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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
7月 新たなる季節
94/189

91話 7月15日 ティリヤで最も自由なシスターのお話

 


 僕、というかこの鎧には尻尾が生えている。尾てい骨の辺りから腕の骨のような、数メートルの長い尻尾が1本。時に勝手気ままに、時に僕の意志を()むように動いている。


 その尻尾をがっちり掴んでいる麗しい美女がいる。


「あら、イザベル。黒い森に行っていないの?」

「あ?何の話」


 新しく(ティリヤ)に開店したお店に向かっていた途中、何の脈絡もなく現れたイザベルさんに、同行してくれているメサさんが聞く。 


「聖域の近くに黒い森が発生して、聖騎士隊が派遣されてるの。てっきりイザベルも向かったと思っていたのだけれど」

「へえ」

「へえ、って貴女、仮にも聖職者でしょう?」


 (れっき)とした教会所属の聖騎士です、とすげなく答えながらも尻尾を引っ張り続けている。


 そよ風が吹くと、ホワイトブロンドのショートヘアがさらさらと揺れる。マシュマロのような白い肌。真剣な表情を浮かべる端正な顔立ち。


 神は彼女とローマンさんを5日かけて作り、1日かけて他の人類を作って、7日目の夜に"シャイニング"でも見ながら僕を作ったのだろう。


「大荷物だな、ヘイト。金目(かねめ)の物かい?」

 僕は両手に荷物を持っているから、背骨を引っ張られるような違和感があるが、抵抗できずイザベルさんにされるがままになっている。


「まあ、そうなんですが。とりあえず、離してくれると嬉しいなって……」


「嫌だ、と言いたいところだが、実は悪い奴らに追われててね。そろそろ行かなきゃなあ」


「大丈夫ですか?」


「あーあー平気平気」

 空を見つめる猫のように何処かを見ながらそう言うと、イザベルさんは走り去っていった。





 まだまだ日が高いうちに目的の建物へ到着することができた。

 扉を開けて中に入ると、薄暗い店内の蝋燭に照らされる店主は目を合わせるなりカウンターを乗り越え勢いよく僕の前に(ひざまず)いた。


「ご無沙汰しておりますヘイト様!直々(じきじき)にご来店くださるとは光栄でございます!本来であれば私の方からご挨拶に行くところをご足労くださりッ……!!」

「ちょ、ちょっとまって。とりあえず立ち上がってっ!」


 突然ぶつけられた圧のある低姿勢に驚きながらも、両手を着く彼を何とか立たせる。この目つきの鋭いギャングにいそうな男性は、僕と面識があるようなことを言っているが、誰だっけ。


 僕の名前も合っているし、四六時中甲冑(かっちゅう)を着ている変人を人違いするというのもないか。


「どっかで――」

「あの時ヘイト様に助けて頂けなければこうして店を持つことはありませんでした。所帯を持つことも叶わなかったでしょう。感謝の念に()えません」


 ギャング氏は歯を食いしばって涙を(こら)えながら言う。もうだめだ。アンタ誰、とは軽々しく言えない。木こりに紹介されて今後の協力を頼みに来たのだし、気分を害されるのは得策ではない。一芝居()つ時か。


「アノ時ハ大変デシタネ」

 僕に演技は向いていない。それが分かった。


「ええ、助けに来ていただけなければ、あの汚れた家で死んでいたことでしょう。あなた様の芋虫のような神々しい姿は忘れられません……!」


 もしかして馬鹿にされているのだろうか。

 まあ、いいや。以前僕が助けたことがあるらしい。商人を助けたことなんてあったか。()めた商人の(かしら)が結果的に死んだことはあったが。


 はて、何時(いつ)何処(どこ)で会ったか。


「そんなことがあったのですね。私もヘイト様の勇姿(ゆうし)をこの眼で見たかったですわ。何時頃(いつごろ)のお話なのですか?」


 僕の動揺を察知したメサさんが情報を引き出そうとしてくれる。


「あれは身も凍るような冬でした。我々の商隊は盗賊に襲われ、生き残ったのは私だけ。地下牢に投げ込まれ、冷たい石の冷気が身体に染みわたり、死を待つだけだった私の元に、ヘイト様が降り立ったのです。その直後、灼熱の業火が盗賊を焼き払いました。これこそ主が起こした奇跡だと」


 大袈裟(おおげさ)な物言いをされる御方(おかた)である。

 まあ、それはいいとして、寒い時期、冬だろうか。かなり前の話かもしれない。それより、


「灼熱の業火……ラロさんの才能(レガロ)……」


「はい。ラロ様、レオン様にも助けに来ていただけたと、身に余る光栄です。未だ至らぬ商人の身ですが、この命は主に捧げようと思います。


 ヒルについては……何と申し上げたら良いものか……いずれ彼にも礼を言いたかったのですが」


 自警団(ビヒランテ)。ヒル。


「ああ!あの時の火事の!」

「あん?そうですが?」

「いえ、何でもありません」


 何か勘付きそうだったのですっとぼける。

 そう言えば4カ月前くらいにそんなことがあった。盗賊に捕まり、身代金(みのしろきん)を要求されていた商人を助けに行ったのだ。


 思えば、あの時から色々な因縁が始まったような気もする。


 あ、申し訳ございません、と言ってギャング氏は思い出したようにカウンターへ戻ると、咳払いをひとつしてから口を開いた。

「前置きが長くなりましたが、マリアーノ材木店へようこそ。本日は何の御用でしょうか」





「まあ、こんなものですかね」

 メサさんがそう呟いた。


 メサさんは僕が商人に丸め込まれないように付いてきてくれたのだろう。その点については杞憂(きゆう)に終わり、商談はすんなりとまとまったのだが、少しだけ誤算があった。


「持参いただいた物品で、何とか数十人分の食料は集められるでしょう。ですがそれ以上の装備や(トラップ)類となると、手配は難しいかと。申し訳ございません」


「うぅん。残念です」


 こちらが提示したのは、貯金や雌鶏や豚などの何だかんだでかき集めた資産。要望としては、装備と食料と(トラップ)、魔物と戦うための物資を、すぐ、できるだけ沢山、運搬(うんぱん)も込みでお願いした。


 誤算と言うのは、ミックさんに出してもらったサバイバルナイフ数本と"18番(バティン)の貴石"の聖遺物(レリキィア)は、買い手に伝手(つて)がなくなったから扱えないと言われたことだ。


 売れば一生遊んで暮らせる聖遺物とあって期待していたのだが、まさか価値がありすぎるのが問題になるとは思わなかった。


 まあ、そもそも話が急すぎる。仕方がない。



「恩返しをすると申し上げておきながら、恐縮です」

 ギャング氏は羊皮紙の契約書に手早くサインをすると、僕の前にも羽ペンと共に差し出した。


「もう少し我々の手元に現金があれば、動きやすくはあるのですが――そうか」

 ペンを受け取って、自分の名前を書き込もうとすると、契約書が引き戻される。顔を上げると、眉間に深い(しわ)を作ったギャング氏と目が合った。


「ヘイト様。提案、と言いますか、折り入ってお願いがございます。もしご協力していただけるのなら、装備と(トラップ)類についてもご提供ができます」


 ろうそくの火に照らされるギャング……ではない、マリアーノ氏の形相(ぎょうそう)(おのの)く。

「な、何ですか?」


「とある人物を探して()らえていただければ、と」


「捕らえるって、誰を」


(スーパー)自由人、聖騎士イザベルです」





「会った!さっき会った!」


「そうですね。まあ、イザベルにお金を貸す方が悪いです」


 マリアーノ氏から聞いた話だが、イザベルさんは多額の借金をしたものの返済期限を過ぎてもさっぱり返す気配を見せず、それどころか雲隠れしてしまったので、捜索に至ったらしい。


 僕たちがイザベルさんを見つけて、借金を返させれば、それを元手に物資を集められるだろうと。



「どうしよう」


「よしんば見つけたとしても、イザベルは前身(ぜんしん)秘跡(ひせき)で早く動けますからね、鬼ごっこをしては勝ち目がありません。性格上、追いかければ逃げる()ですし」


 とりあえず街に出て闇雲に歩いているが、神出鬼没の彼女だ、そう易々(やすやす)と見つかるものではない。影も捕まえられない。


 すでにこの広い街を発っている可能性もある。


 何か、何か策を。


 メサさんは少し考えこむと、

「まだ時間はあります。今日は()(やく)にお願いをして回りましょう」


街角(まちかど)で広告とかニュースを叫んでるひとたちですよね。どうするんですか?」


「探してダメなら、探しに来てもらえばいい」

 そう言いながら、メサさんは僕の尻尾を手に取った。





 次の日。


「いたぞ!こっちだ!」

「回り込め!」


「何でこんなことに……」

 鎧の尻尾に赤い宝石を持たせた僕は街を走り回っていた。できるだけ太い道路を選び、街の人々に迷惑をかけない範囲の全速力で動いている。


 いや、もう迷惑に関してはもう手遅れか。昨日からお触れ役たちは「不死の使徒(アポストル)、ヘイト・ササキを捕らえた者に宝石を与える」と午後いっぱい叫び続け、そして日の出より始まった追いかけっこは最早(もはや)、"使徒追い祭り"と呼べる規模になっていた。


 告知期間は短いと言うのに、僕を追いかけるひとの多さたるや。この街のお祭り好きが(うかが)える。

 馬車を動かす商人たちは次々と飛び出してくる人間を()き殺すまいと諦めきった顔で御者台に収まっており、馬たちは穏やかな顔でゆっくりとストップアンドゴーを繰り返している。


 街の流通は機能不全に陥っていた。

 ごめんなさい。



「くらえっ!」

「危なっ」

 体力自慢の若者が繰り出した物干し竿を腕で受けてから、すり抜けて走る。若者は悔しそうな表情をしていた。


 振るわれるフライパンや飛んでくるガラクタを何とか(かわ)しつつ、一旦(いったん)薄暗い路地へと入り、積まれたゴミ箱の影に隠れる。


 もう少しでタイムリミットの夕暮れだ。それまでは生き残らなくては。

「みんな遠慮ないなあ」


「そこがこの街の良いところさ」


「?――うわっ!」

 振り向くと同時に振るわれたレイピアを何とか両手で防ぐ。遠慮の一切ない金属音が路地に響いた。


「借金取りに追われるこのイザベルめに、金ヅルを(つか)わし(たも)うた我が大いなる主に感謝を」


 金髪碧眼(きんぱつへきがん)の美女が、獰猛(どうもう)な獣のような眼でこちらを見ながら立っている。

 良し、良し、釣れた。



「我が信仰を、前へ進む力に」

 "前身"の秘跡を操るイザベルさんの剣筋を目で追うのは諦めた。呪いの鎧が無ければレンコンのきんぴらになっていることだろう。身体を貫くような衝撃を転がりながらいなし、イザベルさんに背を向けて全速力で走る。



『――ちなみに、イザベルさん捕まったらどうなるんですか?』


『どうせ借りたお金は使い切っているでしょうし……聖職者だからどうなるか……順当に債務奴隷(さいむどれい)ではないでしょうか』


『奴隷』


『ええ、借りた金額分を働くまで人としての自由が制限されます。あの()が汗水()らして(くわ)を振るっているところ、見てみたいものですね』


『そんなあ』



 必死に逃げながら、昨日、街をメサさんと歩きながらそんな話をしていたことを思い出す。飛び掛かって来る男性や、低い位置に張られたロープを飛び越え、イザベルさんの剣戟(けんげき)から身を守りながら、目的地を目指す。


 商店街のような道路に入った。狭い道路をニヤニヤ笑いを浮かべた街の人々が壁を作って待ち構え、後ろからは追手(おって)(せま)っている。


 まずい――


「"鉄柵"の悪魔よ、契約を履行(りこう)する」


 何処かから声が聞こえたと思うと、低い家の壁に数本の鉄の杭が生えた。咄嗟(とっさ)に杭へ向かい、それを足場にして家の屋根へと登る。

 そこから更に高い屋根へ尻尾を引っ掛け、ロープのようにして登る。何だか忍者になった気分だ。鎧の重さで屋根が抜けなければいいが。


 目線を下へ向けると、呆気(あっけ)にとられた町人たちの顔が見えた。


『フフッ。まあ、根絶やし(エラディカシオン)を行なうなら、イザベルにも協力してもらった方が良いのですが……』


『うぅん。なるほど、それなら――』


 屋根を(つた)って走る。もう少しだ。



「楽しいね。ヘイト」

「うわっ!」


 一際(ひときわ)強烈な刺突が右肩を(えぐ)った。屋根の(へり)まで転がって、何とかとどまり立ち上がる。


 ちらと肩を見るが、鎧には傷ひとつ無い。

「イザベルさん。大人しく借金を返すつもりはありませんか」


「ヘイト。使っちまったよ。全部。それに、たとえ金を持っていても、私は返さない」


「そうですか、残念です」

 言いながら、屋根の下を見て、イザベルさんに視線を戻し、拳を握る。


「我が信仰を、前へ進む力に!」

 真っ直ぐ突っ込んでくるイザベルさんを、()(こう)から迎え撃つ。



 イザベルさんの鋭いタックルを食らった身体は宙へと投げ出され、ふたり(そろ)って一瞬の浮遊感を味わう。


「捕まえたあ!」

 というイザベルさんの声を聞きながら、彼女の身体を抱きしめ、


 (きた)るべき衝撃に備えた。


「ぐえっ」

「"鉄柵"の悪魔よ、契約を履行(りこう)する。お見事です。ヘイト様」


 尻尾を命綱(いのちづな)にしてバンジージャンプした僕とイザベルさんを待っていたのは、メサさんが魔法で作った(おり)


「ああ、私、()められたのか」

 なるほどお、と高額債務者(さいむしゃ)は感心したようにそう言う。

 こうして、イザベルさん捕獲(ほかく)作戦は無事に終了したのだった。





「私は高価(たか)いよ。払えんの?」


「払う払わないじゃなくてお前は今日から奴隷なの!自由は無いの!」


 マリアーノ氏はイライラしながら木の板でできた手錠(てじょう)をイザベルさんの手首に付けている。


 簡単にイベントの終了と勝者を街の大広場で発表した後、僕たちの一行はマリアーノさんのお店へ戻ってきていた。日はとっぷりと暮れている。貴重な2日間を使ってしまった。


「ヘイト様。ご協力ありがとうございました。まさかこんなにもお早く捕まえられるとは、流石(さすが)でございます。お約束通り、物資は手配いたします」


「あ、ありがとうございます。それで、お金なんですが――」


「はい。コイツは高く売れそうですから借金は相殺できるでしょう。みすみす金を貸した店の者(ボンクラ)は厳しく叱りつけておきます。重ね重ね、ヘイト様のおかげです。ありがとうございます」


「マリアーノ。金に(おぼ)れた商人は主の御傍(おそば)には行けないぞ」


「金を借りて返さねえ女の言葉とは思えねぇ。お前を売っても教会は何とも言わんだろうよ!」


 イザベルさんは不敵に笑い、マリアーノさんのこめかみには青筋が浮き出ている。


「あ、あの。そのことなのですが」

「はい。ヘイト様。私にできることがあれば何なりと」

 マリアーノさんは柔らかい微笑を浮かべてこちらを見る。


「イザベルさん。僕が買ってもいいですか」





「いやあ、今日から晴れて奴隷の身、ヘイトがご主人様か。どんなスケベな命令されるか――」

「そうはなりません。イザベルさんは今から自由の身です」

 言いながらイザベルさんの手錠を外す。メサさんの前でおかしなことを言うのは控えてもらいたいものだ。


 店を後にし、すぐ近くの宿屋へ入って夕飯を囲んでいる。

 僕の貯金を空にして、さらにメサさんが街のあちこちから借りてきたお金をマリアーノ氏へ支払い、イザベルさんの手錠の鍵を(ゆず)()けた。


 もう、どうにでもなれだし、どうでもいい。

 それどころではないのだ……


「何だ。つまんないの」


「あのね……

 いや、それより、イザベルさんの(ちから)が必要なんです。協力してもらえませんか?」


「何?改まって」


「一緒に戦ってください」


 そう言って、座っているイザベルさんの後ろへと回り込み、賞品である赤い宝石の付いたネックレス――"18番(バティン)の貴石"を、白く美しい首へとかけた。


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