16,もう一つの力
うっすらと、空が白んできた。
森のあちらこちらで、鳥のさえずりが響いて来る。
そっとファウリの様子を伺うと、まだ良く眠っているようだった。
ハーツは新しい薪を少し焚火にくべると、そっと焚火の前を離れる。
水を汲み、顔を洗い、少し体を動かす。
ファウリの眠っている場所からは、茂みを一つ隔てただけ。
異変があれば、すぐに駆け付けられる距離だ。
素振りは日課で、毎朝やっておかないとどうにも調子が出ない。
旅の間も、ファウリが寝ている間に続けていたことだった。
ひと汗かいて、川の水で汚れを落とすと、焚火の前まで戻ってきたハーツは、愕然とした。
さぁ、っと血の気が引く。
「――ファウリさん……?」
先ほどまで、すやすやと寝息を立てていたファウリの姿が、消えていた。
***
腕輪に異変は無い。近くには、いるはずだ。
ハーツは外していた剣を腰にさすと、あたりを見渡し、耳を澄ませた。
小さな声が聞こえてくる。
――どこだ?
声を頼りに進むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
朝靄にけぶり、金色の柔らかい光が木々の梢から差し込む中、スカートの裾を摘まみ、広げて構えるファウリの頭上で、数羽の小鳥が飛び交って栗鼠と一緒に次々と木の実をファウリのスカートに落としていた。
小鳥に口づけをし、くるくると踊るような足取りで駆けまわり、楽し気に声を上げて笑うファウリは、妖精のようだった。
ファウリの足元には色とりどりの花が揺れて、栗鼠や兎が跳ねている。
――メルヘンか。
いつの間にか寝てしまったのだろうか。
ガラにもない夢に、起きなくてはと頬を抓っていると、ファウリがハーツに気が付いた。
「あ。ハーツさん。おはようございます!」
同時にこちらへ視線を向けた栗鼠や小鳥がぱっと散っていく。
煩いほどに囀っていた小鳥の声は、遠くで囀るだけになり、足元に兎や栗鼠の姿もない。
今見た光景が、まるで無かったかのように、見慣れた森が広がっていた。
「ありがとうございまーす!」
ぽわぽわと頭の周りに花を散らすように、散っていった小鳥や栗鼠に礼を言うファウリだけが、メルヘンな空気を醸し出していた。
***
「目が覚めたら、小鳥が鳴いていて。ハーツさんの荷物はあったので、近くにいらっしゃるのだろうと思いました。折角なので、野イチゴをまた摘もうと思ったのですが、小鳥が呼びかけるように鳴くので、ついて行ったんです。そうしたら木の実を落としてくれました。ウサギさんやリスさんも手伝ってくれたんです」
にこにこ笑うファウリの前には、小さなグミやヤマモモの実もあれば、名前の分からない赤紫色や緑色の掌大の果実まで、ゴロゴロと置かれている。
信じがたい事だが、さっき自分も見てしまった。
目の前には証拠とも言える果実。
ハーツは真顔で移動をすると、ぺたんと座るファウリの前に片膝をついた。
――聖女だ。
誰にも気づかれなかった、もう一つの聖女の力。
そうとしか思えなかった。
「ファウリさん。――いえ。ファウリ様」
ぱちくり、とファウリが目を瞬く。こてん、と小首をかしげた。
可愛い。 ――いや、そうじゃなく。
「ハーツさん? どうしたんですか?」
「通常、森の獣は人を恐れます」
「ぁ、言っていましたね」
「ファウリ様。やはり、あなたは聖女なのだとおもいま」
「違います」
「いや、ですがさっき」
「違います」
「ファウリ様」
「違いますぅーっ!」
ちゃうちゃうちゃうと首をぶんぶん振るファウリ。
またこれか。
「女神の水晶が光るの次は、小鳥と仲良しになれる、ですか? なんて報告をするんですか? 動物が懐きますなんて、しょぼい力が加わった所で、何の役に立つんです? 無能に毛が生えただけじゃないですか。やっと神殿から出られたんです。私はただの平民です。聖女じゃありません。平民です!」
下唇を噛み、ぷるぷると首を振るファウリ。
確かにファウリのいうように、動物に懐かれるからなんだと、国は一蹴するだろう。
見ていなければ、ハーツも『なんだそれ』と思ってしまったかもしれない。
言葉にすると、残念感が凄くなってしまう。
やっと自由を手に入れたファウリを、また神殿という名の檻の中に閉じ込める気など、さらさらない。
国に仕える騎士としては失格だろうが、幸い護送の騎士は自分だけ。
口を噤めば問題ない。
ふ、っとハーツが笑みを零した。
「陛下にも、神殿にも。報告は、しません」
ぱ、っとファウリが目を輝かせた。
「ですが、あなたは聖女です。きっと。あんな光景、見たことがありません。優しい、御伽噺の世界に迷い込んだかと思いました。ここからティアナグ=ノールまで、俺は護送としてではなく、あなたの護衛として、全力でお守り致します」
ハーツはファウリの手を取ると、その指先へ口づけた。
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後2話くらいでティアナグ=ノールに到着予定です。
到着出来るかな~…;
次は明日の朝8時くらい投稿予定です!