパンとかなり豪華だ。
最後の晩餐という事らしい。
「最後の晩餐?」
久しぶりの肉に舌鼓を打ちながら、まるでこの世の終わりのような言い方に、ファウリはこてりと首を傾げた。
「大抵高貴な方は、人に命じることに慣れています。貴族の場合は人を使うことで経済を回す必要があるので。そういう人がいきなり身分を剥奪されて、さぁ自力で生きろと言われても、大抵は無理です。護送中はこうして食事も出ますし、馬車にも乗れます。でも、ここを出ればそういう生活は出来なくなる。護送の後、彼らがどうなったのかは判りませんが」
どこかで野垂れ死んでるんじゃないか、の言葉を濁したハーツに、もぐもぐと美味しそうに肉を咀嚼していたファウリは、食事の手を止め、目の前の料理へ視線を落とした。
「そうですね。私も野暮らしをするようになれば、こういった食事は出来なくなると思います。そういう意味では、確かに最後の晩餐ですね」
この街を出たら、後一日、間に野宿を挟むことになるが、次はもうティアナグ=ノールだ。宿屋に泊まるのもこれで最後。
そこから先は、旅の間のように食事が出てくることも、暖かい湯や布が用意されることも、馬車で運んで貰うことも、無くなるのだ。
野暮らしに夢を馳せ、そのことばかりを考えてきたが、いつかあの神殿での生活が、恋しくなる日が来るのだろうか。
***
その日は、疲れもあったのか、早々とベッドに入り、翌朝早朝、二人は街へ出た。
マディラでは、毎朝朝市が立つ。
中央通りの歩道に所せましと屋台が軒を並べている。
剣や鍋、沢山の果実や肉の塊、香辛料や穀物、服に靴。あらゆるものが売られている。
早朝に必要なものを買いだして、そのままティアナグ=ノールへ向かう人が多いからだ。
パンや干し肉といった携帯食や、魔物除けの香、何かの革で出来たような大きな水袋、火口の麻紐と、色々と買いだして、早い時間に馬車へと乗り込んだ。
大きな幌馬車が何台も連なる商団の横を、ガタゴトと抜けていく。
商団の馬車から小さな男の子が手を振っていて、ファウリは笑って男の子へ手を振り返した。
「そういえば、釣り、やっていませんでしたね」
「あ、そうでした!」
覚えることがたくさんあって、すっかり忘れていた。
ファウリもこくこくと頷く。
「時間があったら、やってみましょうか。幸い糸も針も買ってありますし」
「やりたいです!」
「それじゃ、今日は釣りをしましょうか。最後の野宿です。楽しみましょう」
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次は明日の朝8時投稿予定ですっ。
……ぇ? ティアナグ=ノールにいつ着くのかって……?
もうちょぃ…もうちょぃですよ……。(視線逸)