こんやくはき
婚約破棄モノなど見慣れた風景でしょうが…
よろしくお願いします
「ガーネット公爵令嬢ローズ!! 私はお前の幾多に渡る乱暴狼藉に、ほとほと嫌気がさした! 特にファティマに対する嫌がらせだ! 何度言っても改める気がないのだから、お前をこのまま私の婚約者にはしておけない! 今日をもって私たちの婚約は、は、破棄だっ!」
勇ましくも大層重大な発言をしたのは、この国の第一王子殿下。輝く金髪と国王陛下譲りの緑の瞳。聡明な彼は眉間に皺を寄せ、厳しい表情で正面に立つ少女を睨みつける。
王子の言葉を沈痛な面持ちで聞いていた少女は、彼の婚約者であるガーネット公爵令嬢ローズ。彼女は見事な最敬礼のカーテシーを披露し、目線を上げないまま、口を開いた。
「恐れながら殿下。わたくしはいつでも、この婚約を破棄する所存でございます。如何様にもご処分くださいませ」
公爵令嬢がそう言ったきり、場はシン……と静まり返った。
余りにも無言が続く事を訝しく思ったのか、公爵令嬢が視線をあげると、そこには滂沱の涙を流す第一王子がいた。
それはもう、緑の瞳一杯に涙を溜め、それがぼたぼたと零れ落ち、ついでに鼻水も盛大に垂れ流し、口をへの字に曲げ慟哭を堪えている。
「殿下…わたくしの為に、泣いてくださるのですか…」
カーテシーを解いた令嬢が、慌てて王子に寄り添う。隠しポケットからハンカチを取り出し、王子の頬に当てる。
「ぼ、僕は……嘘でも……こんなこと、いいたくない……ぼくぅ……ううっ……」
「殿下…泣かないでくだ……しゃい……ましぃ…」
慰めていたはずの令嬢も、王子につられたように瞳一杯に涙を溜めた。
「ローズぅ…ぼくは……ううっ……ぼくは、言わない、ぜったい、いわない。いやだ、ろーずと、けっこん、しゅるからっ……っひっく……」
王子は令嬢を抱き締めた。
「でんかぁ……わたしもっ……ほんとうは……ひっく……ふぇぇぇぇぇぇえん!」
令嬢も王子を抱き締め返し、ふたりは大声をあげて泣き始めた。
ふぅー、やれやれ。
王子宮筆頭侍女のケイトは温かい眼差しで若き主人たちを見守っていた。どうやら今日の茶番は終わったらしい。
ここ最近、若き主人たちのお気に入りの『ごっこ遊び』がこれだった。『婚約破棄断罪シーン再現ごっこ』(と勝手にケイトは名付けている)。王子の婚約者であらせられる公爵令嬢が言い出した、この『ごっこ遊び』はかなりディティールに凝っていて、見守る侍従たちは毎回ハラハラしてしまう。
設定は学園の卒業式で、王子が浮気をし、浮気相手をイジメたと言って婚約者を断罪すると同時に婚約破棄を告げるのだそうだ。
ある日突然、公爵令嬢は
『殿下はいずれ、わたくしを断罪し、こんやくはきを宣言するのです!』
と王子本人に言うから驚いた。王子本人も何を言われたのか判らない表情できょとんとされていた。
さもあろう、この時のお二人の年齢は5歳。今年6歳になられたお二人は、令嬢が『こんな風に言いますのよ』と演技指導の元、再現するようになっていた。そして、毎回再現途中で殿下が「ぼくは嫌だ、ぜったい破棄しない」と泣きだし、令嬢がそれに吊られるように「わたくしも嫌ですぅ」と泣き出して、二人で泣き疲れて寝てしまうのがお決まりのパターンである。
そんなお二人のご様子がとても愛らしいので、毎回そのご様子を撮影用水晶に記録している。
さてさて。
現在、お二人は6歳。学園の卒業式は18歳で行われるので、令嬢の予言が正しければ12年後にその断罪は行われる。らしい。
しかし、殿下にはこの映像を18歳になるまで毎日、いえせめて1週間に1度はご覧になって頂こうと画策している。ローズがいいと泣きじゃくる様は愛らしいし、思春期になられた殿下の心を抉る……いえ、弱みを握る……いえいえ、ご自分を冷静に客観視する手助けになるだろう。万が一婚約関係を維持できない程お好きな相手が現れたのなら、穏便に解消するように言い含めよう。こんな阿呆らしい断罪劇などを卒業式で披露されたら、王族の恥晒し以外の何物でもない。お好きになったお相手がそれなりの家門ならば良し、そうでないなら側妃や愛妾という形もあるのだと、殿下はそれが許されるご身分だとちゃんとお伝えしよう。
ま、それはもうちょっと先の話だし、派閥やらなんやら面倒臭い縛りは多々あるけれど。
目の前の殿下と公爵令嬢は、お互いの涙を拭き合ってにっこりと微笑んでいる。この愛らしいお二人の為に甘いジュースを用意しながら、ケイトは未来に思いを馳せた。
おしまい
お目汚し、失礼いたしました。
2021.12.23追記
この拙いお話の続きが読みたいという温かいお言葉を頂き、続きを書いてみました。
『私は悪役令嬢になる前に躓き、失敗ヒロインと出会った。王子様はどうなったの?』です。
よろしければ、このふたりのその後をお楽しみくださいませ。
<(_ _)>