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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
6月 佐々木竝人
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79話 呪い探し

 


 鐘の音が聞こえて、意識を取り戻す。

 眠りから覚めるようなゆるりとした覚醒ではない、(ほう)けていた時に声をかけられたように、ハッとした。


 コンクリートの壁にガラス窓が()まった灰色の建物に、鐘の音が響いている。(ティリヤ)の教会で響いているような重厚(じゅうこう)な音ではなく、拡声器のような形をしたスピーカーが鳴らす、どこか耳に(さわ)る音。


 キーンコーン――――

 音色は学校のチャイムだ。それで今立っている見覚えのある建物が自分の通っていた小学校だと気付いた。ふつふつと疑問が()()す。


 僕は異世界にいたはずだ。なのに何故、学校にいる。

 元の世界に戻ってきたのか?


「違うな」

 隣から見透(みす)かしたような声が掛かり、反射的にそちらを向くと、


「ここはお前の記憶を材料に、私が作った塔のなかだ」


 高価そうな黒のロングコートを身に纏った髑髏(どくろ)が、退屈そうに立っていた。


「記憶って……」

 ()せたカマキリのような男性が通りすがった。見覚えがある。社会だかを教えてくれていた先生だ。さっぱり笑わない御方(おかた)だが、知識が豊富で真面目な性格だった。


 そんな人物が、校舎のなかにコートを着る髑髏と黒い鎧が並んで立っているのを見かけて 何の反応も見せないとは考えられない。普通なら二度見とか、後ずさったりするだろう。変質者なのだから。


 見て見ぬふり、というより本当に見えていないようだった。


 ならばこの髑髏が言っていることは本当か?

 ここは元の世界でも異世界でもなく、僕の記憶……現実にはない夢の世界のようなものだと。


「何が……」

 どうなっている。


「お前がどちらを選ぶにせよ、呪いは解かねばならん」


「呪いって、誰の?」

 無限に湧き出てくる疑問が溢れ、口からそんな言葉が転がり落ちる。

 随分(ずいぶん)と表情豊かな骸骨だ。こちらの問いを聞いて見下しながら呆れている。


「お前だよ。佐々木(ササキ)竝人(ヘイト)


 僕の。

 呪い。


「お前にかかっている呪いを、お前に分からせる。誰に教えられるでもなく、自分自身で見出(みいだ)さなければ意味を為さぬ」


「僕が呪われてるって……誰に……」


「――それに気付いていないのはお前だけだ」

 言葉を吐く直前の間には、乾燥した軽蔑(けいべつ)が含まれている。


 無意識のうちに右手が腹部の装甲を触れていた。

 己を呪う何者か。その姿を思い浮かべようとして、濡れたレインコートを着た人物が浮かんだが、フードの奥にある顔が見えてこない。


 僕は誰かに呪われていて、その呪った誰かを記憶のなかで探す。とそういう意味だろうか?このガイコツは何をさせようというのだろう。

 考えに(ふけ)っていた間に骸骨は廊下を歩き始めていた。慌てて後を追い、並んで歩を進める。


「見つけたら?」


「お前は質問ばかりだな」


 自分の頭で考えろとでも言いたげだ。

 骸骨は眼窩(がんか)の虚空を僕の腰辺りに向けた。目線の先、呪いの鎧には魔剣を()いている。剣を抜けというのか。


 夢のなかで、僕を呪った者を(あや)める。そうすれば――

 そうすればこの苦しみから解放されるのか。


「使いたければ、そうするがいい」

 ()・サブナクはやはり見透かしたように言って、自分勝手に歩を進めた。






 髑髏は「2-1」と表示されている教室の入り口で立ち止まった。扉は開いていて、中から子供特有の甲高(かんだか)い泣き声が聞こえてくる。


 覗きこむと、薄汚れた少年が、床に座りこむ太った少年に向かって椅子を叩きつけていた。クラスの少年少女たちは、暗い少年ひとりを除いて遠巻きに見ている。


 ああ、そんなこともあった。

 太った少年は薄汚れた少年に向かって、意地の悪い口調で(クサ)いだ馬鹿だと言ったのだ。それを聞いた少年はすぐ太っちょ君の腹を蹴って椅子から転げさせると、容赦(ようしゃ)なく椅子で叩いた。


 3回椅子が叩きつけられたところで、暗い少年が何か言いながら薄汚れた少年の前に立つ。確か「このくらいにしとこう?」とか言ったのだ。


 丁度(ちょうど)そこで生徒指導をやっている大入道のような風貌(ふうぼう)の先生が怒鳴り声と共に現れて、勢いのまま仲裁(ちゅうさい)した。

 大入道が薄汚れたのと暗いのを、どこかへ連行していく。それを見て髑髏は可笑(おか)しそうに言う。


「やはりガキが争っている姿は(みにく)くて滑稽(こっけい)だな」


「人でなし」

 そういえば悪魔だった。


「ふむ。あの狂犬病のようなガキが友人で、捨て犬のようなガキがお前か」


 そうですよ、と適当に返す。

 太っちょ君は性格の悪さで有名な学友(クラスメート)で、それを椅子でシバいていたのが我が友人のケイちゃんである。そして僕は、あのデブが死ぬ前に止めようと思って3回目で前に出た。


 D・サブナクは彼のことを狂犬病と呼んだが、友達に対する軽蔑ととれるこの評価に異論はない。

 間違いなくケイちゃんは僕の友達だ。だが、同時にこうも思っている。不良という呼び方は相応(ふさわ)しくなく、まさしく狂犬のような男の子だった。


 彼がイジめられる要素は結構あったように思う。当時の男の子としては珍しく赤いランドセルを使い、毎日同じ服を着ていた。ひととの付き合い方も粗雑だった。


 しかし、実際にイジめられることはなかった。ケイちゃんは少しでも馬鹿にされたと感じたら、馬鹿にした相手をすぐにボコボコにしていたからだ。


 それはそれは老若男女問わず平等に殴っていた。

 女性の先生が担任だったことはないし、教育実習の先生が僕のいるクラスに来ることもなかった。それはそういうことなのだと思う。


 僕はそんな彼と5年間同じクラスだった。

 先生を含めて、彼に殴られたことがないのは僕だけだったんじゃないだろうか。

 不思議な話だ。


 僕も彼に及ばずながらイジメられる要素が多かった。ふたりとも流行りのゲームも漫画も持っていないし、スポーツのチームに入っているわけでもない。お金のなさは服装にしっかりと現れている。何より雰囲気が暗い。


 にも関わらず、目立ってイジメられることがなかったのは、彼と一緒にいることが多かったおかげだろう。僕とケイちゃんは()(もの)扱いだったのだ。ほとんど孤立していたと言っていい。




 大入道にさんざ怒られた後、オレンジ色の夕焼けに照らされた帰り道を、薄汚れた少年と暗い少年が歩いている。

 僕と髑髏は、その小さな背中を見ながらゆっくりとした足取りで付いていく。


 ケイちゃんに一度、何故(つる)んでくれるのか聞いたことがある。彼は頭を右に左に振って、へんてこな表情を浮かべてよく悩んだあと、


「ヘイトは泣かないから強い」


「?」


「豚野郎は殴ったら泣いたし、見てただけの女子も泣いてた。タコ入道に怒られて……俺も泣いた。泣くのはイヤだ。恥ずかしくて悔しい。でもヘイトが泣いたところは見たことがない。だから強くて……一緒にいる」


 その時僕は、何となくで彼の言ったことを理解した。

 何せ小学生の言うことだ。理路整然とはいかない。きっとうまく言葉として出力されなかった思いが、彼のなかに残っていて、それらを含めると筋が通るのだろう。


 どう返答したのだったか……


 確かに昔から僕はあまり泣かない、子供らしさのない、いけ好かないガキだった。ただ、それは強さなどというものが自分に備わっていたからではなく、泣くと父や母が心配するから、泣かないようになったというだけのことだ。


 自分の所為(せい)で困らせてしまうのは申し訳なく、どれだけ悲しかろうが恐かろうが、じゃあ泣かないようにしようと思って生きてきたのである。


「やめようと思ってやめられんの?俺はできてないなあ」


「僕もよく分かんない」



 ケイちゃんとふたり、夕焼けが照らす土手を歩く。


「うらやましいなあ」


「え?」


 ふたりは何やら話をしている。

 ケイちゃんが僕の家に来たことは何度かあるが、僕が彼の家に行ったことはない。彼が凄く嫌がったからだ。

 彼に両親はおらず、祖父とふたり暮らしらしい。授業参観でも運動会でもその――彼曰く"クソジジイ"の姿を見たこともない。


 気にならなかったわけではないが、彼との関係が壊れてしまいそうな気がしたから、詳しくは聞かなかった。聞く必要もないと思った。


 彼は瘦せていて、(たま)に新しい(あざ)が増え、給食を目的に学校へ来る。

 要素を並べていくと、彼が僕なんかよりずっと難しい人生を歩んでいることは分かった。


 彼と比べれば僕の不幸など、太っちょ君がよく食べているハナクソのようなものだ。いや不幸などという仰々(ぎょうぎょう)しいものにすら成り得ない。せいぜいが不満だ。


 僕程度の境遇でわんわん泣いて、哀愁を誘って、乞食のように同情をもらうのは、みっともないことだ。

 そう考えているし、それは今でも変わらない。


 悲劇の主人公のように振る舞うのは恥ずかしいことだ。



 遠くまで歩いて行ってしまうと、ふたりの姿はよく似ていて、もうどっちがどっちだったか見分けがつかない。


「ケイちゃんは違うかな」


「何故そう思う」


「ケイちゃんに憎まれることはなかったと思う。それに、すぐ転校しちゃったから」


 僕にはケイちゃんという友達がいた。

 いた、と過去形なのは、何でもない。彼は小学6年生にあがってすぐ転校してしまったからだ。


 それが決して厄介払いではなかったのを知っている。

 大入道先生は何だかんだとケイちゃんのことを気にかけていた。あちこちを訪ねて回り、遠いところに住んでいるケイちゃんの親戚を見つけて事情を話し、結果引き取ってくれることになったそうだ。


 別れは、お互いに惜しく感じていたという確信めいたものがある。ずっとそれが、僕と彼が友達だったという根拠になっている。

 最後の日、この通学路で彼と別れる時、


「じゃあな、ヘイト」


 そう言って、彼は(うつむ)いて涙を流し、


「ばいばい、ケイちゃん」


 僕は悲しかったけれど、やっぱり泣かなかった。



 それ以来、彼とは会っていない。

 最初の頃だけ来ていた手紙と、大入道先生の話から、どうやら元気でやっているという噂を聞いただけだ。



「そうだ。襟谷(えりたに)(けい)は祖父の元を離れ、母方の叔父(おじ)夫婦の家に移り、そこで今も暮らしている。何不自由なくな」


「そうですか」

 それは、良かった。

 本当に。



 彼らの姿が見えなくなる。

「――待ってください」


「何だ」


「僕はひとに憎まれるようなこと、しないようにして生きてきました。誰にも迷惑がかからないように」

 深く傷つけた相手はいない、と思う。


「"呪い"って、恨みとか憎しみとか、強い感情を(もっ)って、誰かが不幸になるように思うことでしょう?」

 ()()()な感情では呪いなど生まれない。異世界で暮らしてきてそれを知った。


 呪いには因果が必要だ。無関係なもの同士に因果は生まれないし、何かが、何かを憎まないと始まらない。誰かが僕を呪うのならば、憎んだのだとしたら、それは僕の周りにいる誰かということになるだろう。


 呪った誰かを探すということは、僕に縁のあるひとたちを疑うということだ。

 不幸あれ、呪いあれ、と他人を激しく願うような人間が、親しいひとたちのなかにいるとは考えたくない。


「そもそも僕を呪っているのは、この鎧なんじゃないですか?」

 これは質問ではない。目の前にいる不愉快な訳知(わけし)り顔の髑髏を責めている。


 

 そんな追い詰めんとする問いに対する返答は、弁明でも開き直りでもなかった。


「お前の鎧は脱ぐことができる。お前が異世界に召喚されてすぐ、教会で"解呪の秘跡(ひせき)"を受けた時からな」


「いや、そんな。儀式は失敗したって」

 何者かに邪魔をされたように儀式が失敗したから、呪いの鎧は脱げない。


 あの時、儀式は成功していた?ならば何故、この鎧は脱げない。


 嫌な夢から、身体の(だる)さから逃れられない。


 この苦しみから。



「これから話すことをはお前が知り得ぬことだ。いくら記憶を(さら)っても見つからぬ。だが、お前にかかった呪いを知るには不可欠なことだ。(ゆえ)に教えてやろう。


 その、"悔悛の鎧(ペニテント・アーマー)"の能力(ちから)と、お前の才能(レガロ)、"最適(オプティマイゼ)(ーション)"のことだ」


 呪いの正体は、誰だ。


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