14,兎の野イチゴ
ガタゴトと走る馬車の中、買ったばかりの真新しいナイフを手に、ファウリはずっと枝を切る真似をしている。
革製の鞘は刃に被せたままだし、手に枝は無い。
それでも、こうして、こうしてと小さく口の中で呟きながら、見えない枝を切り続けている。
「少しは休まないと野暮らしの疑似体験をする前に眠ってしまいますよ?」
「時間が勿体ないんです。ハーツさんが一緒に居て下さる間に、いっぱい覚えて置きたくて」
屈託なく笑うファウリに、ハーツも仕方がない、というように小さく笑った。
予定を変更し、野宿のポイントよりも大分手前、空が茜色に色づく頃、森の手前で馬車が止まる。
前もって御者に話を通しておいたらしい。
「それじゃ、ファウリさん。野暮らしをしているつもりで、木の実を探してみてください。森の奥へは行ったら駄目ですよ。離れたら――」
「ずどん、ですね。わかりました!」
くすくすと笑うと、ファウリは元気よく駆け出していく。
見失わないように、ハーツはずっと目でファウリの姿を追った。
あっちの茂み、こっちの木立。うろうろと歩き回っては、ぱっと駆け出し木立を見上げる。
半径五メートル程だろうか。
ファウリは言われた通り、一定の距離から奥へは進まなかった。
時々確認するように、ハーツの方を見ては、手をぱたぱたと大きく振る。
暫くうろうろとしていたファウリは、何かに気づいたように足を止め、ぱっと破顔すると、茂みの方に駆け出した。
「――ん?」
茂みに隠れ見えなくなったファウリの姿を捉えようと、ハーツは視線をファウリの駆けていった方に、ゆっくりと近づいていった。
「――、――――、――」
小さく、ぽそぽそと、話す声が聞こえてくる。声は一つ。ファウリの声だ。
ふふふふふっと、鈴を転がすような笑い声も時々漏れてくる。
――なんだ? 誰かいるのか?
そろりとハーツが更に近づくと、ガサっと音がして茂みが揺れた。
「あ」
残念そうなファウリの声が、すぐ近くではっきりと聞こえる。
茂みを迂回すると、ファウリがこっちに顔を向けていた。
膝に手を付き、屈むような姿勢。
まるで、小さい何かと話していたように。
「ファウリさん?」
「うさぎさんが」
「兎?」
ファウリの視線の先を辿ると、茶色い毛に覆われた野兎が、ピョコっと耳を立て、身構えるような格好でこちらをじっと見ていた。ハーツと目が合うと、兎は一目散にわさわさと茂る草の向こうに見えなくなった。
「可愛いですね」
ふふふふふっと笑うと、ファウリはすたすたと歩き出す。
ハーツが慌ててその後を追った。
「――あった! ハーツさん、ありました!」
パァ、っと笑みを向けて振り返ったファウリの向こう、足元の小さな茂みにこんもりと、鮮やかな赤い木の実が、たわわに実っていた。野イチゴの実だ。
「……嘘だろ……」
食べられる木の実は、そう簡単に見つかるものではない。
熟した果実は森の獣や鳥が食べていく。
そう簡単には見つからない、と教えようと思ったのに、さほど時間も立たないうちに、もう見つけてしまった。
それも、ここにあるのを知っていたかのように。
「ファウリさん、よくここにあるってわかりましたね?」
「さっき、うさぎさんが教えてくれたんです」
「――うさぎ?」
ハーツは先ほど逃げていった兎が飛び込んだ茂みの方へ視線を向けた。
ファウリは赤い野イチゴの実を摘んでは、嬉しそうに口に放り込んでいる。
「はい!」
「兎と……話せるんですか?」
「あ、話せるわけじゃないんですが。こっちにあるよって、こう……目で教えてくれたというか」
「目で」
「こう、こっちにね、あるんだよー、って。こう、ちら、ちら、こっちだよ? みたいな」
ファウリは、兎の真似だろうか。ちょん、と手を揃え、胸の前にあげて、ちら、ちらっと野イチゴを見ては、ハーツを見上げ、少し近づいてまた野イチゴを、としてみせた。
兎が。
人間に。
野イチゴの場所を。
そんなことがあるわけが、と笑いそうになったところで。
――『聖女』。
ふと、脳裏をそんな言葉が掠める。
女神の水晶を光らせる娘。
それしか出来ない無能の聖女。
――本当に?
他に何もないと、誰が証明できる?
聖女など、伝承にしか残っていないのだ。
御伽噺にあるような力が無いからといって、何故聖女ではないと言い切れる?
少なくとも、『女神の水晶は光る』のだ。
――まさか。
偶然だろう。きっとそうだ。
逃げ道を探した兎の挙動が、偶然そう見えただけだろう。
ハ―ツは浮かんだ考えを振り払うように頭を振った。
「ハーツさん、甘くておいしいです!」
ぱたぱたと手招きをして、野イチゴを詰んでは口に入れるファウリに、ハーツも「はい」と返事を返し、赤い野イチゴを一つ摘むと、口の中へ放り込んだ。
甘く瑞々しい果実の味が、口いっぱいに広がった。
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次は~~、明日の午前中には1本、投稿したいと思います。
力尽きてたら、明日中には><;
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