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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
7月 新たなる季節
97/189

94話 7月21日 ダリアの花言葉

 


 鎧に挟まったままの矢を引き抜き、砂ぼこりを払いながらミックさんの元へと向かう。ドクロの描かれた旗を横目に見て、足元に残った地雷を踏まないように歩を進める。


 僕の足取りが確かだったからか、迎えに出てきたミックさんは担架(たんか)を持ったふたりを手で制した。サングラス越しでも分かるくらい眉根を寄せて口を開く。


「――――?」

「え、何て言いました?」

「――――か」


 すぐ目の前にいる彼は相当大きな声を出したようだが、キーンとした耳鳴りが酷くて聞き取れない。そういえば平衡感覚もおかしいような。


 ミックさんの表情が曇り出し、担架に乗せようとしてくる。僕は慌てて耳とその中身に集中すると。徐々に耳鳴りが収まってきた。治ったわけではないのだろうが、"才能(レガロ)"が耳を故障した状態でも聞こえるように最適化してくれているのだろう。


「はい。聞こえるようになりました」

「嘘つけこのターミネーター」

「聞こえてるってば」


 はあ、という大きなため息もちゃんと聞き取れる。


アントニオ(トーニォ)に無線を送った。まもなく村から聖域に向かって伐採が始まるはずだ」

「最短距離で伐採して、聖域を確保するためですよね」

 そうだ、と彼が言い終わるが早いか、遠くから木の倒れる音が響き始めた。



 街から見て西に、拠点にしている村がある。

 そこから西北西に進むと聖域があり、その南東から黒い森(ボステ・ネグロ)が発生してダイヤモンド形に広がっている。森が聖域を飲み込むまでにはもう少し時間がかかるだろう、という目算を立てている。


 問題になっているのが、村から聖域までの1本道を、黒い森が(ふさ)いでしまっていることだ。迂回(うかい)しようにも南側は黒い森の浸食が酷く、北側は魔物に襲われる心配はないものの、地形が悪いために易々(やすやす)兵站(へいたん)を繋げられない。




 ミックさんが地雷と矢の雨でぐちゃぐちゃになった戦場を見る。

「かなりの数を仕留められたな」


「一応、もう1回行ってきます。閃光発音筒(スタングレネード)ってもらえますか?」


「本気か、将軍(ジェネラル)?」



 使徒の召喚は明日の午後。悠長(ゆうちょう)にはしていられない。そこで立てた作戦が、

 作戦の第1段階。僕、ミックさん、ローマンさんで敵を地雷原におびき出して殺傷する。敵の戦力を()ぐことができた。


 さっき始まった第2段階でアントニオさん、レオンさん、傭兵たちが護衛する木こりが村の方向から黒い森を伐採する。


 森に塞がれた道を(ひら)き直し、最短距離で聖域を確保する。そして使徒の召喚と保護が完了するまで戦線を維持するのが、最終段階。



「将軍って、いや、ま、別にいいですが――地雷はまだ残っているでしょう?もっと殺せば、それだけアントニオさんたちの伐採部隊は動きやすくなります」


 ふむ、と言ったミックさんの手から黒い枝葉が生え、まとまると、あっという間に新しい無線機が現れた。注文と違う物だ。意図が分からなくて彼の目を見ると、彼はサングラスを外してこちらの目を見る。


「将軍。優秀な指揮官ほど戦場で冷静なものだ」


「いや、れ――」

 冷静です、と言う前に言葉を掛けられる。


「木が倒れる音がこっちまで届いている。第2段階へ移行した以上、ひとりで集められる敵の数は少ない。俺たちは速やかに村へ撤退し、伐採部隊と合流した方が作戦に寄与(きよ)できると考えるが、どうだ?」


 そう言いながら、無線機を手渡してくる。

 ミックさんの言うことは正しい。

 頭に血が上っているのか、僕は。

 落ち着け。落ち着け。

 僕が始めた戦いだが、ひとりで戦っているわけじゃない。無線機のボタンを押して、


「全体へ。こちらヘイト。陽動部隊は作戦を完了。これより撤退します……成功を祈ります(ゴッドスピード)


「≪ヘイトへ。こちらアントニオ。了解した。こっちは任せてゆっくり帰ってこい!アウト≫」


 すぐに戦闘音の混じった返答があった。そんな風に言われたら一刻も早く合流したくなってしまう。そう思うが、そこにあったのは焦りではない。自覚していなかった緊迫感は消えていた。


 無線機を仕舞って、ミックさんと目を合わせて頷き合うと、彼は担架を持ったふたりに指示を出す。

「撤退する!準備してくれ!」




 夕暮れ時になった。

 月明かりが辺りを照らしてくれている夜だが、流石(さすが)に戦闘を続けるのは危険すぎる。全員、手を止めて村へと撤退していた。


「第2段階は若干の遅れがあるものの、使徒様の召喚予定時刻までには聖域に到達できる」

 と、木こりの親方が言った。ミックさん、マリアーノ氏を始めとする各所の纏め役も、戦況や被害状況、野戦病院の空きなどを経過報告をする。


 ざっくりまとめると、油断は許されないが、(おおむ)ね順調、と言ったところか。


「ちょっといいかな」

 そう言いながら、全身をブラウンのポンチョで覆った女性がテントへと入ってきた。林欣怡(リン・シンイー)さんだ。彼女のレガロである"鳳凰(フォンファン)"は、偵察機のように僕たちを見守っている。


 シンイーさんは頭と口元の布を()けた。切れ長の瞳と整った顔立ちが(あら)わになる。

「ここにきて黒い森の広がる速度が上がってるね。ついさっき、聖域の近くを狗が歩いているの、見たよ」


「黒い森と聖域との距離はどのくらいですか?」


「2㎞くらいあったのが、半分になってる」


「ということは……」


「伐採する距離が1㎞伸びたってことになるね」


 淡々としたシンイーさんの報告を聞いて、ミックさんが目線を動かす、アントニオさんは腕を組んで苦渋の表情を浮かべ、木こりの親方は真面目な表情で首を横に振った。

 沈黙をミックさんが破る。


「間に合わない、か。使徒の召喚は?」


「明日の夕方です」

 アイシャさんが返答する。


「どうする。ヘイト」

 ミックさんは作戦参謀、今回のリーダーは、あくまで僕。


「伐採は進めてください。並行して、次善策を」

「了解した。部隊の再編成をしよう。各所に通達してくれ」


 第1段階は終了した。

 第2段階は明日も同じように進めてもらう。

 しかし、聖域の確保は間に合わない。最終段階を変える必要がある。


 最終段階。魔物は木の倒れる音に釣られて、伐採部隊に集まっている。他の場所は魔物が薄くなるはずだ。そこを、


「僕とアントニオさん、ミックさんで、南側から黒い森を聖域まで突破し、使徒を救出します」


 少数の精鋭部隊による救出作戦に変更する。危険度は段違いだ。片道切符になりかねない。


「チコさん、アントニオさんに代わって伐採部隊を率いてください。レオンさん、全体の指揮をお願いできますか?」


「任せてください」

「街のためだ、全力を尽くそう」

 チコさんと、大柄な使徒のレオンさんが快諾(かいだく)してくれる。作戦は決まった。

 黙って話を聞いていたイザベルさんが手を挙げる。


「なあ、私も連れてってよ」

「いいですけど……危ないですよ」


 イザベルさんは不敵な笑みを浮かべて言う。

(そそ)るね」


「分かりました。では、詳細ですけど……」

 使徒の召喚は、明日の夕方。それまでに4人で黒い森を突破する。




 深い森が広がっている。

 真昼だというのに薄暗いから見通しが悪く、茂みが膝から下を覆い隠している。そこかしこに危険な魔物がいる黒い森を、ミックさんとアントニオさんが先導している。 僕とイザベルさんの仕事は、後方の警戒と、ふたりの前へは絶対に出ないこと。



 僕からは親指大に一瞬しか見えなかった狗が、近づく頃には死んでいる。ミックさんのM4A1(ライフル)によって頭と腹を1発ずつ正確に撃ち抜かれている。


 別方向からこちらに気付きかけた、比較的近い距離にいた2匹は、アントニオさんの携えるM870(散弾銃)によって身体の一部を粉砕され、沈黙した。


 なんでも消音器(サプレッサー)というのが、銃の先端に取り付けられていて発砲音を抑えているらしい。それでも結構な音が鳴るものの、伐採部隊の出している音の方が(はる)かに大きいから、狗が集まってくることはない。


「こう何発も撃ってると反動キッツいなあ」


「警官のくせしてなかなかやるじゃないか」


大尉(キャプテン)にお褒めいただき光栄だねえ」


()中尉だ」


 ふたりが魔物との戦いで地味に見えるのは、銃と木こり達の戦い方の相性が悪いからだと思う。万が一にも味方に当てないように、引金を引く回数が少ないのだ。


 今は誰もいない。敵陣の中には僕たちしかおらず、躊躇(ためら)う必要はない。前をぐんぐん進むふたりの戦いは、戦闘というより処理だ。今のところ僕とイザベルさんの仕事はほとんどない。




 いつの間にか太陽は真上に来ている。

 伐採音が遠くなってきていて、ふたりが足を止める回数が多くなっている。なかなか進まない。この辺には狗が多く残っているようだ。


 再装填(リロード)を行うアントニオさんを掩護(カバー)するためにミックさんが前へ出、走ってくる狗の脳天を撃ち抜いた。


 1匹漏れている。

 茂みから飛び出した狗はミックさんの方を向き、"川の(イル・モンストロ)怪物(・ディ・アルノ)"、拳銃のレガロを抜いたアントニオさんの銃弾を浴びて息絶える。


「ここでお別れだな」


「それは、どういう」


 聖域まで一緒に行くんじゃないのか、そう思い、アントニオさんが(いま)だ拳銃を向ける先を見ると、小さな人影が3つ、うろついていた。


「子供くらいの体格、黒い体表、木の実のような頭部。あれが"餓鬼(ペタ)"で間違いないな?」

「……はい」


 膨らんだ腹部に衝撃が入ると自爆をする"特殊個体(エスペシャル)"の姿だった。爆発自体もさることながら、例によってその音により周辺の魔物を引き寄せる。いつだって会いたくないが、よりもよって今か。


「お腹に当てないように、頭だけ撃てませんか?」

「可能だ。しかし、せっかくだ。盛大(せいだい)に行こう」


 ミックさんは"8番(バルバトス)の武器庫"により新しい武器を出した。アントニオさんは凄く嫌そうな表情でそれを見る。


「なんだその、下品なモノは」

「AA-12だ。12ゲージの爆薬を装填してある。トーニォにも50口径をやろう」

「いらない」


 ミックさんは鼻で笑ってこちらを向いた。

「ヘイト、ペタを迂回して進め。俺たちは5分後に攻撃を開始する。少しでも敵を引き付けるから、しっかりな」





 走り出してから数分すると、後方から激しい爆発音が聞こえ始めた。黒い森のなかで残ったふたりの無事を祈りつつ走る。足を動かしながら息ひとつ乱していないイザベルさんが言った。


「へえ、凄い武器だ。騎士なんか()らなくなる」


「欲しいですか?」


「いいや。矢とか(いしゆみ)とか火器とか、ああいったのは(あた)らなくてね」


「安心しました。あんまり良い物じゃないと思いますので。ミックさんもレガロを使う時は渋い顔してますし」


「なるほどね。確かに業が深い武器だ。あんな簡単に命を奪えるんだから。罪悪感も有るんだか無いんだか、自分を見失いそうになる――それより方角(ほうがく)は合ってる?」


 確認するために、立ち止まって太陽の位置と方位磁石を確認する。危険な南側から入って、黒い森の発生地点を(かす)めつつ、北西へ。間違いなく聖域へと進んでいた。


「大丈夫です」


 ちょうど立ち止まった時、辺りを見回してふと視線が止まった。妙な木が見えたのだ。

 何故あの木だけが変に感じるのだろう。ここは森の中で、樹木はうんざりするほどあるのに。

 片側だけまったく枝が生えていない。どことなく片腕のない人間のように見えるから、目が留まったのか。


「ボケっとしない」

 イザベルさんの声と共に突き飛ばされ、地面に倒れ込んでしまう。びっくりして顔を上げると、僕が立っていた場所に大柄な影が立っていた。


 ゴリラを思わせる霊長類に似た屈強な肉体。老人のような顔の、(うつ)ろな黒目がこちらを向き、五寸釘のような牙を()()しにしている。


 "憑霊(ウェンディゴ)"だ。

 青みがかった体表の怪物が、倒れたままのこちらに向かって右腕を振り上げる。


「我が信仰を、前へ進む力に」

 稲妻のように金色が(はし)り、ウェンディゴの手首が斬り飛ばされる。残像を追った先には、レイピアを抜いたイザベルさんが立っていた。


「先に行きなよ。私はこいつ()をバラバラにする」


 ぬっ、と茂みから数匹の狗が現れる。


「でも、ひとりじゃ!一緒に!」


 痛みをぶちまけるように怒り狂ったウェンディゴがイザベルさんに向かって突進する。


「一緒に戦ってるつもりだ。使徒様」

 イザベルさんは胸元の赤い宝石を指で弾き、姿を消した。ウェンディゴのタックルは空を切り、巻き込まれた低木が倒れる。


 次に視界に捉えた聖騎士は、巨大な魔物の片眼を切り裂いていた。





 太陽が傾き、枝葉の隙間から降る光はオレンジがかっている。

 森のなかを走る。タイムリミットは近付いている。ここまでやったのだ。木こり達に集まってもらい、使徒の皆に手を借りて、街の人々にも迷惑をかけた。


 その上、仲間を黒い森に置き去りにして走っている。

 これで助けられなかったら、どんな顔をして帰ればいい。

 次に村に戻るとき、絶対に召喚された使徒と一緒に帰るのだ。


 走って、景色が抜ける。


 広い芝生に、大理石のような石材でできた大きな椅子。


 聖域だ。


 辺りを必死に見渡す。動くものは無いが、

 芝生に横たわる何かが視界に入り、心臓が跳ねた。


 ソレは生き物が横たわっているようで、辺りの芝には暗い液体が広がっている。

 意を決して1歩を踏み出す。


 見なければならない。

 この戦いの結末かもしれないものを。


 1歩1歩、進む。

 周りに飛んでいるのが(ホコリ)ではなく(ハエ)だと理解しながら。









「これは……狗?」

 血溜まりに沈む死体はひとのものではない。狗……魔物の死骸だ。しゃがみこんで傷だらけの体を見る。確実に死んでいる。間に合ったのか。

 しかしこの傷口は、まるで、剣で――


「動かないでくれる」


 やや低めの女性の声と共に、首筋に剣が触れた。反射的に両手を上げる。


「また化け物?」


 (おび)えを押し殺すような、ハスキーさの混じる気の強そうな声。


「顔、見せてもらえる」

 ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと振り向く。


 ひた、と首に当てているエストックの持ち主の姿は、牛のように前を向いた角が2本生える(フルフェイス)。僕を見下げる高い身長が纏っているのは、赤と黄を基調とした全身鎧。その造形はとても装飾的で、そう、闘牛士(マタドール)が着る衣装のようだ。


 その背中の向こうに、


 別の狗の姿。



 狗が駆け出した。

 マタドールは忠告を無視して動いた首を斬りつけるが、それを無視し魔剣を抜き放ちつつ狗に向かう。


 数は3。剣をゴルフクラブのように振りぬき、先頭の脚を砕く。大きく踏み込み、(かか)げた剣を2匹目に叩きつけ、脚を(つか)もうとした掌が空を切る。

 3匹目は僕を無視してマタドールへ抜けていった。


 まずい――!

 咄嗟(とっさ)に振り向く。


「へえ、脚を斬ればいいんだ」


 正面から突撃(チャージ)する狗に全く(おく)せず、マタドールはケープで下半身を隠している。魔物は獲物に喰らいつかんと口を開き――



 華が開くようだった。



 衝突(しょうとつ)の一瞬、牡丹(ボタン)色のケープが(ひるがえ)ると、マタドールの姿が見えなくなる。


 狗の牙は何を捕らえることもなく抜けていき、走る勢いのままつんのめって転がった。見ると脚が1本()くなっている。


 マタドールは消えたのではく、ただ1歩動いただけだった。その戦い方は、僕のものとも、勘治先生のものとも、ヒルのものとも違う。狗の脚が斬られるのは決められたことかのようで。


「雑な剣。だけど(こな)れてる。嫌いじゃないねえ。アンタ名前は?」


 マタドールは兜を外し、振り向いた。

 意思の強さを主張する双眸(そうぼう)。小麦色に日焼けした肌。形の良い笑みをつくる口。黒と金のグラデーションに彩られた髪が広がる。


佐々木竝人(ササキヘイト)です」


「ヘイトね。私はダリアナ・ライネス。ダリアでいいわ」


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