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13,お買い物

 その日、ファウリは夜遅くまで、黙々と枝を切り続けた。

 眠気に負けて、ベッドに入り、すぐに寝入ってしまったらしい。

 気づいた時は、朝だった。大分日も高いらしい。窓から明るい光が差し込んでいる。


「すみません、寝過ごしました!」


 慌てて飛び起きると、格子越しにハーツが楽しそうに笑った。


「良く眠れたみたいですね。昨日は遅かったんでしょう? 今日は買い物をする予定でしたから、ゆっくりで大丈夫ですよ。御者には伝えてあります」


「つい、夢中になってしまいました」


 えへへと笑って掌を見ると、ぷっくりとマメが出来ている。


「あー、マメが出来ちゃいましたか。薬も買った方が良さそうですね」


「いいえ、大丈夫です。ちょっと嬉しいんです。やっと、『頑張った手』になれたので」


「頑張った手?」


 思わずハーツも手を広げ、自分の手を眺める。

 剣ダコの出来た、マメだらけのごつごつとした手だ。


「はい。手に出来たマメは、頑張った証だと本にありました。ちゃんと意味のある『頑張る』が出来たのが嬉しいんです」


 ひりひりと痛み、不格好にぷくぷくと膨らんだマメは、ファウリが自分の夢の為に頑張った証だ。

 寂しいのを我慢する『頑張る』も、出来ない奇跡を『頑張る』も、聖女らしくない自分を隠す『頑張る』も、ずっと、何のために頑張っているのだろうと、虚無感ばかりが胸をしめたが。


 意味を持つ『頑張る』は、とても自分が誇らしく、『私頑張った』と褒めてやりたくなる。


 ほら、っと両手の掌を、ハーツへ向けた。


「ね? 頑張った手でしょう? 私、頑張りました!」


「はい。頑張りましたね、ファウリさん、えらいです」


「頭、撫でてくれますか?」


「――はい?」


「頑張った子は、頭を撫でて貰えると本にありました。撫でてくれますか?」


 ファウリはぱたぱたと鉄格子へ駆け寄ると、撫でてと頭を差し出した。


 暫し呆気に取られていたハーツは、少し照れくさそうに頬を掻くと、そっと格子越しにファウリの小さな頭に触れた。

 まだ艶を失わない、サラサラとした髪を撫でる。

 ふわりと胸に、愛おしいという感情が沸いて、きゅんとくる。

 妹がいたらこんな感じなのだろうか。可愛いなぁ、っとほっこりする。


「……。うん。ファウリさんは、頑張りました。えらいです。いい子です」


 えへへと嬉しそうに笑うファウリは、内面だけは幼子のようだった。


***


「わぁぁ……。凄いです、街です! 私街を歩いています!」


 昼間の街は、そこそこの賑わいを見せていた。

 大通りに沿って、色とりどりの露店が軒を並べている。

 いかにも冒険者といった風貌の人々は、どこか装いも奇抜で派手だ。

 太ももあたりまで足を晒した女性や、見上げるほど大きな杖を持つ人が闊歩している。

 吸い込まれるように入っていくのは、ギルドだろうか。

 買い物途中の子連れの女性は見慣れた踝まであるスカートだ。

 スキンヘッドの入れ墨をした大男が、荷車に大きな荷物を積んでいる。

 人が歩く歩道の一段下の広い道を、幌付きの馬車が、車輪の音を響かせて駆け抜けていく。

 まるで物語の世界へ迷い込んだようだった。


「そうですね、街ですね。はぐれないようにしてくださいね? 離れるとズドンですよ。ズドン」


 トントン、とハーツが腕輪を指す。

 本来なら、こうやって街を歩くなど、許されないことのはずだ。

 ファウリも自分の腕輪に視線を落とし、それからハーツのシャツの裾を、ちょんっと摘まんだ。


「うっかりはぐれると怖いので、つかまっていていいですか?」


 既にシャツを摘まんでいるのだが。

 何だか妙にむずむずとする。

 ポリ、と頬を掻いたハーツは、視線をそっぽ向けながら、ずいっと片手を差し出した。


「こっちを掴んでいてください。はぐれられると怖いので」


「ぁ、はいっ!」


 ニコニコと躊躇いなく手を握ってくるファウリに比べ、柔らかく小さな手がすっぽりと自分の手の中に納まると、どきんと鼓動が跳ねて、何となくソワソワしてしまうのは、独身男の悲しい性なのだろうか。


「とりあえず、今から向かうのは冒険者の為の店です。野暮らしに必要なものは大抵揃っていますよ」


「点火具もありますか?」


「ありますよ」


 ハーツの案内してくれた店は、大通りから少し外れた、宿から歩いて五分ほどの場所だった。

 古びた煉瓦造りの店で、煤けた木の看板が風に揺れている。


「ハーツさんは、このお店に来たことがあるのですか?」


 ギィ、と軋んだ音を立てる店の戸を開けるハーツに、ファウリが店を覗き込みながら尋ねた。


 店の中は薄暗く、ごちゃごちゃと乱雑で、天井に張り巡らされたロープから、幾つも灯りの灯ったカンテラや、乾燥中の薬草が所せましとぶら下がり、立てかけられた長い梯子には巻いたロープが括られている。

 埃っぽい棚には点火具を始め、丸薬の入った瓶や魔術書、魔道具らしいアクセサリー、床に置かれた木箱には補充用の弓矢が乱雑に突っ込まれ、床には厚い革製のブーツなどが直に並べられていた。


「ええ、護送の帰りに何度か。こうして護送する方と一緒に来たのは初めてですが」


 ハーツは慣れた足取りでファウリの手を引いたまま、狭い店内をするする歩き、ナイフや点火具の置かれた棚からファウリの手に馴染むものを選んでいく。

 他にもケットやらカンテラといった、ティアナグ=ノールについてから必要になるだろうものや、釣り用の針や糸を購入した。


 少々値は張ったが、神殿で貰った硬貨で支払いをする。硬貨はまだ、十分にある。

 払うと言ってくれたハーツには、やってみたいからと丁重に断った。


 その後は、ハーツの奢りでパン屋でパンを買い、肉屋で干し肉を買い、ついでに屋台で串に刺した肉と果実水を買って、広場のベンチで並んで食べる。


 気づけば何やらデートのようになりながら、昼近く、待たせていた御者に何度も頭を下げてから、漸く馬車へと乗り込んだ。


ご閲覧・ブクマ・いいね、評価、有難うございます!

間に合いました~w


次は夜、20時くらい、投稿予定です。

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