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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
7月 新たなる季節
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92話 7月17日 烏合の衆

 


 発生した黒い森(ボステ・ネグロ)に近い村。

 そこへ根絶やしに参加する者たちが集まってきていると聞いた僕は、メサさん、イザベルさんと共に馬車で向かった。


 その村は(ティリヤ)からそう離れた場所にあるわけではないから、日が高いうちに到着できた。雑多なひとが集まって、まるで桜の木のない花見会場のようになっている。馬車から降りるなり怒声が聞こえてきた。


 大きな木造の家屋から、何人かの男性が言い争う声が()れていて、野次馬(やじうま)たちが人垣をつくっている。


「なんだぁ?」

 (いぶかし)しんだイザベルさんは人垣を押しのけ、ノックもせずに扉を開けると、ずかずかと家の中へと入ってしまった。

 お邪魔します、と小声で呟きながら付いて行くと、リビングで長机を囲んでいる村人たちと、白い甲冑を着た男たちが一斉(いっせい)にこちらを見る。


 数秒の間の悪い沈黙のあと、白甲冑のひとりが口を開く。


「イザベル。貴様、何をしに来た?」


「そっちこそ。聖騎士が雁首(がんくび)(そろ)えて何食ってかかってるの?」





「はあ、なるほど。それで()めていたと」

 全員をとりあえず座らせ、ひととおりの話を聞き終えたメサさんはそう呟いた。

 口論の原因は一言(ひとこと)で言ってしまうと金である。


 黒い森が発生してから1週間、駆けつけた聖騎士隊が魔物を退け水際(みずぎわ)対策をしてくれているのは良いが、当然彼らは(ここ)に滞在している。


 住民が100人に満たない小さな村だ。夏ではあるが村人たちが食っていくのにも大変で、ましてや大喰らいの30名弱に及ぶ聖騎士隊を維持するだけの余裕はない。


 聖騎士は聖騎士で金持ちというわけでもないようだ。教会からお金と食料は預かっているが、夜間の燃料や馬が食べる分の干し草などにかかる雑費を何だかんだと村にせびっている。


「できる限りの協力はしているつもりだ。しかしな、これ以上は次の冬を越せなくなる。だから――」

「冬の前に魔物が迫ってきている。このままでは村が滅ぶと忠告している」


 村長と名乗る赤ら顔に悲壮感を浮かべた老人の言葉を、小麦色の肌をした聖騎士の隊長格が仏頂面で(さえぎ)る。


「ただでさえ木こりやらよく分からん連中が集まってきているんだっ。必要な物は融通(ゆうづう)するから金くらい払ってくれっ」

「我々は命を賭けて貴様らを守っているのだぞ……それを金だと!」


「ま、まあ、ちょっと待って!」


 村長は悲鳴のような抗議を上げ、隊長は青筋を立てる。一旦は静まった空気がまたヒートアップし始める。堂々巡りの話し合い、これは決着しなさそうだ。村人たちは危機感を持っているが余裕がないのは嘘ではなく、聖騎士としては聖域が侵されようという状況で、じゃあ帰ります、と撤退できない。


 お互い相手の足元を見ているわけではなく、無理がある。妥協点(だきょうてん)を探すのは難しいのではないか。



「イザベル、とりあえず解散させられる?」

 メサさんに言われたイザベルさんは、分かった、と立ち上がって剣を抜く。


「解散だ不心得者(ふこころえもの)共!聖騎士は木こりと狗共を蹴散(けち)らしてこい!村人は喰える草でも()みに行け!


 さあ、さっさと出な!もたもたする奴はたたっ斬るよ!」


 金髪の麗人(れいじん)はそう叫びながら近くにいた聖騎士の髪をすぱっと切ってしまう。あんまりな剣幕に驚いた聖騎士と村人たちは我先(われさき)にと家から出て行った。


 退散する彼らを見送ったイザベルさんは剣を納めると、ふんっ、と鼻を鳴らして言う。

「まったく。金、金とみみっちい奴らだ」


 まるで説得力を感じなかった。





 思いがけず占拠(せんきょ)してしまった村長宅を後にし、テントが立ち並ぶ空き地を歩く。明らかに村の者ではないような、色々なひとたちがとっ散らかっていた。


 まだ昼間だと言うのに、傭兵のような風貌(ふうぼう)の男たちがギャンブル(カード)(きょう)じている。そのうちのひとりがこちらを見ると、おもむろに立ち上がって近づいてくる。


「ああ、いた。甲冑の使徒様よお、マリアーノって商人が呼んでましたぜ。東門の近くに()るらしいです」

「確かに」

 とメサさんは財布から出した銅貨数枚を傭兵に渡す。

 じゃあこれで、と短く言ってお金を受け取った傭兵は、仲間の輪に戻るなり「使徒様に掛け金(チップ)を貰ったぞお!」と盛り上がっている。


「木こり達は伐採に行っているんですよね」

 つい口からこぼれた疑問にメサさんが答えた。


「傭兵たちは仕事があると思って集まってきたのでしょうが、彼らに命令を下す司令官がいない。だから暇を潰しているのでしょう」


「司令官ですか」


「雇い主と呼んでもいいですね。前回の根絶やし(エラディカシオン)なら国会が、普段の伐採なら商会がその役割を負うのですが、今回は事情が異なります」


 なるほど。彼らは雇われて武器を取る兵たちだ。契約もなしに命は賭けないし、ましてや働かないのは当然の話だ。それはそうなのだが、


「結構な人数が(そろ)ってるんだから、何か手伝って欲しいですねえ」

「お散歩している私たちが言えることかね?なあ、ヘイト」

「うっ」


 いたずらっぽい笑みを浮かべたイザベルさんに図星を突かれてしまった。確かに働いていないのは僕たちも同じだ。


「ヘイト様、私はマリアーノ氏のところへ挨拶に。ちょっとした贈り物(プレゼンテ)もありますので、期待していてくだ」

「魔女……?」

「それでは!」

 後ろから険のある声が聞こえたかと思うとメサさんは走って消えた。素早い。ロングスカートなのに。ま、まあ。それより――


「あ、アイシャさん。来てらしたんですね……」


 振り返ると、街の教会で暮らす清廉(せいれん)修道女(シスター)であり、この異世界で最初に会った僕の案内人である、アイシャさんが立っていた。


 整ったアラブ系の顔は不快感を(あら)わにし、ぱちりとした二重の眼は細められてメサさんが走り去った方向を(にら)んでいる。緩くウェーブのかかった豊かな黒髪はどことなく逆立っているように見えた。


 いつもの純白の修道服ではない、黄色いワンピースが良く似合っていて、いつもの明るい笑顔は消え去り、目が()わっている。


 手に握りしめた手術用のメスも(あい)まって恐ろしい。

 失礼します、進もうとするアイシャさんの前に、イザベルさんがずいっと出た。


「アイシャ、その服いいじゃない。修道服はどうしたんだ?」


「応急処置のとき汚れてしまって……ではなく、あれは魔女ですよね。(ちゅう)さねば」


 チューしなければ、ではないらしい。

 辺りが暗く、天気が悪くなってきているのは偶然なのか。


メサ(あいつ)はとんでもない俗物だが、良い魔女だ。(ほお)っておけ」

「どいてください。どうであろうと、悪魔の契約者は主の敵です」

「おい。よく聞け。今の()は誰だ」


 きっ、とアイシャさんは睨むが、それで動じるようなイザベルさんではない。ほんの1秒くらいそうして、アイシャさんは(まぶた)を下ろして大きな深呼吸をひとつした。


「ヘイト、私はアイシャと怪我人を見てくるよ――ほらアイシャ、行くぞ。いつまでもブサイクな(ツラ)してるとヘイトに嫌われるな」


「そういうこと言うのやめてくださいっ!」


 ふたりは連れたってどこかへ歩いて行ってしまう。沢山のひとがいる村でひとりになってしまった。

 ぽつぽつと雨が降ってきたようだ。





 夕方くらいになっただろうか。薄暗い雲が空を覆っているから、時間の感覚が狂う。霧雨は強くなるでも弱くなるでもなく()い続いている。


「そんなことがあったのか。まあ聖職者と魔女じゃ相性が悪い」


「でもイザベルさんはメサさんと仲良さそうですよ」


「うん。イザベル自身が数百年ぶんくらい先進的なんじゃないかな。アイシャの反応が一般的なのだと思う。この世界ではね」


「はあ。他の聖職者も魔法使いに対しては当たりが強いんですかね。教会って権力凄いし、暮らしづらいんじゃ」


「ああ。メサなんかは教会出禁だそうだよ。体調が悪い時に()てもらえないから困るって」


 伐採から()()げてくる木こり達の中に、物憂(ものう)げな表情を浮かべるイケメンを見付けたので、ホットワインを持って(ねぎら)いに行き、そのまま一緒にテントの集団を()って歩いている。


「今の話もそうだけど、うまくいってないね」


「ローマンさんもそう思いますか」


「村人と聖騎士、魔女と聖職者、木こりと傭兵。戦力としては十分だけど、バラバラだ」


「統率が取れていないんですね」


「そう。きっかけでもあって、(まと)まってくれると良いのだけどね。


 ヘイトが商人を呼んでくれて助かったよ。彼らが食料を運んでくれなければ空中分解していた」


 ローマンさんと()()しをやっているテントに行き、たっぷりパンとスープを貰って周りと比べて立派なテントへと向かう。そこには、


「ヘイト様。お久しぶりです!」

「あ!チコさん。ブルーノさんも……」


 見知った顔。国会に所属せずに街や村の治安維持を買って出ている自警団(ビヒランテ)の皆が、あの日からどうにも会う気にはなれなかったひとたちが、こちらを見付けて遠慮がちな笑顔を浮かべている。


「ヘイト、チコは自警団の代表になったんだ。そうだよね?」

「ローマン様の(おっしゃ)る通りです。とは言ったものの、やはり先代には及びません」


 チコさんはそのラテン系の顔に照れ笑いを浮かべる。だが、その目は伏せられ、(まぶた)が細かく震えている。つい、椅子に座りながら目を逸らしてしまった。立ち直れていない。


「そ、そうですか、ね……」


 周りの騒がしさがよく聞こえる。このテーブルが静かだから。

 沈黙に耐えられなくなったら、僕のことを(うら)んでいませんか、と言ってしまうかもしれない。僕がもっと強ければ違う未来を(ひら)けていたと、彼らが思っていても仕方がない。


 どんなに頭を巡らせても出てくるのは謝罪の言葉ばかりだ。だが、そのどれもが意味のないことは分かっている。どれだけ後悔しても彼は帰ってこない。


 僕と自警団にも不和がある。ここに集まってきた者たちと自分では何の違いもない。僕も烏合(うごう)(しゅう)のひとりだ。


「……ヘイト様。あの時は、自警団は力になることができなかった。あなたひとりに任せてしまった。今度は、共に戦いたい。この街を守るために」

 ハッとしてチコさんを見る。

 僕と彼らは同じ思いを抱えているのかもしれない。

 恨んでいるのかもしれないし、非力さを嘆いているかもしれない。立ち直っていないし、立ち直れるわけがない。


 だが、何時(いつ)までも立ち止まってはいられない。ならば、ここで言うべきは懺悔(ざんげ)ではない。

 前向きな言葉を。


「皆さん、ありがとうございます。本当に。また一緒に戦えるの、心強いです」


 彼らは痛みを抱えながらもここへ来てくれた。僕だけが(おび)えているわけにはいかない。

 チコさんの驚いたような眼が僕を捉えると、今度は混じり気のない微笑を浮かべた。


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