聖水を作り続ける聖女 〜 婚約破棄しておきながら、今さら欲しいと言われても困ります!〜
「ゴ、ゴホっ。令嬢ユリエ!! お前との婚約は破棄だ! 今すぐこの国から出て行け!」
とある夜会にて、私の婚約者バッド王太子殿下が言い放った。
最近会えないと思った矢先にこの仕打ちだ。
「婚約を破棄? どうしてですか?」
「当たり前だ。お、お前が呪いを振りまいているからな」
「呪い?」
こんな場所で、呪いなどと言い放つ。
世界中に蔓延しつつある呪い。
そんな重い物を口に出すとは、それなりの覚悟なのだろう。
バッド王太子殿下の傍らに現れた女——私の妹——が追い打ちをかける。
「姉さん、あたしは知っているわ。姉さんが嫌いな人に呪いをかけていたことを。王太子殿下や、私を呪い殺そうとしていたことを」
「ああ……可愛そうに聖女ダリラ。熱もあるだろうに、手伝ってくれて」
「バッド王太子殿下、あなたは優しくて……素敵です」
歯の浮くようなセリフを吐きながら、二人は寄り添い合った。
いつの間に二人がくっついたのか、まったく気付かなかった。
元々、妹にはそういう性癖があることは気付いていた。
私のものを欲しがるという性格は、子供の頃から変わらない。
「というわけだ。我が国に呪いが広がっている。全てお前、ユリエの仕業だと聞いている」
唐突な発言の連続に、周囲はざわっとする。
下準備もせずにいきなりやったのだろう。
王族関係者や貴族たちが状況を飲み込めていないのは、私にとって幸いだった。
「そんな、どこに証拠が? それにダリラが聖女ですって?」
「その通りだ。お前は安っぽい聖水の生成や祈りしかできないのだろう? お前の妹ダリラは病気の治癒や呪いの解除ができる。国の宝だ」
「はあ……確かに人より多くそれらの術が行使できることは知っていますが、果たして聖女というほど強力なのでしょうか?」
私は与えられた能力について努力をしてきたつもりだ。
聖水の生成が地味なものだったとしても、手を抜いたことは無い。
しかし、ダリラは強力な治癒の力を持て余していた。
「ふん、お前のそんな考えが浅ましいと言っているんだ。聖女ダリラさえいれば、王国中に広がる呪いなどすぐに晴れるだろうよ」
「いいえ。この呪いは特別なものです。聖水で体や屋内を清め、呪いの蔓延を防ぐために家の中で祈らなければ防げません——」
私の声が遮られる。
「バカな。そんな消極的なことで呪いが消えるわけないだろう!」
「いいえ。この呪いは蔓延の防止こそが、最も大切なことです」
「ハッハッハ。皆様、分かったでしょう? このように、ユリエは悪しき者に誑かされ呪いの拡大をなすがままにしているのです。即刻、国外追放を!」
勝ち誇ったように周囲を見回すバッド王太子殿下。
呪いの蔓延により、国家は窮地に陥っている。
世界中に広がる、人の体を蝕み咳や熱を発し、動けなくなるという呪い。
本当に王太子の言っていることが正しいのなら、追放など手ぬるい。
処刑すべきなのだ。
結局、そこまで非情になれない中途半端なところを妹につけ込まれたのだろう。
私の元婚約者。
彼に王としての器が無かったことに、私は今は胸を撫で下ろす。
国家にとっては、不幸なことだけど。
「早くその女を連れていきなさい!」
ザッザッという足音に続き、衛士たちが何人か部屋に入ってくる。
私を捕らえるための衛士だけは、始めから仕組んであったのだ。
武器を持ち、いかつい表情で迫る衛士の姿を見て、私は体を強ばらせ目を瞑った。
乱暴に腕を掴まれるのは時間の問題——。
「では、私がユリエ様をお引き取りしてもよろしいでしょうか?」
ぐらっと世界が傾いたと思うと、ふわっと体が浮き上がる感覚があった。
「きゃっ!」
「おっと、失礼」
私の腰や足を、優しい手つきで支え私にウインクを見せる男性。
この人は——。
「これはこれは、ベルナール王子。島国の王族が何用で?」
「いえ、素敵な女性が酷い目に遭いそうでしたので、微力ながらお救いできればと参上しました」
私を抱えたベルナール王子が、私の元婚約者バッド王太子殿下と火花を散らす。
彼は海を越えた先の島々を治める王族の一人。
長い黒髪が特徴的で颯爽としている。
今までの慎ましい彼の印象から、この大胆さは想像できない。
「ふん、根暗だったのに急に茶会デビューを始めたやつが何を言う? 女をやるなどと誰が言った?」
「国外追放なさるのでしょう? 我が国が引き取っても、問題ないと思いますが」
私を軽々と抱え、尊大なバッド王子殿下と一歩も引かぬ話しぶり。
ベルナール王子は、数年前まで引きこもりがちで茶会など参加はしていなかったはずだ。
私が夜会に参加するようになったのと同じ頃から、彼も活動を開始。
時々殿下のお姿を拝見することがあった。
何度か一緒に踊ったこともあったけど、繊細で細やかな気遣いが印象的だった。
今、この瞬間、彼の印象ががらっと変わる。
あまりの衝撃に心臓が高鳴る。
「ユリエ様。構いませんね?」
「あ、はあ……」
つい曖昧な返事をしてしまった。
私はベルナール王子殿下のことをよく知るわけでは無い。
でも、この状況から逃れられるなら、彼に連れ去られる方がよっぽどマシだ。
「よかった。実は、ご両親にも連絡済みです」
「えっ?」
「心配することは何もありません」
彼は満面の魔性の笑みを私に向けた。
この地方では黒髪は珍しくバカにされることもあった。
でも、むしろこの人には黒髪が似合うのではないか。
「おい、何を勝手なことを言っている?」
「そ、そうよ……せっかく姉さんからこの人を奪ったのに、これでは——」
オイ。妹よ、失言が過ぎると思うぞ。
「では皆様、お騒がせして申し訳ありません。失礼します」
私を抱えたまま挨拶をし、茶会の会場を立ち去るベルナール王子。
慌てて口を押さえる妹とその相方の男を置いて、ベルナール王子は風のように私を連れ去ったのだった。
「このまま港に向かい船に乗ります。落ち着きませんが、許してください。では、話の続きを」
私に丁寧に挨拶をするベルナール王子。
「は、はあ……話の続きというのは呪いのことでしょうか?」
「はい。たっぷりと。夜は長いので」
私は馬車にベルナール王子と一緒に乗り、そのまま港に向かい船に乗り翌日には彼の国に着いたのだった。
道中では、私の考える呪いの対処方法を彼に伝えた。
呪いが伝達する過程や条件を観察し、蔓延の防止ができる方法を私なりに編み出したのだ。
その手法は確かに成功しつつあった。
しかし、目的が達成される前に潰えてしまった。
話しているうちに悔しくなってくる。
「よくここまで調べました。素晴らしい……特に聖水の効果は驚きです」
「そうでしょうか? 国では誰も信じてもらえませんでした」
「見る目がないだけです。私は信じますよ」
心からの賛辞を、ベルナール王子殿下は私に伝えてくれた。
バッド王子殿下やその周りの人たちからは言われたことがなかった。
むしろ、バカにされていた。
それに比べると、彼は真摯に私の話を聞いてくれた。
涙がこぼれそうになる。
「これくらい……私でなくても」
「それが難しいのです。私はユリエ様の案に賛成です。特に聖水を使った部分は、非常に効果がありそうです。私は是非とも、これらの案を国民に広めたいと思います。その手伝いをして下さいませんか?」
「私が、ですか?」
「はい。聡明なユリエ様が力になってくれると、とても心強く思います」
彼の声の響きにどきっとする。
私に、期待してくれるというのだろうか?
だったら——。
「……はい。喜んで」
「ありがとう。私なりに考えた呪い不活性化の魔道具もあります。是非意見を聞かせていただければと思います」
彼が取り出したのは、見たこともない薄くヘンテコな形をした魔道具だった。
私を婚約破棄、国外追放だと断罪する場所から救ってくれたベルナール王子。
彼は国民のことを考え、この呪いの拡散に危機感を募らせている。
恩に報いるためにも、私の今までやってきたことを無駄にしないためにも、彼の力になりたいと思った。
数日後、私は父親と再会。
彼は屋敷にあった資産を、母と折半し全てこの国に持って来たのだという。
詳しいことは聞いていないけど、かなり強引な手段を使ったらしい。
それもこれも、ベルナール王子の手引きだという。
母親は、妹の味方だった。
だから父親と別れてまで国に残ったのだ。
まあ、なんとなくこうなることは予想していた。
「愚かな女よ。これから、あの国がどうなることか」
「お父さんはどうして私のことを、ベルナール王子殿下を信用したの?」
「うむ。お前のやってることは実に理論的だと思っていたからだ。アイツとは意見が合わなかったがな」
アイツというのは母のことだろう。
常に私より妹を優先した母。
「それにベルナール王子殿下は、前から我が館を訪れていてな。その甲斐があって今回の行動も素早く行えた。てっきり、お前には彼から話していたと思ったのだが?」
「いいえ。私は初耳ですが……」
「そうか。なるほどなるほど。あの王子殿下は……爽やかな顔の裏は意外と——」
そこまで言いかけて、父は急に口をつぐむ。
「どうしたの?」
「いや、一瞬お前の顔が鬼気迫る……文字通り鬼に見えたような気がしてな」
「はぁ?」
バシバシと私は父の背中を叩くのだが、彼は痛いと言いつつも楽しそうに笑っていた。
私は神官の能力は全般的に妹に負けていたが、彼女にできないことを得意としていた。
聖水作りだ。
この能力があったからこそ、呪いの蔓延対策を進めることができた。
「ユリエ様が一日でこんなに聖水を作られるなんて……しかもとても高品質です」
「私はどういうわけか、この能力だけは高いのです。でも、ちょっとしたコツがあるので、それが分かればあなたたちも、たくさん作れるようになります」
「本当ですか? 是非教えてください!」
「私もお願いします!」
「私も!」
我も我もと押し寄せる神官たち。
国民全員に聖水を配るのは困難を極めるだろうけど、みんなで頑張ればなんとかなるのかも知れない。
聖水は、魔法の力を込め清めた水のことだ。
弱い呪いや、具合が悪くなったときに体にふりかけたりすると多少回復することがある。
本来は祭壇に納めるだけのものだけど、それ以外の役に立つことに私は気付いたのだ。
この聖水を呪いが発症していない人々に分け与え、体や家を清めて貰う。
聖水を目的外に使うことに疑問を持つ者もいたが、私やベルナール王子が推進してこれを徹底した。
一方で、聖水作りを止めてしまったというバッド王太子殿下の国がどうなったのか。
彼らが言ったとおり、妹の力で呪いの蔓延を食い止められたのか、結果を知りたいと思った。
私の考えは正しいと思うのだけど、その確証が欲しかった。
数日後。
はるばる海を越え、救いを求めに来た者がいた。
バッド王太子殿下と、私の妹ダリラだ。
ベルナール王子殿下は、無理して顔を合わせなくて良いと言われたが、興味に負けた。
ただし、彼らや彼らの従者全てに対して、できるだけ見ないように、触れないように、そして彼らが触れたところは聖水で念入りに清めるようにという指示が行われた。
彼との面会は、港町のとある館にて行われる。
館には、仕切りが設けられ、彼らを見ない・触れないという施策が徹底された。
「久しぶりだな。ベルナール王子殿下。そちらの呪いの状況はどうだ?」
随分偉そうな物言いをするバッド王太子殿下。
「お久しぶりです。バッド王太子殿下。我が国の呪いはほぼ終息しています。幸い殆ど広がらず死者も重傷者も皆無ですよ」
「ぐッ……ウチは……毎日千人単位で倒れている。神殿は呪いが発症した者たちで溢れている。今もだ」
やはり私の考えは正しかった。
それを生まれた国の惨状によって知るというのは、皮肉なことだと思う。
「そうですか、大変ですね。国境——と言ってもうちは海ですが、全て封鎖させて頂いています。もっとも、海を越えてくるほどの元気な者ももう少ないようですが」
「うるさいッ!」
「おや。これは失礼しました」
ベルナール王子殿下は私の元婚約者に恨みでもあるのかな?
怒らせるような話し方を積極的にしているような。
「話は他でもない、我が国から誘拐した聖女ユリエを返して欲しい」
バッド王太子殿下は私とベルナール王子殿下の口を全開にさせた。
いやいや、何言ってるのこの人。
聖女などと心にも無いことを。
「おや、不思議ですね。あれほどの人の前で追放だと叫んだのに、今さら何を言っているのですか?」
「うるさいうるさい! なんでもお前の国はコイツの聖水によって呪いを防いでいるというではないか!」
バッド王太子殿下は、私を指さした。
コイツ呼ばわりですか。そうですか。
様子から察するに、彼はかなり追い詰められているのかもしれない。
「あなたの元婚約者ですよ。それをコイツとは……いやはや。聖水は大変な効果を上げていますが、それだけではありません。彼女の提唱した呪いの対策を、我々は遵守しているだけです」
「なんだと? そんなわけ——」
「それに、あなたには新しいパートナー、そちらの聖女サマがいらっしゃるんでしょう?」
神経を逆撫でる言い方をするベルナール王子殿下。
腹に据えかねているように感じる。
聖女サマと言われた私の妹ダリラも私を指さし糾弾するように叫んだ。
「ユリエ! どういうことよ! あたしが呪いにかかった人々を癒やしても癒やしてもキリが無い。さっぱり治まらない!」
妹の相手は私がする。
「この呪いは蔓延の防止がもっとも大切です。そう言ったでしょう?」
「…………そんな。あたしの力が役に立たないなんて、嘘よ」
「事実です。蔓延を防止し、あなたの力で発症者を癒やせば、今頃きっと治まっていたでしょう」
私の発言に愕然とする妹ダリラ。
彼女の目の下には濃いクマができ、化粧をしていても隠しきれていない。
肌はボロボロで、髪もボサボサだ。
あまり強くないが回数だけはこなせる癒やしの力を、酷使せざるを得ない状況なのだろう。
「とにかく、ユリエ様は我が国、私の元にあります。お返しすることはあり得ない」
「くっ……。しかしこのままでは……帰るわけには——」
バッド王太子殿下の顔色が悪い。
私を連れ帰る使命があるのかもしれない。
「軍隊にも蔓延し国力が低下している。助けてくれ……」
「では、聖水をお売りすることを考えましょう」
「う……売る? 譲ってくれないのか?」
確かにこの国は、呪いの蔓延はほぼ終息した。
多少融通しても良いだろう。
しかし、ベルナール王子殿下はそんなつもりは毛頭無いみたいだ。
「何を言っているのですか? この呪いは世界的なものです。我が国は世界に先駆けて制圧に成功した。その方法と、聖水という武器。タダで譲るわけありませんよ?」
しかもユリエ様を傷付けたお前らなどに……ベルナール王子殿下の声が聞こえたような気がした。
気のせいだろうけど。
「ぐ……いくらで譲ってくれる?」
この声を待っていたというように、ベルナール王子殿下が立ち上がる。
そして、スタスタと近づいてきて私に耳打ちする。
「ユリエ様。お譲りしてもよろしいですか?」
私への確認。
しかし、聖水は全てこの国に納めているつもりだ。
神官たちが生成した聖水もあるだろう。
私に確認なんて必要ないはずだけど、気にしてくださったのだろうか。
「はい。殿下にお任せします」
「感謝します」
わざとコソコソ話をするとバッド王子殿下や妹の表情がくるくる変わって興味深い。
秘密の会話を終えると、ベルナール王子殿下は元の席に戻る。
「そうだな、これくらいでどうでしょう?」
指で値段を示す殿下。
「そ、それは法外な……」
「そうよ! たかだか姉の作った聖水なんて、その半分でも高いわ!」
ここでベルナール王子殿下の表情が初めて変わった。
「だったら、他の国に卸すだけです。もう帰っていただいて結構です!」
「ひぃぃぃ…………わ、分かりました……」
彼らは結局、ベルナール王子殿下の要求を丸呑みしたのだった。
最後まで見送ることはしなかったけど、彼らの館を去るときのしょぼくれた後ろ姿が印象的だった。
私は妹に問いかける。
「最後に教えて。母さんは元気?」
「……それが、呪いが発症して……一応治したけど体力が戻ってなくて。ねえ、お見舞いにこっちの国に帰って来てくれないかしら? 会えばきっと元気に——」
「いいえ。私は追放された身です。もうお目にかかることもないでしょう」
「…………そんな……」
さすがに今回のことは堪えたようで、妹ダリラは言葉を失っていた。
後でベルナール殿下がこっそり教えてくれる。
「あの二人、特にバッド王太子殿下は……もう帰ったら後が無いと思う」
「どういうことですか?」
「君を失い、国家に呪いを蔓延させてしまった。軍にも影響があったという。彼にとって、これが最後の公務となるだろう——」
数ヶ月後。
世界中から呪いが一掃され、全て元通りの生活が戻って来た。
強い効き目のある島国の聖水は、世界中の救世主となったのだ。
呪いの特効薬として、聖水を直接飲むものもいたとかいなかったとか。
私は神殿でいつもの聖水作りをして王宮に戻る日々を過ごしている。
あれからというもの、他のどの国よりも強い効果を持つ聖水は、ひっぱりだこになったらしい。
作れば作るだけ売れるのだけど、殿下は好きなペースで作ってくれれば良いと言ってくださった。
神官たちもいるし、私は自分のペースで聖水を作り続けている。
そういえば、私はいつまでここにいていいのだろうと思った矢先のこと。
「ありがとうユリエ。この国はもちろん、世界が救われました。君のおかげです」
「いいえ。殿下が、神官の皆さんが頑張ったおかげです」
「そうですか? ちょっとした運命の巡り合わせが無ければ、あなたの意思がなければ……世界は滅んでいたかも知れません」
神妙な顔をしてベルナール王子殿下が仰った。
その言葉は、まるで魂から絞り出されるような苦さを感じた。
「あの……?」
「君は、あの呪いが魔法的なものだと思っていますか?」
「はい、そう思っていましたが、違うのですか?」
「私は違うと思っています。ここは魔法がある世界だから多少は影響しているかも知れませんが」
魔法がある世界?
この人は何を言っているのだろう?
「魔法では無い、と?」
「はい。君が提案した呪い蔓延の防止方法は、『私が過去にいた世界』で流行った病への対処方法と似ていました。聖水の効果が予想より便利で強力だったのは驚きでしたが」
「過去にいた世界?」
「はい。信じてもらえなくても構いません。私は異世界転生者です」
ベルナール殿下は、すぐには信じられないことを説明してくださった。
でも、彼の性格の変遷を思えば、なんとなく分かるような気がする。
私が茶会に出るようになった頃、彼はひきこもりから積極的に茶会に、外国の茶会にさえ参加するようになった。
バッド元王太子殿下も、根暗だったと彼のことを評していた。
ひきこもっていたのに、人が変わったように茶会に参加し、あげく私をさらうように連れ出すなんて。
「今から数年前に、転生前の記憶を思い出したのです。今の私は……嫌いですか?」
「いいえ」
即答する。
「よかった……。私は、転生前に大切な人を流行り病……いいえ、呪いで失いました。その過ちを、この世界で繰り返したくなかったのです」
「お辛い経験があったのですね……」
頭を垂れたベルナール殿下を私はそっと腕の中に包んだ。
彼が体重を預けてくる。
「もっとも転生前の記憶はもう霧の向こうにあって、あまり思い出せませんが。私の本来の性格は社交的なものでした。茶会に参加するうちに、君と出会い……次第に惹かれていったのです」
「そんな……」
今まで、そのような熱い感情は微塵も感じなかった。
彼はいつも紳士的で、優しく丁寧だった。
「だけど、もちろん君には婚約者がいて……。私の想いを告げたら、戦争にでもなったかもしれない。今では逆転してしまったけど、国力も負けていましたし」
彼はゆっくりと話をしてくれる。
まるで二人の記憶を紡ぐように。
「あの婚約破棄の現場に立ち会えたのは運命だと思いました。勝手に体が動き、君を抱えていました。呪いのことなんか正直二の次でした。君と二人きりで話すのが楽しくて仕方ありませんでした」
「あら、私は本気で呪いのことを話していたのに?」
「もちろん、呪いの解決こそ大切なことだったけど、一番大切なのは……君です」
「……わ、私……」
「できれば、将来もずっと、私の隣にいてくれませんか?」
ああ。
そうだ。
呪いに対することより何より。
私はこの言葉が欲しかったのだ。
「爵位などいろいろ問題がありそうですが」
「そう考えてくださるって事は、OKだと考えても良いですか? 大丈夫、ウチは島国で小回りがききます」
「じゃあ、一つお願いがあります」
「何でしょう?」
「あの時のように、もう一度、抱えてもらえたら」
私の体が宙に浮く。
その力強さは前と変わらず、今はたまらず愛おしい。
あの運命の日に思いを馳せ、私はうっとりとしてしまう。
願いをあっという間に叶えてくださった王子に、私はキスをした。
その晩の星空は格段に美しかった——。
それからしばらく後のこと。
ふと、思い出したように夫となったベルナール殿下が仰る。
「ありがとう。君のおかげで世界が、国が、私が救われた」
「ふふ。何度目ですか、それ?」
「これからも何度も言うさ」
「私には、あなたの……あなたの知識と、この国に来てすぐ見せてくださった魔道具が、聖水と同じくらいの効果があったのではと思っています」
「二人の力。それと、そうか、あの道具か」
「はい。口を覆ってしまう魔法の道具」
「ああ、それは——」
やがて、その島国の特産物として二つの魔法的道具が有名になったという。
名実ともに聖女となった者が生成する「魔を払う聖水」と、「ますく」という名の薄くヘンテコな形をした魔道具が——。
世界が元通りになりますように、と願いを込めて。
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異世界恋愛の新作書きました。
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