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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
6月 佐々木竝人
88/189

85話 彼の送還祭

 


「なあ」


「何ですか?」

「何でしょう?」


 アントニオさんが真面目な表情で声をかけてきて、僕とメサさんは口を(そろ)える。

 朝早く起こされ、軽く身支度(みじたく)を整えてから下の階にある酒場へと向かい、テーブルに着いた矢先のことだ。


「昨晩は楽しかったかね?」

 そりゃあ、宴会で皆と話せたし、色々と思うこともあった。アルコールが入っていたせいもあるだろう、楽しかった。まあメサさんと話していた辺りから記憶はないが……


 それにしても妙な聞き方である。


「ふふっ、フラれてしまいましたわ」

「んあ?」

「よし。ヘイト、お前とは話さなきゃならないことがある。こっちに来い」


「それはどういう……ちょ、あの、あれ?」

 隅っこの席に連れていかれて始まった説教は、送還祭が始まる直前にまで及んだ。





 暗い入場口から、光の満ちる闘牛場へ向かう。

 足元というか股座(またぐら)を見ると、神馬の子(グラニ)(たてがみ)が歩くたびに揺れている。僕とフベルトさん、そしてグラニ自身も武装しているのにその足取りは軽い。二人乗りの重騎兵。それを現実にする規格外の巨馬が歩を進める。


 悠然(ゆうぜん)と晴天の(もと)へ出ると、会場を満たす音に迎えられる。楽隊が高らかにファンファーレを奏で、超満員の観客は拍手喝采を響かせる。耳がバカになるほどの、夏の空気が歪んで見えるほど熱量の()もった歓迎だ。


 これから始まるのは、この街に莫大(ばくだい)な量の木材をもたらし、膨大な数の魔物を(ほふ)ってきたグラニと、フベルトさんの送還祭。


 会場には、先に入場をすませた騎兵たちがいる。

 魔物が()む黒い森のなかを――使徒の援護があったとは言え――聖なる泉まで突破する猛者(もさ)ども。色とりどりの甲冑は儀礼で用いられるような一級品で、使徒を見送る儀式にふさわしい。 


 主役を待っていたように、騎士に随伴(ずいはん)している従騎士(エスクワイア)たちが、それぞれの主人へと馬上槍(ランス)戦棍(メイス)を手渡す。武器を手に馴染(なじ)ませる騎士たちから物々しい雰囲気が(ただよ)い始めた。


 これがパレードであればこの光景にただ見惚(みほ)れているだけでいいのだが、これから行われるのは異形の馬上槍試合(トーナメント)で、まさしく戦闘である。


 曲が終わり、楽隊が次曲を奏で始めるための準備をしている。


 フベルトさんには聖職者たちが持ってきた長大なランスを左手に、右手には大型の楯を持った。背後へ話しかける。


「重くないんですか?」

「グラニの馬力(バリキ)を借りられるから平気」

「へ、へえ」


 ルールは簡単。

 最後に立っていたひとりの勝ち。

 観客が最後まで楽しめるバトルロイヤルだと聞いた。


 しかしだ。競技者のなかに頭抜(ずぬ)けた強さの者がいたとしたら、周りの人間はどうするだろうか。まずその強者を倒してしまおうと協力するのではないのか。


 僕の予想を裏付けるように、騎士たちの(ほとん)どはこちらを見ている。

「10人以上くらいいますけど」

「まあ、何とかなる」


 次の曲が始まったら、

 ゴングが鳴ったら実質10対1ということだ。

 僕は観客席で見学かと思っていたのだが、アントニオさんから特等席があるというので来てみれば、まんまと(くら)の上にいる。


 ということは、程なくして10を超える矛先(ほこさき)がこちらに向かって飛んでくるわけで。

 今は呪いの鎧を脱ぎ、普通の甲冑を着ているだけであるので。

 これは死んだかもしれない。


「俺は戦闘に集中するから」

「は」

 じゃあ誰が運転するのか。


「あんだけ相手にしてたら操れない。手綱(たづな)握って」

「え」


 指揮者が手を振り上げて、楽隊が深く息を吸うのが見え――


 震えた手で手綱を握る。

「短く持って。じゃあいくよ」

 勇壮(ゆうそう)な音楽が始まった。



 世界が動く。視界が(はし)る。

 グラニがミサイルのように加速したのだ。

「ひぃっ!」

 ()()りそうになるのをフベルトさんが押さえ込む。

 中央にいた騎士がこちらへ真っすぐ、他はバラけて半包囲するように動き出した。


「どこ向かえば!?」

「正面!前傾(ぜんけい)!」


 たちまち騎士に肉薄する。

 フベルトさんが繰り出したランスが騎士を(かす)めた。彼の乗っていた馬がグラニに驚いてよれたのだ。


「手綱を左に!」

「うわっ!」


 グラニがスピードを落とさないまま包囲網を()めるように左へ駆ける。向かってくる攻撃を楯で弾いていき、左翼の(はし)にいる騎士に狙いを定め――


 鋭い一撃を受けた騎士が地面に転がった。彼は踏まれないよう這いつくばって壁際へと退避する。


「リラックスしよ」

「無理無理っ!」


 素人(しろうと)指導(レクチャー)無しで馬を操っていいものだろうか。絶対ダメだと思うのだが。文句を言う暇もなく甲冑が迫ってくる。


 これは見世物(みせもの)だ、ショーみたいなものだ、そんな期待は打ち砕かれた。「そのまま手綱を左に」壁際を反時計回りに進み、展開していた右翼へと突撃していく。

 兜の隙間から見える騎士たちの眼は血走っていて殺気すら感じる。そんな騎士たちをフベルトさんは難なく落としていく。


 少しだけ救いなのが、ただ無秩序に暴れまわる、というわけではなく、1,2回の攻防のあと速度を緩めて(にら)み合い、落とされた騎士が退避する部分(パート)があることだが。


「大怪我してないといいけど……」

「あいつら馬鹿強いから平気」


 そのバカ強い連中をバシバシ倒しているフベルトさんは何なのか。


 騎士は間隔(かんかく)を保った斜め一列を作った。雁行(がんこう)の陣に似ている。


「逃げましょうか?」

「いや、正面突破」

「うそだ」

 脚を入れられたグラニが物凄い加速度で走りだし、列を成した騎士たちとの距離が詰まる。


「前傾、頭低く!」

 先頭のメイスを避け雨のような刺突を(かわ)して、最後尾の騎士へと振りかぶったランスをスイングした。


 また1騎が退場する。




 どれだけ戦ってきたのか。いや、僕はグラニにしがみついているだけなのだが。

 相対(あいたい)する騎士はいつの間にか2騎にまで減っている。黄色い甲冑に赤い(かざ)(ばね)を付けた騎士と、白い甲冑の胸に青色の紋章をあしらった騎士。


 自分がする荒い呼吸が聞こえる。疲れているのは僕だけではなく、こっちもあっちも人間も馬も、全員の息が上がっていた。しかし、疲労と反比例するように集中力が研ぎ澄まされる感覚がする。


 2騎が左右に離れていく、白い方がもう1騎へ目配(めくば)せをして、黄色がハンドサインで応えた。

 来る。


 相手が馬を駆り立てた。右前方から楯とメイスを持つ白い甲冑が、少し遅れて左前方からランスを持つ黄色の甲冑が走ってくる。


「右ですか」

「そう」


 手綱の動きを察したグラニが白い方へ走り出す。フベルトさんは楯とランスを相手へ向けて間合いに入る時を待つ。


 馬同士がすれ違う一瞬の攻防。

 フベルトさんの突き出したランスが騎士の楯に直撃した。衝撃をいなしきれなかった騎士は大きくバランスを崩す。フベルトさんは追撃のシールドバッシュを放ち、騎士を宙に浮かした。


「あっ!」

「やば」

 手ごたえを感じたのと、白い騎士のメイスがこちらの楯に引っ掛けられているのが見えたのは同時だ。たまらず楯が(こぼ)れ落ちる。彼の狙いは最初からこちらの楯と、体勢を崩すこと。

 であれば本命は――


 絶妙な時間差で接近する黄色い騎士が攻撃態勢に入っている。

 迎撃は間に合わない。


 そう思った咄嗟(とっさ)のこと。

最適(オプティマイゼ)(ーション)

 と言葉が口から出た。


 走っていた世界がスローモーションのように動く。

 グラニの揺れる(たてがみ)が、姿勢を崩すフベルトさんが、落ち行く楯が――


 手甲に覆われた右腕が黒い木々に満たされるさまを幻視する。伸ばした手が、フベルトさんの離した楯を掴む。


 拾い上げた盾を、真っ直ぐフベルトさんに迫るランスへ割り込ませ、矛先を受け止める。


 速度が戻る。

 直撃を受けた身体は地面へと落ち、ゴロゴロと転がる。衝撃に視界が明滅している。何とか顔を上げると、しっかりと馬上にいるフベルトさんの、心配したような、驚いたような目が見えて。


「あとひとり!」

 拳を振り上げて叫んだ。ハッと察したフベルトさんは即座に手綱を握って体勢を整え、すれ違った騎士へ向き直る。


 同じく方向を直した騎士と、正面から向き合い、最後の2騎が加速していく。


 そして、フベルトさんの突き出したランスが、導かれるように騎士の肩へ届いた。





「いやあ、あれだけの戦力で立ち向かっても勝てぬとは、騎士として恥じ入るばかりです!流石はフベルト様!」

「勝ち逃げさせてもらうね」


 フベルトさんは笑顔を浮かべながら、戦った騎士たちと晴れやかにお酒を()()わしている。金の鹿(シエルヴォ・ドラド)にはフベルトさんに縁のあった人々が集まり、昨日の宴会も(かす)むほどの規模になっていた。


「あのコンビネーションならと、自信があったのですが」

「なかなかいい線いってた」

 ふたりの若い騎士が話しかけている。最後まで残っていた2騎だろう。


「あのフベルト様を倒したとなれば名を上げられたのですがね。鎧と自信を(ヘコ)まされただけでした」

「みっともないぞ、ポー。使徒様の前でやめてくれ」

「そうは言ってもセロリオよ、お前だって無理して買った甲冑が傷だらけだろ?」

「まあ、そうなのだが……」


「そうだ」

 軽そうなのと真面目そうなのが仲良さそうに言い合っていて、唐突にフベルトさんが提案した。

「俺が使ってたやつ、あげるよ」


「やった!」

「いやしかし、頂けません」

「別に、レガロでもない、大したことないから」

 あげる、貰っとこう、遠慮する、で押し問答が始まる。フベルトさんの甲冑はとても質が良さそうだが、持ち主は間もなくこの街から去る。


 やがて騎士の方が折れ、受け取ることになった。何だかんだと表情(かお)には喜びが(にじ)んでいる。

 ただ……


「フベルト様、私にもひとつ」

 何だ何だと他の騎士たちが集まってきていて、そのうちのひとりがそう言った。


「そうだね。それじゃ、皆で分けて」

 場は大盛り上がり。

 そんなぁ、と情けない顔をした真面目なのを、軽そうなのが文句を言いながらシバいている。まごついている間に取り分が減ってしまったか。

 そんな(なご)やかな雰囲気のまま、夜が更けていった。




「酔い覚ましにちょっと散歩しない?」

 木枠だけの窓から月が覗いている。

 喧騒(けんそう)は過ぎ、酒場に残っているのは腰を()えて静かに吞んでいる者だけだ。僕はフベルトさんに誘われて店を出た。

 鎧は着ずに、ふたりでグラニに乗ってゆっくりと夜の街を進む。雲がないから月明かりで十分明るい。何だか最初の侵攻作戦を思い出す。


 あの時は人狼(シェイブ)に襲われて、フベルトさんとローマンさんに助けてもらった。


「ヘイトに助けられちゃった」

「最後だけでも恩返しできて良かったです」


 口数少ない彼には、本当に何度も助けてもらった。


「元気づけるつもりだったのに」

「本気ですか?それとも冗談?」

「半々かな。グラニで吹っ飛べば悩みも置き去りにできる」

「荒療治ですねえ」


 闘牛場に到着する。

 誰もいない会場へ勝手に入り、大きな円の中心に座り込む。

 座り込むなり、フベルトさんは蝋印された手紙を差し出してきた。


「教授から。ヒルのことにも触れてあるから、渡しても大丈夫そうだったらって」


「教授からの手紙……」


「ヒルのことは残念だった。ヘイトは特に仲良くしてたから、皆気にしてたんだ」


「そう、ですか」


 僕は(こと)の真相を皆に話していない。ヒルは街を守るために赤い鎧の集団と戦って死んだことになっているはずだ。彼らを騙し続けていることになるし、そうするべきだと思っていた。


 なのに、僕たちを見下ろす大きな月を眺めながら話を続けていると、どういう流れだったのか、何を思ったのか、狂ったのか、墓まで持っていこうと思っていたことを、ここ2カ月くらいのことを全てぶちまけていた。


 脈絡なく、取り留めなく、うだうだと、だが全て。

 フベルトさんは黙って聞いてくれた。

 返答は、驚きでも叱責(しっせき)でもなく、彼自身の過去だった。




「ペットが死んだ。それだけ」

 彼の実家は牧場でたくさんの馬を飼育していた。フベルトさんが産まれた時、同じ日に仔馬が産まれる。


「ずっと一緒にいたなあ」

 気性の荒い馬だったが、不思議とフベルトさんには気を許していたようだ。20年間、ひとりと一頭は共に過ごした。思い出は数え切れないほどある。

 しかし、ある時、


「……放牧中に骨折しちゃって、安楽死させるしかなくなった」

 馬という生き物は、脚に重度の故障を負ってしまうと、それで運命が決まってしまうと。

 治る見込みがなければ、後は一生苦しむだけだと。

 グラニの顔がフベルトさんに近付き、彼はその(ほお)()でる。


「馬の面倒見てたら、そんなこともあるって。両親も悲しんでたけど、でもまあ、それだけだった」

 フベルトさんは詳しく話さないが、聞き出したいとも思えない。


「他人からしたらさ、何を動物が1匹死んだくらいでって」

 言わないでいられるだろうか。同情したフリのおためごかしや、何の役にも立たない(はげ)ましを。


「たったそれだけで、生きる気力を失った」


「家族だったんですね」


「そうだね。弟だと思ってた」

 こちらを見るフベルトさんは、(なつ)かしむような微笑を浮かべている。



「俺は延命を望んだけど、あいつがどう思ってたのかは分からない。使徒は皆ちゃらんぽらんだけど、それぞれ悩んでこの世界に来た」


「はい」


「言葉が通じても通じなくても、変わらないな。人間も馬も、他者は所詮(しょせん)、別個体。違う脳みそが乗ってるんだから、理解できないし、理解されない」


 いつも余裕のあるように見えるフベルトさんにも、(はか)り知れない思いがある。

 

 フベルトさんがどれだけ苦しかったのかは僕には分からないし、骨折した彼の馬がどれだけ苦しかったかは、ずっと一緒にいたフベルトさんでも分からない。そして僕の苦しみを、フベルトさんは分からない。

 

 全ての存在に過去があり、全ての人間に過去がある。

 望むものも、望まないものも。

 当たり前だが。


「他個体だから、どうなっていても、本質的には関係がない。共倒れになっても仕方ないし――他人の苦しみなんて分からなくていいのかもしれませんね」

 そうかも、と僕の諦念(ていねん)にフベルトさんは相槌(あいづち)を打つ。


「だけど俺は()()いたい。馬でも、人でも。


 ――それが分かった」

 

 自分自身の望みを知った彼は立ち上がり、月に向かってぐぐっと伸びをする。

 こちらに向き直ったその表情はいつものように眠そうだ。


「いい1年間だったな」





 2日後、フベルトさんは元の世界へと還った。大きくは勘治先生の時と変わりない。グラニが(ほど)けてフベルトさんの身体へと戻り、仲間ひとりひとりと挨拶を交わしてから、召喚された時に座っていた椅子に腰かける。


「仲良くね」

 さあ、と爽やかな風が吹くと、彼の姿は消えている。


 滅多に感情を荒げない彼らしく、とても穏やかな別れだった。


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