性悪女子高生は受験生をよく思っていない
「やっと来た」
週末、地元の駅前。
幼馴染とここで会う約束をしていた。
「なぜか教えてくれるんだろうな。 来たら教えてもらう約束だっただろ」
彼女と挨拶も交わさずに、単刀直入に聞く。
ここで会う約束はしていたが、なぜ呼ばれたのかは教えてくれなかった。
「まあまあ、そんなに慌てないでよ。 着いてきて」
彼女は質問には答えず、どこかへ向かって歩き出す。
こいつはいつもこんな感じだ。
自分勝手で俺を振り回す。
彼女はある建物の前で立ち止まった。
「ここだ」
駐車場で若い男が交通整理をしている。
窓には自慢のように数字が張り出されていた。
「塾?」
駅前にある有名な塾。
「そう。 ほら、私たちはもう大学が決まってるでしょ。 見てみなよ」
彼女は塾の入口を指さした。
同じ年齢であろう人たちが次々と入っていく。
その中には誰も楽観的な表情を浮かべている人などいない。
「笑えるな。 あいつら、何時間も何時間もあの建物に引きこもってるんだよ! なにが楽しいんかね!」
彼女は口角をつり上げた。
笑い声が喉の奥の方で鳴っている。
彼女の様子は前々からおかしかった。
数日前、高校から帰宅している最中に彼女に話しかけられたときからだ。
「やあ」
「ああ」
それから暫くの沈黙があった。
彼女から話しかけてきたのだから、なにかしら言いたいことがあるんだろう。
それなのになかなかそれ以降の会話が始まらなかった。
そして、次に発した言葉が今日の約束だった。
「今週末、駅前に来て」
「なんでだ」
「……来たらわかる」
彼女の笑い声は乾いていた。
「はは……。 面白い。 面白いけど、なんも面白くない」
彼女の顔はすっかり塾に向かう人々と同じものになっていた。
「ずるい。 あいつらは私のことを卑怯者だって笑ったくせに。 あんな姿を見せられたら、なにも言えなくなっちゃう」
なんとなく。
なんとなくだが、彼女がどんなことで落ち込んでいるのかわかった。
「どれだけ努力しているかなんて、他人には絶対にわからない」
彼女を傷つけないように、間違えないように、言葉を繋げていく。
「ましてや、推薦で受験したこともないあの人たちが、君のことを理解できるわけもない」
彼女はきっと、誰かに馬鹿にされたのだ。
大方、努力もしないで大学に行けていい、だのなんだの言われたのだろう。
この時期はクラス全体がピリピリしている。
何気ない誰かの言葉に棘がある可能性は低くない。
「努力なんて曖昧な言葉を気にする必要はない。 君はやるべきことをやって、その結果夢を叶えた。 その事実があればいい」
この推論が合っているのかはわからなかった。
「俺はそれでいいと思うけど」
「……そう」
それから彼女は黙ってしまった。
だが、顔はもう陰鬱としていない。
彼女は深く息を吐いた。
「よし、それじゃ行こう」
「まだどっか行くのか」
「当たり前でしょ。 ほら、あそこのカフェに行こ!」
「はいはい」
相変わらず、彼女は俺のことを振り回す。
さっきよりもずっと気持ちのいいリードで。
こうやってこれからもいい関係でいられるように、俺も受験勉強を頑張らないといけない。
彼女には内緒の決意をし直して、少し高めのコーヒーに口を付けた。