インフォメーション
20年前に書いたものを残しておこうと思ったものです、ので、未完結ですが続きはありません。ご了承ください。
彼女の名前は舞美。
菊川舞美という15歳の高校1年生。
美少女、というほどの容貌はしていないが、目鼻立ちはくっきりしており、日本人と東南アジア系のハーフ、という雰囲気を持っている。
舞美は、ごく一般家庭の一般女子高生である。
…菊川舞美、は。
「まい!」
親友の恭子からパスされたボールを舞美が受け取る。
そのまま軽やかにディフェンスを交わし、ワン・ツー・ステップを踏んでジャンプし、ボールをバスケットへ流し込む。
「ナイッシュー!!」
体育館全体に響き渡るくらいの歓声が女子バスケ部員から巻き起こる。
「そ、そんな、いちいち湧きあがるような声ださなくっていいよぉー」
着地した舞美は、恥ずかしそうにボールを拾い上げて言う。
そんな舞美の背中を恭子がぱしんと軽くたたく。
「思わず声が出ちゃうのっ。あんたのシュートって、見てて気持ちがいいんだよね。ボールがリングの中に吸い込まれるように綺麗に決まるんだもん。なかなか真似できるもんじゃないから羨ましいのよう!…ね、どうやったらあんなシュート打てるの?」
「知らないよ〜。ただ、教えられたとおりにやってんだから。…それに今のは、恭ちゃんのパスが良かったからキレイに決まったんじゃない?」
「うん、それは言える。」
恭子の即答に、舞美はにっこり笑って返した。
その時、2人の先輩である少女がふと口を開いた。
「菊川さんのシュートってさ、2年男子バスケの堀本のシュートに似てない?」
皆の視線が、一斉に彼女に集中する。
「いえてる!あ、そうそう、堀本が自称してたじゃない、『俺のシュートは誰にも真似できない』なあーんて!あいつ菊川さんのシュート見たら、どう思うのかなあ!」
2年生がワイワイ盛り上がり始めていた。
と、ほどなく顧問の教師から注意されて一斉に散ってゆき、再びマン・ツー・マンの練習に戻った。
(…堀本…?)
舞美はその男の名を頭でリピートさせた。
女子バスケと男子バスケの練習時間は別の曜日にスケジュールされており、舞美はまだ1度も男子の練習を見たことがなかった。
「ねえ、恭ちゃん、堀本って?」
練習が終わり、すっかり暗くなった夜道を歩いている少女が2人。
舞美と、恭子である。
「堀本、先輩、ね。」
恭子は『先輩』を強調した。
呼び捨てにはしないように、と舞美を暗にたしなめているようだ。
しかし、すぐに口の端をあげて、笑んだ。
「…なかなか、かっこいいよ。」
恭子は一瞬ポカンとし、直後眉をひそめた。
「ルックスでバスケやるわけじゃないでしょー?聞いてるのはそんなことじゃなくてえ…」
舞美が言いかけると、恭子は片手をおおげさに前に出し、相手を制するようなわざとらしい仕草をした。
「皆までいうな。うんうん、わかっとるよ、シュートのことだろ?」
舞美は、そのおどけた仕草に微笑しながらもコクンと頷いた。
「うーん、確かに似てるといえば似てるんだけど、堀本先輩って身長高いから、あんたみたいにボールがフワリと浮くことはないんだな。スッとストレートに入るっつーか…」
「身長?何センチ?」
「さー、わかんないけど、185cmはあるんじゃないの?」
「185!いいなあ、理想的身長!!」
舞美は驚嘆の表情を浮かべ、自分もそれだけあったらどんなにバスケに有利なことか、と思った。
けれど、バスケ以外では185もあったら女の子としてはどうなんだろう…と同時に考えたので、すぐに羨ましさはなくなった。
舞美の身長は、現在160cmである。
その言葉に、恭子がさらに口の両端をあげた。
「…理想的?…あんたにとって?」
「ち、ちがーう!!バスケにとって!!」
恭子のからかいがちの口調に対し、舞美はいつもムキになって応じる。
舞美に好きな人がちっともできないので、恭子は面白がってそんなふうに話を振ることが多かった。
バルルルル!
突然、2人の後ろからバイクの爆音が聞こえてきた。
「な…?!」
2人の少女が後ろを振り返ると、迫ってくる車体を避けるため、反射的に道路の右と左のふた手に分かれる。
その間を1台目のバイクが通り過ぎると、2台目のバイクがその後を追って去っていった。
…後ろのバイクに乗っていた人物がしきりに前の人物の名前を呼びかけていたように、舞美には聞こえた。
「うっわー、ハタ迷惑!」
恭子は遠くに去った2台のバイクを見つめながら言った。
「2台目に乗ってた人、『カズ』とかいいながら、追っかけていったね。」
舞美が特に何を期待するでもなく、呟いた。
「え、そうなの?じゃあ、もしかしたら、最初の人が堀本先輩かもしんない。」
「え?」
「堀本先輩って、下の名前は「一樹」っていうんだ。バイクの免許持ってるって言ってたし。」
平然と言う恭子に、舞美は少し呆れた。
「ちょっとー。うちの高校は免許とるのは許してても、通学はダメでしょー?見つかったらヤバイんでしょ?」
「見つかんなきゃいいのよ♪…じゃ、またねーん」
面喰っている舞美に別れを告げ、恭子は舞美と別方向の道を進んでいく。
ここが、2人の家へ向かう道の分岐点だった。
舞美はそこから2分ほど歩いて、自宅の門をくぐる。
…丁度その時、舞美は塀の影に潜むバイクに気づいていなかった。
「カズ!!!パスやパス、カズ、カズーーーーーー!!!」
その叫ぶような声を無視して、堀本一樹は速攻、直進する。
そしてとうとう、ゴール下まで走り抜け、綺麗にランニングシュートを決める。
「こらーーー!!何度も一人でいいとこ持っていくなドアホー!きいとんのか、カズ!」
副キャプテンの声を聞き、彼の側に来てようやく立ち止まった一樹はポツリと、しかし彼に聞こえるように呟いた。
「…最近難聴で。」
真顔で言っていたが、それは一樹の戯言だと彼は分かっている。
「おんどりゃー!なめくさってるなああっ!しばいたろかーっ!!」
その言葉も、本気は含んでいない。
「まあまあ、血圧あがってぽっくりいっちゃいますよー、サブおじーちゃん。」
バスケ部の同級生になだめられ、老け顔でからかわれがちの副キャプテンは、なおさら声を大きくした。
「誰がサブや、っちゅーか、誰がおじーちゃんや!」
矛先がそちらへ向いたことを幸いと、一樹は壁にもたれ座りこんでシューズの紐を結びなおす。
その一樹の視界に、一組の足先が入った。
「おまえも少しはパスまわせよ。でないと、練習の意味がない。」
一樹が顔をあげたところには、キャプテンの宮下がいて、彼にそう説教した。
一樹はコクンと頷くと、再び紐を縛る事に専念する。
宮下はしばらくそこに立ってその様子を見ていたが、ふと思い出したように呟いた。
「そうそう、お前のシュート、誰やら女子バスケでマスターした奴がいるそうだぞ。しかも、1年で。」
「…ああ、…知ってますよ。菊川舞美、って子だ。」
手元を少し休めて、一樹はそう答えた。
そして、付け加える。
「…ただ…マスターしたってわけでなく、あのシュートの仕方は菊川舞美って子独自のものですよ。」
「へえ、偶然似たようなシュートになった、ってわけか。」
組んでいた腕をとき、宮下は一樹の返答にいささか驚いたようだった。
チャイムの音が鳴る。
予鈴だ。
予鈴と同時に朝練は終わり、部員は着替えに続々とロッカールームへと向かう。
宮下と堀本一樹も他に言葉を交わすことなく、それに倣った。
舞美はその日、遅刻した。
朝練がないから寝過してしまったようだ。
教室へ向かうため、保健室の前の廊下を早足で通っていくと、ちょうどその扉が開いた。
思わず舞美はそちらを振り返っていた。
そこにいたのは、長身の男子生徒で、片手にバンドエイドを持っていた。
(あ、この人、知ってる)
舞美は思った。
あれ?
何で知ってんだろ?という疑問がかけぬけたが、すぐに解決した。
そう、彼は生徒総会で会計の席に座っていた男子生徒であった。
生徒会の中で一際目立っていたのを舞美は覚えている。
目立つ要因は、背の高さと、顔の良さ、とでもいおうか。
その男子学生と目が合った舞美はバツが悪くなり、すぐに正面に向き直って歩き始めた。
その時、彼が後ろで独り言のように呟いたのを舞美は聞いた。
「あ、菊川舞美…」
自分の名前を呼ばれたのは分かったが、舞美は後ろを振り返らず、さらに足早でその場を駆け去った。
舞美にとっては今の独り言はオオゴトだったため気が動転し、単にどうしていいか分からなかったのだ。
(な、なんでこの人、私の名前を知ってるのーーーーっ??)
繁華街の路地裏に、金髪の美少女が舞い降りた。
その直後、同じ髪の色をしたスーツ姿の青年が姿を現す。
ふたりとも、さきほどまでは何もなかった空間の、中から。
「…少し、位置と時間がずれたようね。」
紫の瞳に金色の睫毛を被せて瞬きをしながら少女は言った。
舞美をハーフのような雰囲気と形容するなら、彼女は異国人そのものの容貌をしている。
「しかし、世界はあっています。微調整しましょうか。それとも、このままこの中を移動しますか?」
少女と釣り合いのとれた美青年と言える男が、優美に口を開いた。
敬語を使っているせいもあるのか、実に機械的な響きを持っている。
「―そうね…」
少女が言葉を続けようとした時、
「なんだお前らあ?」
と、男の言葉にさえぎられた。
金髪2人は、目線だけそちらのほうへ動かした。
大通りに出る方向から、数人の男がやってくるのが見える。
色とりどりの髪を逆立て、咥えタバコをふかしながら、いかにもゴロツキです…といった風体の輩だった。
「外人かあ?すげーいい女じゃねえか、おれたちと遊んでくれねえ?」
人目のつかない路地裏ということもあってか、堂々としたものだ。
2人は冷ややかな目線だけをそちらに送り続ける。
「あん?そっちの男は余計だなあ〜?」
もう少しでこの輩は至近距離までやってくる。
金髪少女は、煩い蠅を忌むように眉をひそめた。
「…下衆どもが。…調整でいきましょう、シュネーツ。」
ふわりと髪をなびかせて、その男どもに背を見せる。
男達は激昂した。
「言ってくれるじゃねえか、ネーチャン!面白い日本語知っとるのお!」
赤く髪を染め上げた男が、少女の方をグイっと引っ張る。
とたん、その手が大きく払われた。
「気安く触るな。」
シュネーツと呼ばれた金髪の青年が、少女と男の間に立つ。
「なんだとこらあ!!」
男どもが一斉にファビュラスに殴りかかる、が、彼はその攻撃をいとも簡単にかわし続けた。
「殺ってしまえばいいわ、シュネーツ!」
金髪少女が大声を出す。
「…しかし、タイムパラドックスができてしまいますが…」」
避け続けながらも息を少しも乱さないまま、シュネーツは淡々といった。
「いいわよ、そんなの。こいつらの死ぬ世界がまた1つ増えるだけでしょ」
「…なら、私たちもまた、世界を移らなければ…」
「かまわないわ」
「了解」
その会話が終了した直後、何事もなかったようにその場所は静まり返った。
男数体の惨殺死体が残っている以外は。
2人の姿は、もう、そこにはなかった。
科学準備室に、舞美が入室した。
担任が科学の教師であるために、掃除当番は教室以外にこの場所も清掃しなくてはならないのだ。
今日は舞美の友人が当番だったのだが、予定の入った友人に頼み込まれて、人の良い舞美は代わってしまった。
(あーん、堀本先輩を見たかったのに!)
今日は恭子と、男子バスケの練習を見学するつもりだった。
なのに、こんな雑用が入ってしまったのだ。
適当に掃き掃除をしていると、背後で「ボスン」と何やら音がした気がした。
なんだろう、と、思いつつ、そちらに向かいがてら机脇のゴミ箱に塵取のゴミを捨てようとした時…
その中にバスケットボールがあることに気づいた。
「あーっ!一体誰よーこんなとこにボール捨ててんのわ!」
バスケットボールを愛するがゆえ、ボールにも当然のように愛着をもつ舞美だった。
捨てた人を本気で怒っているに違いない。
ボールを拾い上げて確かめても、特に空気が抜けているとか、不具合は見受けられない…
が、ふと、何か文字が書いてあるのを発見した。
(────?!)
その文字を読んだ舞美は驚いて、ボールを落っことしそうになった。
『今日の18時半に裏門で待て、菊川舞美。─堀本─』
そうマジックでくっきりと書いてあった。
ボールをぐるぐる回して何度も読み返したが、文章も内容も変わるはずもなかった。
(い、いつ書いたのこれ?きょ、今日って今日?!で、でも私が見るとも限らないのに…)
疑問が浮かぶのも当然のことだったが、舞美はその内容にまで考えが達すると、急に顔を赤らめた。
(や、やだ、呼び出しなんて。いったい何だろ?!)
まだ見たこともない人物への期待感が、彼女にはあった。
時計を見上げると、…18時少し前だった。
「堀本先輩、今日は舞美が掃除当番なんで、見学はまた今度にしまーす!」
恭子が堀本一樹にそう告げる。
堀本は、手にボールを持って息をはずませ、恭子をじっと見つめる。
思わず恭子は眼を逸らした。
(堀本先輩って、こんなふーに何考えてんのかわかんないカオするときあるんだよねえ…)
恭子がちらっとそう思った時、堀本がようやく口を開いた。
「─どこ?」
「え!?」
恭子はあわてて視線を戻す。
「その舞美って子は、今どこで当番やってるの?」
「えーと、今は科学準備室だと思いますけど…」
「ふうん」
堀本はボールを手のひらと指先でもてあそぶ。
そして、そのまま部室へ去っていった。
(…そりゃ、今日、私が舞美連れてきますよーって言っておいたけど、そこまで気にするもんかしら?)
恭子はしばらく堀本の入っていった部室の扉を見ていた。
ほどなくそこから再び堀本が出てくる。
ボールを2,3度バウンドさせながら。
(…あら?)
恭子は、堀本の持っているボールに、何か文字が書かれていることに気づいた。ただ、内容までは読み取れなかった。
そのボールを使って、堀本がシュートを決める。
相変わらず綺麗なシュートで、ボールがリングに吸い込まれていくようだった。
(すごいなあ〜。早く舞美にも見せてあげたいなあ)
ほれぼれとしている恭子には、落ちてきたボールに文字が書かれていないことには、全く気がつかなかった。
何気なくそのボールを拾い上げて、堀本は時計を見た。
すでに18時半近かった。
「じゃあ、堀本先輩、また次の練習のときに舞美連れてきますねー」
恭子は鞄を持って立ち去る。
堀本はそれを見送り、ホッとした表情を浮かべていた。
舞美は、素直に18時半ぴったりに裏門にきた。
校舎と道路の境目あたりに立っていた。
それまでは、ずっと準備室で待機していたのだった。
…頭の中で、初めて会う人との会話をシミュレーションしながら。
突如、男の声が頭上から聞こえてくる。
ドキリとして舞美は後ろを振り返った。
しかし、そこにいたのは期待していた人物ではなかった。
「あ、あなたは生徒会の…」
そう、生徒会会計の、今朝の保健室の君であった。
舞美は、自分の名前を呼ばれたことを思い出す。
「えっ、…ああ、生徒会の役員もやらされてるけど…」
その男は意外なことを聞かれたような言い方をする。
「…も?」
「─って、…えと…俺が誰だか分かってる?菊川舞美さん。」
「誰…って、だから生徒会会計の…そして、朝の保健室前で会った…人ですよね?」
いまいち自信がないのか、舞美がそう答える。
あまり他人の顔を覚えていられるタチではないのだ。
「名前は分かる?」
「…知りません。」
舞美の返事に対し、彼は大きなタメ息で答える。
そして、続ける。
「─俺は堀本一樹。あんたを呼び出した本人だ。…どーやら、あんたは俺とその生徒会役員の俺とは別人と思っていたらしいな。」
舞美は一瞬何も分からない状態となった。
それから徐々に彼の言葉の意味を理解しはじめて全てが組み合わさったとき…
「ええええー?!」
大声で叫んでしまっていた。
「ちょ。そんな大声で…」
堀本は周囲を気にするようにする。
もともと裏門にはあまり人気がない。
が、人に注目されては困るような仕草だった。
「…っしかし、じゃあ、その分じゃ、何にも覚えてないんだろうな…」
「な、何をですかっ?」
舞美は彼の顔を下から見上げた。
そこから見た彼の顔もまた、高い鼻が目立っていて美形、といえた。
美形ではあるが美少年とは言い難く、線が細いわけではないためあごのラインもがっしりしていた。
スポーツしている筋肉によく似合った顔立ちだ。
その彼の唇が開いて何か言おうとしたが、すぐに再び閉じてしまった。
舞美は少し不安になる。
「あ…の、私って忘れっぽいので…何か先輩と約束してたんでしょうか?私…」
「そんなんじゃないよ。」
言いながら足で地面の石を転がし続ける堀本。
何を言えばいいのか迷っているのだろう。
「あんた…、あんたの本当の名前も覚えてないんだろう?」
「…は?」
「…菊川舞美は菊川舞美だと考えてるだろ。」
「─え、あ、、まあ、はい…」
舞美は狼狽していた。
一体何を言い出すんだろうこの人って。
実はちょっと危ない人だったりして。
舞美は悪いと思いながらも、そう感じずにはいられなかった。
「菊川舞美はあんたじゃない。菊川舞美はあんたの入れ物の名前だ。」
「─はい?!」
またもや彼女は上ずらせた声で聞き返していた。
いよいよ堀本一樹に対する疑念が増大してきた。
(な、なんか、想像と随分違う…)
「…菊川。お前、俺を精神異常者と思ってるだろ。」
冷ややかな視線が舞美に突き刺さる。
そこまでは思わなかったが十分「変」とは思い始めていた舞美である。
「えー、いえ、そんなこと…」
堀本は手を自分の頭にやって、軽く髪をかきあげた。
「俺にとっては菊川の方が異常なんだけど。」
その言葉に少し舞美はカチンときた。
人を捕まえておいて、人の事を異常呼ばわりするなんて、なんて礼儀のわきまえない人なんだろう!
「私、帰っていいですか?」
怒り口調で舞美が尋ねる。
「何言ってる、ここで迎えを待つ…って、ああ、覚えてないんだっけ。」
舞美は聞く耳を持たなかった。
くるりと堀本に背を向けると、そのまま直進して裏門を出ようとした。
が、ドン、と誰かにぶつかってそれを阻止された。
「あ。ごめんなさ…」
最後まで言い終える前に、舞美は接触した相手を見て絶句した。
ブロンドの髪、深い青の瞳、透きとおるような肌の色…どうみても日本人ではありえない、それどころか絵の世界から来たとしか思えない美青年が舞美の目の前に立っていたのだ。
「─MI105-9(エムアイ・テンファイブ・ナイン)」
その、美男子という形容でも表しきれない男性が、舞美に向かってそう言った。
キョトンとしている舞美の目の前に、もう一人のブロンド美形が現れた。
それは女性で、男の方よりは年少に見える。
2人とも、白い衣装を身にまとっている。
それは普通の白いワンピースとスーツだったが、その普通さが一層2人の容貌の華やかさを引き立てているように見える。
呆然と立ちすくしている舞美を見て、金髪美女はいぶかしげな表情を浮かべた。
「─何か、様子が変よ、MI105-9…だったかしら。もしかして、よくある『ミス』に陥ってるのではない?」
そう言って、金色の長い髪をなびかせながら片手を伸ばし、舞美に近寄ってくる。
思わず舞美は堀本の背に回り、彼の腕をギュッと掴んでしまう。
何故か、この金髪の女性に恐怖感が湧いてきたのだ。
「─そのようですよ、フェアリー。」
─そう言ったのは、堀本だった。
「どうやら彼女は…いや、『これ』は、記憶が混乱していると思われます。」
堀本の続けた言葉に、舞美は戸惑いと驚き、そして絶望感を覚えた。
堀本は、少なくとも自分と同じ世界の人間だと思っていたのに、異世界からやってきたような金髪同士と対等に話している。
じゃあ、私は…?
私は…
「あなたはマシンインフォメーションのNo105-9。情報の記録、ってわけよ。思い出さない?」
金髪女性…堀本にフェアリーと呼ばれた女が、舞美の視線を自分に向けさせ、真正面から語りかけてきた。
「な、なんなの、…それ…」
舞美の心臓は高鳴っていた。
「あなたは私たちに提供するための情報…『菊川舞美』って子の中に入り込んだ記録媒体なの。彼女…『菊川舞美』の生活情報ってわけ。分かる?」
フェアリーが説明を続ける中、舞美は一瞬、階段を踏み外し、そのまま落下したような感覚に陥った。
そして、頭の中にうごめくものを感じた。
「やだ…いやだ、いや!!!」
大声で叫ぶ舞美。
冷汗が全身から吹き出しそうだった。
「思い出しかけているようね。」
金髪女性が微かに笑った。
(私は…私は菊川舞美よ!それ以外の何者でもないわ!!なのに何?!頭の中に広がっていくこの記憶…?!)
舞美の変化に黙って3人がたたずんでいるところにバイク音が響いてきた。
「何?!」
フェアリーが振り返ったときには、ほんの数メートル向こうに黒色の大柄なバイクが迫ってきていた。
「!」
金髪の男女はひらりと身をかわし、側の塀に両足を乗せた。
「乗れ!!!」
手を差し出しながらスピードを少しゆるめてくる。迷わず舞美は、その手をとり、後部座席に飛び乗った。
バイクはそのまま走り抜けた。
「あれは─MI105-10!逃がさないで!!」
フェアリーはヒステリックに叫んだ。
が、横にいた金髪青年…ファビュラスが彼女の肩に手を置いてなだめるように言う。
「今は泳がせておきませんか。情報量が増えそうです。」
フェアリーは首を傾けてファビュラスを見すえた。
「…情報の氾濫暴走の情報…ね!あんまり嬉しくないけど。」
少し落ち着きを取り戻したフェアリーは静かな口調でごちた。
「…俺はどうすれば?」
堀本が2人に向かって聞く。
フェアリーがそれに応じる。
「そうね、今まで通りの生活をして、記録してちょうだい。」
「…それは無理でしょう、俺は今日の午前中まではもともとの堀本一樹だったんです。
自分は情報だってことを知った今、何も分からなかった以前と同じ生活はできませんよ。」
堀本…いや、MI105-11はそう告げた。
半ば、吐き捨てるように。
「でもその頃の記憶はあるのでしょう。大丈夫よ、できるわ。それとも、もう一度、『自分は情報だ』という記憶のほうを消して、『堀本一樹』に戻る?」
フェアリーにそう問われたとき、MI105-11は静かに首を振った。
─もう2度と、あんな衝撃は味わいたくない。
「じゃあ、よろしくね。」
フェアリーがすっと手をあげる。
「待ってくれ。」
MI105-11は消えていこうとするフェアリーとファビュラスを呼びとめた。
「何か?」
「奴らの処理は?」
「…とりあえずあなたの対処に任せてみるわ。うまく従順にさせてちょうだい。そうね、1か月の猶予を与えるわ、それまでは泳がせてあげる…そう伝えておいて。」
そういうと、2人は光に包まれながら薄れてゆく。
消え入る手前の一瞬、MI105-11はファビュラスと眼が合った。
そのファビュラスの眼は、何か言いたげであった─
(1か月後…か。今から彼らはそこへ行くんだろうか…)
堀本一樹の身体を借りているMI105-11は、重たい足を引きずるように運んで、自宅へと向かった。
【終わり】
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
※この創作は、20年くらい前、中高生の時にノートに書きなぐっていたもの。
さすがその頃の流行りというか、今ではホントによくある似非SF話ぽくて
恥ずかしいというか。
なんだよこの金髪美形の異世界人は!!ベタすぎるうううう!!
文体もほとんどその時のままです。
(あまりに恥ずかしいとこは少し言い回しなおしたりしましたが)
途中までしか書いてませんでしたので、ここで終了。
なんとなく、若いころのエネルギーをどこかに残してみたくて、
ここに投稿してみました。
半端なものをすみません。。。。