10,やらずに諦めたくはない
笑うハーツに一緒になってきゃっきゃと笑うファウリ。
――いや。笑いごとじゃなくね?
目を輝かせ、興奮気味に夢を語るファウリがあまりに楽しそうで、つい笑ってしまったが。
いや、ちょっと待て。
段々ハーツの笑いが渇いていく。
うん、少女らしい夢だ。
楽しそうだとも思う。
自分も大人になった今でもツリーハウスには心が躍る。
何の肉か分からない棍棒のような大きな骨付き肉とか、一度は食べてみたいと思う。
だから、気持ちは分かる。
分かるのだが。
ファウリが聖女の任についたのは、まだ幼少の頃だったと聞く。
それからずっと、神殿の奥深く、秘匿されてきた娘だ。
つまるところ、深窓の令嬢、半端ない箱入り娘。
世間知らずの『聖女』が、木こり小屋? 自給自足? 一人で?
――大丈夫かこれ。
あっという間に簀巻きにされて売り飛ばされる姿を想像してしまった。
寧ろ数日で行き倒れる予感しかない。
「あ――、いや、待って。ファウリさん、一人で生活をなさるおつもりで?」
「はい!」
「……木こり小屋で?」
「はい!」
物凄い純真無垢なキラキラしい瞳を向けられて、ハーツの頬がヒクリと引きつる。
「えっと。魚釣り、良く知っていましたね?」
「はい、本の挿絵に描かれていました。先ほどの子供たちのように村の少年たちが川べりで枝を持ち、魚を釣るシーンです」
「……魚を見たことは?」
「ムニエルなら」
――切り身じゃねぇか。
「火をつけたことは?」
「ありませんが、本に木の板に枝をこすりつけて火をおこすシーンが載っていました」
――原始か。
「食べ物はどうなさるおつもりで……?」
「木の実を集めたり、野草やきのこで料理をしようかと」
――毒キノコをほくほくと採る姿が目に浮かぶ。
「……ナイフを使ったことは?」
「……ありません」
「……料理をしたことは?」
「……ありません」
拗ねたように唇を尖らせ、段々声が小さくなるファウリに、馬車の中の空気も重苦しい。
窓の向こうでは小鳥が爽やかにさえずり、空は快晴、心地よい風が拭きわたっているのに。
ガラゴロ響く車輪の音が空々しい。
「で、でも大丈夫です! 神殿に居た時に、本は沢山読みました! 罠の作り方も弓矢の作り方も知っています!」
何故狩る気満々なのか。
寧ろ獲物を狩った後、どうやって捌くつもりなのか。寧ろ狩りが出来るとはとても思えない。
知識だけあっても、そう簡単には行かないのだ。
今は春だからまだ良いが、冬になったら確実に死ぬんじゃないか? この子。
「……。うん。悪いことは言わない。木こり小屋はファウリさんにはハードルが高いかと。ティアナグ=ノールについたら、まず街に行って、何か仕事探した方が良いですよ。読み書きは出来ますよね? それならきっとすぐに仕事が見つか」
「嫌です」
「いや、ですが」
「嫌ですっ」
「ファウリさん」
「嫌です――っ」
やだやだやだ、っと首をぶんぶん振るファウリ。
そんなに振らんでも。頭がもげそうだ。
駄々っ子か。
「夢なんです!」
がばっと顔を上げたファウリの瞳が、まっすぐにハーツの目を射抜いた。
あまりに真摯なその瞳に、どきりと鼓動が跳ねる。
平凡に見えた茶色の瞳は、窓から差し込む光を受けて、さながら琥珀のような輝きを帯びていた。
「ずっと、ずっとずっと、それだけが私の支えだったんです! いつか、神殿の外に出て、『野暮らし公女』のように生きるって! やってもいないのに、諦めたくはありません! 私は、確かに何も出来ない、出来損ないです、でも、夢なんです、やってみたいんです! 何でも、全部自分の力で!」
「――――……」
はぁはぁと肩で息をするファウリを、ハーツは呆気に取られ、眺めるしか出来なかった。
無理だと思う。無謀だと思う。止めるべきだ、そう思う。
けれど、なんて激しい。否定する自分が、間違っている気になってくる。
所詮自分は護送を任されたただの他人だ。
彼女の人生は、彼女にしか、決められない。
自由の無かった聖女の枠から解き放たれた彼女を止める権利は、誰にも無いのだ。
例えそれがどれほど馬鹿げていようとも。
ハーツは力を抜くと、ゆっくり、息を吐いた。
下唇を嚙みしめて、ぷるぷるしながら、さながら小さな獣のように、まっすぐに自分を見つめる小柄な少女。
ハーツは思わず、ふにゃりとした笑みを浮かべると、ファウリが、その笑みにつられたように、少し呆けた顔で、ぱちぱちと目を瞬かせる。
きょとんとするのが可愛らしく、思わず笑ってしまった。
「分かりました。なら、残りの道中、出来る限りの事はお教えします。だけど、危険だと思ったり、無理だと思ったら、大人しく街で仕事を探してみてください。色々体験して、経験を積んで。それからまた、チャレンジしても、遅くは無いと思いますよ」
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