5. センスの問題?
「無事でよかった。怪我はないか?」
足取り重く宗泉李の所へ訪れるといつもと同じようにやさしい笑顔で迎え入れてくれた。
泉李は表向きは軍医として参加しているの裏方的な行動をとっているが、元将軍である国の英雄なので一目置かれているのは明らかであった。そのため医務室は離棟にあり教官たちとは別になっていた(実は公にできない迷惑な来客対策のためだったりする)
てっきり久遠たちに連れてこられると思っていた泉李は朱璃が一人だと言うことに首を傾げた。あの流れではきっとあいつらがついて来ると思ったんだが。
「まぁ中に入れ」
肩を抱いて中に入れると同時に朱璃が何かを抱えているのに気がついた。ちょっと様子もおかしい。
「朴久遠たちに出会わなかったか?」
「……会いました」
彼等と何かあったのだろうか。少し期待しただけに残念に思っていると上目使いの4つの黒瞳と目が合った。
「えっと。朱璃さんや、何を拾ってきたのかな?」
「泉李さん」
少しうるんだ上目使いのつぶらな黒瞳が2つ増え、可愛いなあと思いながら泉李は朱璃を頭を優しくなでた。
実は先ほどの紫明の態度が思いのほか朱璃に打撃を与えていたのだ。念願叶って他の訓練生と普通に接してもらった後だったからだろうか。
泉李は受け止める準備をして朱璃が口を開くのを待ったが、額を胸に押し付けてきただけだった。
そのまま固まっている朱璃をなでながら、なかなか頑固だなと心の中で苦笑する。一体誰に似たのだろうか。
吐き出せば楽になるのだが、言葉を続けないところを見ると今はその段階ではないらしい。ならばと助け舟を出した。
「オウムとは珍しいものを。それにこいつは狸? どこで拾ってきたんだ?」
崩れそうになった心を必死で立て直していた朱璃は、見なかった事にしてくれた泉李の心遣いに感謝し気持ちを切り替えた。
「オウムは龍樹から落ちてきたんですけど羽を怪我してるんです。こっちの子は狸か狐かはわかりませんがトンネルにコロコロと落ちた先に居たんです。この子も落ちたのかも知れないし、怪我をしているかも知れなくて泉李さんに診てもらいたくて」
言っていることは訳が分からなかったが、やっと本来のわちゃわちゃ朱璃が戻ってきたことで泉李はほっとした。
「わかったわかった。診てやるから落ち着け」
「は、はい。すみません」
「お前らはちょっと待てよ。1番はうちの娘だからな」
泉李は2匹を取り上げると朱璃をひとまず座らせた。
「私は怪我とか無いです。大丈夫です」
「本当か? 正直に言えよ。穴に落ちたんだろ?」
「そうなんですけど、おむすびころりんみたいにコロコロとうまく転げて無傷です。誓って」
右手を軽く上げる朱璃は無理をしているようには見えない
「くっくっく。どこからおむすびが出てきたのかさっぱり解らんが、まぁいい。じゃあ、手を洗ってそこの団子でも食っとけ」
「お団子! はいっ」
正直言って腹ペコの朱璃はそこは遠慮なくいただくことにした。
泉李は団子を頬張る朱璃の様子をさりげなく観察しながら何気に睡眠状況、下痢便秘の有無、炎症所見の有無などを聞き出す。朱璃は大丈夫ですと言いながらも医師泉李を尊敬しているので正直に答えた。
その結果、疲労感は見られるものの身体症状は大きな問題はなさそうなことに安堵し『意外と丈夫』という琉晟の言葉を思い出していた。
(罰走しててこれだからな。ほかの訓練生の方がよほど体力が無いなぁ。ったく)
朱璃に急かされ次の患者たちに取り掛かる。
「左羽が折れてるな」
診察してもらっているのが分かるのかオウムは大人しくしており大きな口ばしを振るうことはなかった。
何本目かの団子を飲み込んでから朱璃は気になることを質問した。日本の知識との違いが判らないからだ。
「オウムっで珍しいですか?」
「そうだな。温暖な気候にいる鳥だからな。喃喃州の森で見かけたことはあるが食用ではないからあまり流通していない」
「じゃあ、観賞用とかで飼われるとかありますか?」
「きれいな鳥だから貴族なら可能性はある」
「人間に飼われていたのならしゃべるかも知れないんですけど、この子まだ一言もしゃべってないんです」
泉李が眉をあげた。
「しゃべるってどういう事だ? 鳥と話ができるということか?」
「会話するってわけじゃありません。人間の言葉を真似するんです。それもすべてのオウムが出来るというわけではないですし」
「信じられない」
泉李が何度も信じられないというので朱璃はおかしくなり笑い出した。
確かに言葉を話すはずがないと思っている動物が話すと言われても非常識すぎて受け入れられないだろう。自分だって馬が話し出したら腰を抜かすかもしれない。
(百聞は1件にしかず)心の中でこのオウムに言葉を教えようと決心する朱璃であった。
一方、泉李は久しぶりに見る朱璃の笑顔に胸をなでおろしていた。
オウムの方はというと副木をあてて翼を固定し、翼をたたませて胴部の全周を胸を圧迫しないように包帯で巻いた。
「2週間は羽ばたき禁止。さてもう一匹は」
そっと上着から出すと両掌に乗るくらいの茶褐色の四肢獣だった。おびえて小さな唸り声をあげている。
「狸じゃないな。狐か?」
それにしては尻尾が短いと首をかしげる。狐にしては耳が小さいし、耳の色が灰色っぽい。
「お前もけがしてるのか? おっと」
ひっくり返そうとした途端眉間にしわをよせてうねり声をあげ人差し指を噛みついてきた。
「泉李さん!」
朱璃は慌てたが泉李は大丈夫だと指をくわえさせたまま頭を撫でた。
「ごめんごめん。びっくりしたか? 大丈夫、何もしない。ほーらいい子だ」
やがて泉李の指をそっと離すと小さな舌でその指をなめた。尻尾が小さく振られるのを見て朱璃はつぶやいた。
「犬みたい」
「イヌ? イヌという種類なのか。特徴は?」
「……ワンって鳴きます」
「ワンって鳴くのか。おかしな動物だな」
この世界、少なくともこの国では犬は存在しないかもしれないと3年半ここに住んでそう感じていた。
幼いころから犬を飼っていたこともあり、人間にとって犬は一番身近な動物だと思っていた朱璃はそれが寂しくもあった。もし、犬ならこんなにうれしいことはないが。
「鳴きませんね」
「鳴かないな」
すっかり慣れて朱璃にじゃれていたが、鳴き声を発することはなかった。
「犬じゃないんですね」
すっかり気落ちした朱璃だったが怪我はなさそうだと言われ元気を取り戻した。
「こいつは2~3か月の子どもだな。まだ乳歯だし」
「まいごの子を連れていてしまったのかも。お母さん探しているだろうなぁ。かわいそうに」
朱璃は迷子や一人ぼっちの単語に弱くほっておけないのは知っていた。当然次のセリフも予測がつく。
「私がお母さんを探してあげるからね! 泉李さんこの子たち飼ってもいいですか」
「言うと思った。こんなこと例がないし禁止だという規則も無いから、いいんじゃないか」
ニヤリと笑って泉李が許した。
「やった」
「ただし、同室者の許可がいるぞ」
「う~。同室者と言っても私は別室みたいなもんだし……もしだめなら物置でもいいので引っ越します」
「ちょっと待て。お前どこで寝ているんだ?」
朱璃の言葉が引っ掛かり話を止める。
「物置が私の居場所なんです。それは全然いいんですけど。この子たちは外が見えるようにしてあげたいな」
泉李はため息をついた。うまくいっていないとは思っていたが溝は思ったより深そうだ。
「貴族だとしても、お前は気にしないだろうと思っていたんだが。らしくないな」
朱璃は視線をそらす。苦手なタイプなのでかかわりたくない、正直言ってめんどくさいという方が勝っている。
めんどくさいとしっかりと顔に出ている朱璃を小突くながら上司として泉李は命令する。
「めんどくさがるな。早いところ何とかしろ」
「え~」
げんなりする朱璃の前に調合した薬茶を置くとさらに朱璃の下唇が出る。
「くくっ。これを飲んだらいいことを教えてやる」
泉李が自分に合わせて調合してくれたことを分かってはいても漢方が苦手な朱璃は気が進まない。
しかし許してくれそうにない泉李の笑顔に負け、一気に飲み干した。
「う~。オブラートに包んで粉のまま飲みたい。後でお湯飲んでお腹を揺するでいいやん」
「よく解らんが商品開発は飛天にさせろというか高く売れよ」
「そうですね。そうします」
飛天にオブラートを作ってもらおうと心に決めた朱璃であった。
「で、いいこと教えてください」
「よし。いいか、ないしょだぞ。今期の最年少は秀美琳だ」
「……いくつですか」
「14」
衝撃のあまり言葉に詰まる。
あの、ボン、キュッ、ボンが14歳!? あのボン、キュッ、ボンが……。色気ダダ漏れの……以下同文。
武修院に来て最大のショック。立ち直れず小さく座り込む朱璃にさらなる追い討ちがかかる。
「皆、お前が最年少だと思っているだろうけどな。だから邪険に扱われてるのもあるぞ。早く年をばらすのも一つの手じゃないか……ははは。違うぞ。お前は可愛いからな。かわいすぎて年若く見られるのであって胸が小さいからって問題ではなくてだな。……悪気はなかった。すまん」
途中で気が付いたが間に合わなかったようだ。
「泉李さんまでそんなことを! あなたは桜雅ですか桃弥ですか。どうせ私は小さいですよ。一生最年少とは私の事です。結婚も断られ育乳体操の効果も表れず」
珍しく朱璃がキレた。
「お前まだそんなことを言って。……!! もしかして、腕立てすら出来ないって言う悪評は」
「腕立て!? あんなの500回もしたら脂肪が燃焼して私のささやかな胸が大胸筋に飲み込まれてしまうじゃないですか!」
「(自分でささやかって言ってるし)要は出来ないんじゃなくてやらないんだな。……お前ってやつは。(さすが景雪の弟子だな)まぁ、狐たちの事は許可をもらっておいてやるから部屋の事はうまくやれよ。無理だったらそいつらは俺が引き取ってやるよ。ほら、名前を付けてやったらどうだ」
まだぶつぶつ言っている朱璃に呆れながらも話を逸らすことにした。
朱璃ようやく顔を上げ、2匹を見つめて指をさした。
「狐はオスだから ボン。オウムは キュウ」
「………いいのか。それで」
一応、後悔しないように確認を取るが朱璃の意志は固かった。
こうして、朱璃の新しい仲間が加わった。言うまでもなく、今後幾度にも渡り朱璃を癒し助けてくれるかけがえのない家族になる。
ペットブームの火付け役となり藤朱璃の姿絵にも寄り添う存在として知らぬものは居なかったが、ネーミングセンスだけは最後まで磨く事が出来なかったダメエピソードとしても有名になるのであった。
「泉李さん。そろそろ帰ります。色々有り難うございました」
泉李はボンとキュウの為、えさや寝床の物品を一緒に整えてくれた。
「朱璃。そろそろ何とかしろよ。あと1週間で本格的な訓練に入るぞ。今までとは雲泥の差だ。毎年ここから脱落者が出るほどだ」
「脱落者って自分から辞めるんですか?」
「ああ、基本こちらから落とすことはない。志願してやめるんだ」
「因みに半年後はどのくらい残ってますか?」
泉李はにやりと笑う。
「約半数だな」
「多すぎじゃありませんか? あんなにみな優秀なのに」
「仕方がないだろう。向かないものは早く道を変えた方がいい」
「向かない人が半数いるとは思いませんけど……」
人の事を心配する前に自分の事をまず心配してほしいものだ。朱璃の腑に落ちない顔が何やら気になる。
胃痛を覚え自分の為に薬湯を作る泉李であった。