15,森の夜
その後、他の木の実を探してみたが、収穫は得られなかった。
ファウリが木の実を探す間、ハーツは野草を集めていたようだ。
手に雑草の束を握っている。
「食べられる草ですか?」
目をキラキラさせるファウリに、ハーツは楽しそうに笑った。
「はい。パンと干し肉だけだと味気ないので、スープでも作ろうかと」
「野の草のスープ! 私、食べてみたかったんです!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶファウリに、ハーツは声を上げて笑う。
「じゃあ、次は――」
「焚火ですね!」
「正解です。薪を拾って、火を付けましょう」
「私、やります!」
ハイ、っと片手をあげて見せると、ファウリは楽しそうに駆け出した。
***
「――付きました!」
開けた場所を拠点として、枝を集め、焚火に火を付ける。
前回よりも大分早く、火種は麻紐の上に落ち、小枝へと燃え移った。
ドヤっとした顔で、ファウリが見上げてくれば、ハーツは良くできましたと、ファウリの頭を撫でてやる。
「ハーツさん、私、もう少し火を付ける練習をしても良いですか?」
「構いませんよ。火口の麻紐は予備があるので、後で一束差し上げましょうね」
「有難うございます!」
ファウリは口元を綻ばせながら、点火具で火を付けては焚火の中に投げ込んでいる。
ぎこちなかった手さばきが、少しずつ慣れた動きに変わっていく。
コツは掴んだようだった。
「うん、上手く付けられるようになりましたね。さ。そろそろ食事にしましょう」
「はい!」
ファウリがひたすら火つけを練習している間、ハーツは水を汲み、野草と干し肉で簡単なスープを用意してくれた。
パンとスープ、野イチゴがデザートに付く。
「これってスープ、どうやって作ったんですか? 凄く美味しいです!」
「固形スープがあるんですよ。これです」
ハーツは鞄から油紙に包まれた丸いスープの素を見せてくれた。
「スープを煮詰めたものを丸めて乾燥させたものです。味付けはこっちの岩塩を削って使っています。どちらも街で買える代物ですね」
「そういうのも必要になるんですね」
「はい。後は、スープを作るのには鍋が必要ですね?」
ハーツはくつくつと音を立てる、鞄の底に入れてあった小ぶりの鍋を指さした。
「岩塩って、森には無いんでしょうか」
「俺は森で岩塩を集めたことはないですねぇ。店で買います」
「そうですか……」
ぅぅん、とファウリは渋い顔。
「嫌がりそうな気がしたので、スープの素と塩を入れていないスープをとっておきました。ちょっと飲んでみて?」
ハーツは脇に避けていたカップをファウリへ差し出した。
「頂きます。……あ……味がないっていうか……。うすーく、苦いような青臭いような味が……」
「はい、不味いです」
顔を顰めたファウリに、ハーツが可笑しそうに笑う。
「味付け、大事ですね」
「大事です。必要なものは、購入して、自分でできることは自分でする。妥協も必要ってことですね」
正直不味いスープをそっと横に置いて、ファウリはこくこくと頷いた。
***
食事を終えると、ハーツはナイフで蔓草の切り方、枝の切り方、果実の剥き方、野草の切り方を教えてくれた。
「切れました!」
勢いよくナイフを振ると、木の枝から垂れ下がる、細い蔓がスパンっと切れる。
「はい、細い蔓ならナイフでも切れますね」
「籠を作ろうと思っているんです。このくらいの蔓なら作れそうです」
「作り方はご存じで?」
「神殿にいた時に、リボンを使って練習をしていました。多分いけると思います。練習をすれば、多分」
「籠は俺も分からないですからねぇ」
練習、練習。頑張る、頑張る。
少しずつ、少しずつ、絶対無理と思われた野暮らしが、現実的になってきたかもしれない。
***
あたりが闇に包まれると、気温は一気に下がっていく。
二人は焚火を囲み、ケットに包まった。
「夜になると、寒いですね」
「ね? 今は春だから幾分暖かいですが、冬だったら死にますよ」
「無知って怖いです……」
隣国にいったら、野暮らしをすることしか、頭になかった。
すぐに生活ができると思っていた。
たとえ季節が冬だったとしても、迷わず野暮らしを選んでいたと思う。
火の起こし方も知らず、暖を取る為の布も持たず、きっとすぐに死んでいただろう。
「森の中は、あなたが出会った兎のように、可愛い動物もいます。ですが、同時に人を襲う獣や魔物も存在します。夜は決して火を絶やさぬように。獣にむやみに近づいてはいけませんよ」
「わかりました」
「森の奥ほど危険です。獣は人を恐れます。だから、街に近い場所ほど、獣は恐れて近づきません。魔物は、こういった魔除けの香を必ず用意してください。小物の魔物は近づいてこれません。最後の街で購入しましょう」
ハーツは荷物から小さな麻の巾着から、三角形に固められた緑色の香を取り出した。
魔物の嫌う匂いのする薬草をすりつぶして固めたものだ。
ハーツは焚火の炎で香に火を付けると、自分たちを囲むように、四か所、香を置いた。
「あ、結構良い香りなんですね」
爽やかな、落ち着いた香りが広がっていく。
「ええ。さぁ、明日は少し早く出発しますよ。大分遅れてしまったので」
「はい」
ファウリは促されるままに、ケットに包まり、柔らかい草の上に寝転がった。
草の香りと土の香りがする。見上げた空には満天の星。
さわさわと葉擦れの音。パチパチと薪の爆ぜる音。
遠くに聞こえる、梟の声。
憧れ続けた光景だ。
胸に迫ってくるものがある。
「ハーツさんは、寝ないんですか?」
「俺は火の番です。大丈夫、俺は護衛でもありますからね。明日馬車の中で寝かせて貰いますよ。ゆっくり休んで下さい」
「――はい」
焚火の向こうに照らされたハーツの笑みが優しくて、ファウリはふわふわと胸が暖かくなる。瞼を閉じると、すぐに小さな寝息を立て始めた。
ご閲覧・ブクマ・いいね、評価、有難うございます!
お待たせしました!
中々国の外に出られません…!><;
ティアナグ=ノールまで、後もうちょっと。もうしばらくお付き合い下さい。
Noをミスっちゃったので修正しました;;
次は夜、20時くらい投稿予定です!