86話 我が親愛なる憎しみへ
Dear Heito,
君がこの手紙を読んでいる頃には、私はもうこの世界にいないだろう。
一度この文を書いてみたかったのだ。まさか本当に書くことになるとは思わなかったのだが。
さて、わざわざ手紙なんぞを書き残したが、その実、2,3伝えたいことがあるだけだ。重要なことは書かないのでそのつもりで。
まず、私の才能である"25番の書"についてだ。以前、私はこの能力を、頭の中身を形にしただけで特殊なことはないと言ったが、あれは嘘だ。
嘘と言うと語弊があるかもしれない。あの自称神から与えられた力の全容を説明するには不足があると言うべきか。要は私の"知り得ないこと"も記載されているのだ。
大きくふたつ。ひとつは、既存の魔物の生態。もうひとつは、私の出会った使徒が持つレガロの詳細。つまり、味方と敵がどんな戦力を持っているかだ。
このレガロは、私が使徒や魔物に"出会う"こと(対象の生死は問わない)を引き金として、その情報を自動的に更新する能力である。
名称に入っているカークリノラースと言う悪魔は、カーシモラル、グラシアラボラスとも呼ばれ、契約した者に諸学問を教える傍ら、殺人をそそのかすという。
この25番の書には、あらゆる使徒と魔物の殺し方が記載されていた。
それを私はずっと知っていた。そして知っていながら情報の一部を秘匿していたのだ。
ある日のことだ。25番の書にとあるレガロが新しく記載されていることに気が付いた。
"代行者の仮面"と"均衡の鎧"だ。
驚いたよ。
使徒と会う際は、相手が使徒だと認識して顔を合わせる。
だが、ある日突然、未知の名が現れた。
つまりこれは、"私がその人間を使徒と認識していないにも拘らず出会い、レガロを所有している者"となる。
特殊な事情が無ければ、基本的に使徒は召喚祭で顔見せをするし、私はできるだけ召喚された使徒と会うようにしていた。そんなことをしなくても使徒が身分を隠す必要性が無い。味方なのだから。
私は異常だと感じた。理由は分からないが正体を隠す使徒がいると考えた。
25番の書が持つ能力を低めに話し、君に仮面のレガロについて警告をしたのはそのためだ。"代行者の仮面"と"均衡の鎧"が、我々に仇なす存在だった場合、強大すぎる。
まあ、私はそのふたりから危険視されて殺されないよう、保身のために有益な情報を制限したのだな。
何が言いたいかというと、私は知らないうちに、このふたつのレガロを持つ者と顔を合わせた、つまりこの街に潜伏している可能性があるのだ。十分に用心して欲しい。
(有益な情報は別紙にてまとめ、他の使徒にも渡してある。今後の戦闘における参考資料として扱ってくれれば幸いだ)
次に、私は君に謝らなければならないことがある。
誤解していたのだ。君が、呪われると分かっていても呪物を纏い、アイシャを守るため魔物の牙に身を晒し、侵攻作戦で人狼に立ち向かったと、街の人間が真の英雄だともてはやしていたと、そう聞いた時。
君のことを、正義感と自己犠牲精神に溢れた(私と相性が悪いタイプの)人間だと思った。そして、そういうのが趣味なら好きにさせてやろうと、ヒルと引き合わせた。
それが誤りだと気が付いたのはラグナルの件があってからだ。あの時、君は反対すると思ったのだが、テアの望みを叶えるために手を汚した。あんなことは純粋な善人のできることではない。
君は自分の願いを叶えるために、ただ我武者羅に危険へと向かっていただけだったのだな。普通の生物にとって究極的な不利益へ突撃してしてまうものだから、それがたまたま周りにとって都合の良い結果を招いていたから、そう見えてしまっていた。
ある意味で自己中心的で、周りの意見など聞かない頑固な人間だったのだと、考えを改めた。
だからこそ私は謝罪しなければならない。
その誤解故に、ヒルの破滅に付き合わせるそのきっかけを、私は作ってしまった。止めるタイミングは幾らでもあったのに、強く引き留めようとはしなかった。
闇の方へと送り出してしまっていたのだ。
すまなかった。
さて、謝っておいてこんなことを書くのも何なのだが、折角の機会なので最後のアドバイスだ。と言ったところで、若者は大人の言うことを聞かない。これは私もそうだったのでよく分かっているつもりだ。
簡単に人間は変わらん。これは私の傲慢で偉そうな振る舞いがさっぱり治る兆しを見せないことが証明している。
君はどうせこれからも危険に向かっていくのだろう。それをこの紙屑で止められるとは思っていない。
死にたくて仕方がない者を止めることはできない。危険へ飛び込もうとする度に引き戻そうにも、人間をずっと目の届くところへ置いておくのは現実的ではないしな。
ただ、君であればその気持ちを少しでも分かってあげられると思う。そういった者たちこそ守ってあげなさい。
私やアントニオのようにどこかで生き意地汚い者ではなく、勘治やアイシャのような、切羽詰まったところで身を投げうってしまうような者たちをこそ。
そのために鎧を纏うことを、私は愚かなことだとは思わない。
手紙であるのに長文になってしまった。年を食うと話が長くなっていかん。
最後に私の勝手な希望を。
残り半年だ。君が無事に、生きて送還を迎えることを心から願っている。
幸運を祈る。
エドガー・A・ホワイトフィールド