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ヘイト・アーマー ~Hate Armor~  作者: 山田擦過傷
6月 佐々木竝人
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78話 死出の旅

 


「何してるの」


「殺してるんですよ。魔物」


 殺した狗に血塗(ちまみ)れの魔剣を突き立て、巨馬に(またが)ったフベルトさんの問いに答える。

 ふと気付くと、黒い森(ボステ・ネグロ)には(おびただ)しい数の猟犬(サブエソ)が転がっていて、その死体の中心に僕は立っている。どれだけ戦い続けていたのだろう。何回太陽が昇って落ちたのか分からない。


「いつまで続けるの」


「やめません」


 問いかけてくるフベルトさんの方を向くことができなかった。お互い甲冑を着ていたとしても、顔を合わせられない。僕のような人間を、わざわざ危険を押して探しに来てくれているという後ろめたさが()いてくる。

 後ろめたさに言い訳をするように、どこかから聞こえる敵襲の音に集中する。


 狗の死骸を積んでバリケードにし、現れた狗の一群を迎え撃つ。


 数匹を(たお)したところで、タックルされて姿勢を崩された。のしかかってきた狗の脚を握って折り、蹴り上げて引き離す。魔剣を振るって脚を斬り、隙を見て腹に刀身を突き立てる。

 そんな戦いをひとりで続けている。


 斧やナイフ、それを収納していた革のハーネスもとっくの昔に使い物にならなくなり、残ったのは唾液(だえき)と血液に塗れた呪いの鎧と、同じような魔剣だけだ。だが、随分(ずいぶん)と戦いやすい。


 そこここに転がる魔物の死体が奴らの足を引っ張っているし、(かば)うべき使徒も木こり達もいない。


 僕は死なず、食事も睡眠も()らない。ひとりなら永遠に殺し続けられる。


 始めからこうしていれば良かったのかもしれない。


 動く狗が1匹になった。


「教授、(かえ)っちゃったよ」


 ビクッ、と身体が硬直する。

 狗に動揺した隙を突かれて引き倒されるが、()()いながら剣で頭を突いて絶命させる。

 魔物を殺し続けることで目を()らしていたことを突きつけられ、積みあがった罪悪感を思い出す。



 あの葬式のあと、僕は糸が切れたかのように気を失ってそのまま眠り続けた。

 ようやく目を覚ました時にはすでに教授の姿はなかった。彼が今月の上旬には元の世界へ還ってしまうことを忘れていたわけではない。


 余裕がなくて、気が回らなくて、自分は、そんなに器用にはこなせなくて……


 いつものように宿屋の1階に行き、そこでお酒を()んでいる教授にダラダラと言い訳をする。そうしたかった。だが、言葉を送るべき相手はもうこの世界にはいない。

 教授にはあれだけお世話になったのに、満足にお礼もお別れも言えなかった。()まったヘドロのような感情をどこにぶつけていいか分からなかった。


 ()()失敗したのだ。

 どれだけ間違えば、間違えなくなるのか。



「帰ってください」


「……」


 次の一群が近づいてくる。

 魔物の死骸を積み上げ、地面を(かかと)で踏み固めて迎え撃つ。


 襲ってくる狗の脚を斬って、()()らした敵の牙を受けて倒され、無理矢理(あご)を破壊しながら立ち上がり、我武者羅(がむしゃら)に剣を振るい続ける。


 こうしていても気が晴れるわけではない。

 脳裏(のうり)に刻み込まれた先生やメフィストの姿が、自分の弱さと愚かさをまざまざと浮かび上がらせている。

 僕の両手は血に塗れている。


 もし、教会の屋上でイェンマを捕縛できていたら?

 もし、フェルナンドさんに全てを打ち明けて協力を申し出ていたら?

 もし、僕にもっと力があったら――


 胸中に堆積(たいせき)した後悔はすぐに罪悪感へと変わった。宿には使徒の皆がいて、領地には自警団がいる。彼らとはとても目を合わせられない。彼らは皆、きっと僕を(うら)んでいる。そう思うと恐い。


 僕の足は自然と黒い森へと動き、誰にも言わずに伐採に参加し、木こり達が森を出たあともこうしてずっと戦っている。



「また来るよ。ヘイト」


 そう言ったフベルトさんは神馬の子(グラニ)を街の方へ向けて離れていった。僕が森に(こも)ってから、彼は日が昇るたびに会いに来て、暗くなる前に帰っていく。


 フベルトさんも今月の終わりに送還のはずだ。僕なんかの所へ通うより、村や街の人たちと残りの時を過ごした方が良いに決まっている。


 僕が心配をかけるから、フベルトさんの時間を奪ってしまう。

 そう思い至り胸が痛んだ。


 ならば、見つからない所へ行けばいい。

 (あきら)めてもらえるように。


 フベルトさんから逃げるように、暗くなったあとも魔物を殺しながら森を進んだ。



 どれだけ歩いたのだろうか。段々と狗の襲撃が少なくなっていっている。黒い森は奥深くに入るほど魔物の数が増えるはずだが、時々勢いの弱い狗が襲ってくる程度になっていた。


 疑問を深く考えるのも億劫(おっくう)だ。脳も身体も(だる)い。眠気を感じないにもかかわらず(まぶた)が重い。

 (さや)に納めた魔剣を杖にして歩く。


 突然、さっと視界が開けた。

 密集していた木々も足を取る茂みもなく、太陽に照らされた水面(みなも)がずっと遠くまで広がっている。


 黒い森にあって、魔物を寄せ付けない清廉(せいれん)な泉。

 聖なる泉だ。


 こんなところまで来るとは。

 ここは街から相当に離れている。いくらフベルトさんでも単身でここまでは来られないだろう。


 フラフラと誘われるように湖畔(こはん)に座り込むと、もう立てないような気がした。

 特に何をするでもなく光を照り返す水面を見る。


 泉は僕の(みにく)さを責めるような美しさをたたえている。

 何だか自分の性根の悪さが際立(きわだ)つようで、一層気分が沈む。


 街の皆には黒い森に籠ることを言わなかったし、家族にもこの世界に来ることを言わなかった。いや、たとえ言う機会を与えられていても、黙っていなくなっていただろうと思う。


 自分のような人間の居場所は、皆の隣ではない。

 死を体現しているような黒い森だけが、僕を受け入れているように思えた。




 夜になっていることに気付く。

 森の方から大きな物音がして、ゆっくりとそちらに首を(めぐ)らす。


 月明かりによって照らし出されている姿は、猟犬とは違う、そこに立つのはまさしく化け物だった。


 ヒトのように二本足で立ってはいるが、その身長は2メートルをゆうに超えているだろう。


 火傷(やけど)だらけの張り詰めた筋肉がさらにその巨躯を大きく見せていて、右腕に握られた巨大な斧がシルエットを一回り大きくしている。左腕には大きな刀傷があった。


 首から上は狼に似ている、石か何かでできた面をかぶり、正面から見ると口角が上がっているように見える。


 怨敵を見つけ出した愉悦(ゆえつ)を感じて、(わら)っているかのようだ。


 伝説や怪談に出てくるような――


 武器を持ったミノタウロスや狼男に似た存在――


人狼(シェイブ)……」

 ああ、殺さなくちゃ。

 ああ、あいつならもしかしたら。


 ぼうっ、とそう思うと、身体の力ではなく呪いの鎧が勝手に動き、立ち上がらせた。

 すうっ、と(もや)が立ち込め始める泉のそばで、魔剣を抜きながら歩を進める。


 お互いの距離が詰まる。


 相手が斧を振りかぶったのを見て、足元へと飛び込む。すぐ後ろから地面の(えぐ)れる衝撃音が聞こえた。

 魔剣で脚を斬りつける。切れるが、浅い。


 シェイブは斧で足元を払う。軸足に(まと)わりつくように避けた。

 また一太刀、硬い。


 森の中にあって木々のない空間。月明りだけが照らす夜。

 濃密な靄が辺りを包み、そこで化け物とふたり切り結んでいる。まるでここが現実ではないような感覚を覚えさせた。


 僕はとっくの昔に死んでいて、地獄に造られた闘牛場で無様な闘牛士(マタドール)の真似事をしている。そこで永遠に絶望しながら戦い続ける。


 そんな妄想をすると、()の苦しみが分かった気がした。



 靄は僕の身長くらいまで立ち昇っていた。始終シェイブは僕の姿を見失い、靄を吸い込んだ巨体の動き(にぶ)くなっている。


 ざぶ、と足首が水に()かる音が聞こえた。


 相手が自棄(ヤケ)気味に振るった斧の()(さき)が鎧を(かす)めた。


 ずしっ、と身体が一層重くなる。


 相も変わらず、自分にはこいつを殺す(すべ)を持たないのだな。


 そう実感し――ならばと。


 相手が明後日(あさって)の方向に斧を振り上げた時、鎧の尻尾に魔剣を渡して、目一杯(めいっぱい)伸ばして太い喉元(のどもと)に巻き付けた。


 巨体の真後ろに回り込み、首に巻き付けた尻尾を綱引(つなひ)きのように引っ張る。普通なら力負けするところだが、泉のおかげか拮抗(きっこう)している。


 ざぶ、

 ざぶ、

 と音が大きくなる。


 シェイブはひとしきりもがいたあと、こちらを向き、手足を地面に着け――

 こちらに向かって突撃(チャージ)した。


 衝撃。

 視界が回る。シェイブと(もつ)()いながら吹き飛ばされ、トラックか何かに()かれたらこんな感じかな、と他人事のように思う。


 別に良い。

 一瞬の浮遊感のあと、全身が水に包まれた。

 シェイブと共に、泉に落ちたのだ。


 月の(うつ)る水面へ向かおうとする化け物の首に裸締めをかけ、もがく手足を鎖で縛るように尻尾を回す。必定(ひつじょう)、呪いの鎧と巨躯の魔物はあぶくを吐き出しながら深淵へと向かう。


 これで、


 これで殺せる。


 シェイブの身体から力が抜け、手から斧が離れていく。離れ()くそれを横目で追うと、僕たちの行く先、真っ暗な泉の底に、葉を(しげ)らす一本の木立が見えた。


 水の中に木が生えているとは、と自嘲(じちょう)気味に口元を歪めると、こちらの力も抜けてきた。


 これで終われる。


 もう皆と会わなくて済む。もう皆とは会えない。相反する思いが奥歯を()()めさせた。

 頭が恐怖に埋めつくされたのは一瞬で、すぐに意識が溶け始めたことに安堵(あんど)し、


 沈んでいった。















「――!――――!!」

 どれくらい時間が()ったのか。

 背骨を引っ張られている


 閉じた瞼に陽光が割って入ってくる。指一本動かない。微塵(みじん)も力が入らない。誰かが誰かの名前を叫んでいる。

 少しだけ瞼を開けると、()けた視界には人垣ができていた。

 きちんとした像を結ぶわけではないが、なんだか焦っているようだ。


 人垣の中からひとり、腕を後ろで組んだローブが歩み出てきた。

 皆、その姿に驚いたように後ずさるが、ローブの人物はそれを気に留めずこちらへ歩みを進める。

 

 仰向けに倒れている僕の傍で足を止めた姿は、不思議と明瞭(めいりょう)に見えた。


 骸骨だ。

 皮も肉もない白い頭部、闇を満たした眼窩(がんか)はつまらなそうにこちらを見下(みお)ろしている。


「うん?"最適(オプティマイゼ)(ーション)"が切れているではないか」


 話の内容が理解できない。しかしよく吟味(ぎんみ)するのも億劫だ。

 骸骨は煩雑(はんざつ)に片腕で僕の首を(つか)み、いとも簡単に鎧を持ち上げる。


「おいヘイト。このままではお前、本当に壊れるぞ」


 (ふさ)がり始めた視界で髑髏を見下げる。髑髏の虚空が僕を見ている。


「さあ、選択の時だ。手伝ってやろう。過去に向き合い、くれぐれも、生に(あらが)(たま)え」


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